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5話 相違
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瑞希さん。もう一回私と二人でお金、稼ぎに行きませんか?」
その言葉と共に、スタンプラリーの用紙が机に差し出される。
おっとりとして弱気にも聞こえる大人しい彼女の声色と、絶えず崩さない笑顔とは違う温和な微笑みが、とてもズレて見えた。そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、瑞希さんもまた明確な敵意を持った鋭い眼差しを彼女に向ける。
「お前と私の価値基準は違う。私はファンを金になんて見てないから」
「私はあなたの為にいつも動いてるんですけどね。それに、金づる無くして活動は成り立ちません」
「大体アイドル辞めたからってライブ衣装を私服にすんなよ。なめてんのか?」
「残念、似せた私服なので私の勝ちです。揚げ足取り失敗ですね」
両者一歩も譲らず、公共の場で一触即発の事態に陥りかけている。
「ちゃんと目合わせてくださいよ、久しぶりの再会に照れてるんですか?」
「お前の私を見る眼が眩しすぎて吐き気がすんだよ」
「アイドルがファンにそんな暴言を吐くなんて……。傷付きます」
そんなこそこそと声音にドスを利かせながら皮肉ともただの喧嘩とも取れる言葉を投げ合っている横で、私は用紙を持っていた五歳児くらいの小さな男の子を手招きする。
「僕、ミズちゃんとお話したいのに~」
「あ、あはは、ちょっと今取り込み中で……」
私だって普段話せる機会も無いからお話したいよ、と思いながらも男の子の持つ用紙に印鑑を押して小さなチロルチョコを手渡す。改めて考えれば、このスタンプ係は学校の行事というより握手会のような物だ。私単体には何の需要も無い。
「近くにお子さん」
瑞希さんの首元が、細い人差し指でつつかれる。
「……」
五歳児の少年のおかげで、二人の会話は途絶した。
アイドルはファンに不機嫌な素振りを見せてはいけない、を瑞希さんは素で実行している。それが自身に課せられた責務だと言うように。
文化祭という人々の心が浮つく空気感が醸成される地の一角に、重苦しく淀んだ世界が生まれている。そんな空気をよそに、呑気にたこ焼きをぱくぱくと頬張りながらアオさんは辺りを見渡した。
瑞希さんの明らかに自身を構成する何かを崩された動揺ぶりの横からソースの匂いが鼻孔をくすぐって来て、私の心もなんだか乱れ始める。場を作る物のちぐはぐさは、場の空気を更に重くさせる要因だ。だけどそんな空気はまた、次のお客さんの来訪により中和される。
「は~い、来てくれてありがとうございますー……!」
口角が操り人形のように歪に上へとひきつった笑顔で、瑞希さんは押印をなす。
「何とも軽い押印ですね。あの時の契約とまるで違う」
「これが今の仕事だから、早いうちに帰れ」
苛立ちを隠せず、声を荒げアオさんの持ってきた用紙にもハンコをドスンと押して飴を投げ渡す。
「公共の場。余所行きの態度ですよ」
「……はあ、お仕事ですから」
舌打ちと共に、渋々感情を押し殺した棒読みへと変わっていった。
「その子、これからもたっぷり貢いでくれそうですか?」
ちらりとアオさんに横目で見つめられる。
「私は金よりファンサ優先主義ですから」
軽く流すように瑞希さんはその言葉をあしらうが、私は「その子」という言葉につい反応してしまう。その子、これからも貢いでくれそう……?私、二人揃って認知して貰っていたんだ。嬉しい!
「アオさん!それ私の事ですよね?」
椅子から勢いよく立ち上がって、対等な視点で見つめ合う。私の興奮とは裏腹に、自分の子供を見るような暖かい微笑みをアオさんは崩さない。
「ええ、スワロウテイルの頃からお世話になっておりますね」
見つめられながら、慇懃な礼をされて頬が赤くなる。
「ありがとうございます!」
私と殺意の塊になっている瑞希さんを交互に眺め、頃合いと見たのかアオさんは踵を返し去っていった。
「また来ます。瑞希さんが好意的に接してくれるのは、もう公共の場くらいの物ですから」
「そうかそうか、二度とその面見せるんじゃないぞ」
厄介払いが済んだとでも言うように、瑞希さんはほっと肩を下ろしうなだれる。
そして途方も無く肩にかかった負荷とストレスを振り払うように、首をごりごりと回し始めた。
「あれが解散理由、価値観の相違だよ。ファンを金稼ぎの道具としか見ていない。それが、私には嫌だったんだよ」
ファンをお金としか思っていないと言うアオさん。本名は阿佐美葵と言うそうだ。
だけどそんなの、全然ファンとして分からなかった。内に入りすぎているから、かえってその魂胆に気付かなかったのかもしれない。確かにお金は大事だ。でもどうして、そんな思考にアオさんはなってしまったのだろう。
その言葉と共に、スタンプラリーの用紙が机に差し出される。
おっとりとして弱気にも聞こえる大人しい彼女の声色と、絶えず崩さない笑顔とは違う温和な微笑みが、とてもズレて見えた。そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、瑞希さんもまた明確な敵意を持った鋭い眼差しを彼女に向ける。
「お前と私の価値基準は違う。私はファンを金になんて見てないから」
「私はあなたの為にいつも動いてるんですけどね。それに、金づる無くして活動は成り立ちません」
「大体アイドル辞めたからってライブ衣装を私服にすんなよ。なめてんのか?」
「残念、似せた私服なので私の勝ちです。揚げ足取り失敗ですね」
両者一歩も譲らず、公共の場で一触即発の事態に陥りかけている。
「ちゃんと目合わせてくださいよ、久しぶりの再会に照れてるんですか?」
「お前の私を見る眼が眩しすぎて吐き気がすんだよ」
「アイドルがファンにそんな暴言を吐くなんて……。傷付きます」
そんなこそこそと声音にドスを利かせながら皮肉ともただの喧嘩とも取れる言葉を投げ合っている横で、私は用紙を持っていた五歳児くらいの小さな男の子を手招きする。
「僕、ミズちゃんとお話したいのに~」
「あ、あはは、ちょっと今取り込み中で……」
私だって普段話せる機会も無いからお話したいよ、と思いながらも男の子の持つ用紙に印鑑を押して小さなチロルチョコを手渡す。改めて考えれば、このスタンプ係は学校の行事というより握手会のような物だ。私単体には何の需要も無い。
「近くにお子さん」
瑞希さんの首元が、細い人差し指でつつかれる。
「……」
五歳児の少年のおかげで、二人の会話は途絶した。
アイドルはファンに不機嫌な素振りを見せてはいけない、を瑞希さんは素で実行している。それが自身に課せられた責務だと言うように。
文化祭という人々の心が浮つく空気感が醸成される地の一角に、重苦しく淀んだ世界が生まれている。そんな空気をよそに、呑気にたこ焼きをぱくぱくと頬張りながらアオさんは辺りを見渡した。
瑞希さんの明らかに自身を構成する何かを崩された動揺ぶりの横からソースの匂いが鼻孔をくすぐって来て、私の心もなんだか乱れ始める。場を作る物のちぐはぐさは、場の空気を更に重くさせる要因だ。だけどそんな空気はまた、次のお客さんの来訪により中和される。
「は~い、来てくれてありがとうございますー……!」
口角が操り人形のように歪に上へとひきつった笑顔で、瑞希さんは押印をなす。
「何とも軽い押印ですね。あの時の契約とまるで違う」
「これが今の仕事だから、早いうちに帰れ」
苛立ちを隠せず、声を荒げアオさんの持ってきた用紙にもハンコをドスンと押して飴を投げ渡す。
「公共の場。余所行きの態度ですよ」
「……はあ、お仕事ですから」
舌打ちと共に、渋々感情を押し殺した棒読みへと変わっていった。
「その子、これからもたっぷり貢いでくれそうですか?」
ちらりとアオさんに横目で見つめられる。
「私は金よりファンサ優先主義ですから」
軽く流すように瑞希さんはその言葉をあしらうが、私は「その子」という言葉につい反応してしまう。その子、これからも貢いでくれそう……?私、二人揃って認知して貰っていたんだ。嬉しい!
「アオさん!それ私の事ですよね?」
椅子から勢いよく立ち上がって、対等な視点で見つめ合う。私の興奮とは裏腹に、自分の子供を見るような暖かい微笑みをアオさんは崩さない。
「ええ、スワロウテイルの頃からお世話になっておりますね」
見つめられながら、慇懃な礼をされて頬が赤くなる。
「ありがとうございます!」
私と殺意の塊になっている瑞希さんを交互に眺め、頃合いと見たのかアオさんは踵を返し去っていった。
「また来ます。瑞希さんが好意的に接してくれるのは、もう公共の場くらいの物ですから」
「そうかそうか、二度とその面見せるんじゃないぞ」
厄介払いが済んだとでも言うように、瑞希さんはほっと肩を下ろしうなだれる。
そして途方も無く肩にかかった負荷とストレスを振り払うように、首をごりごりと回し始めた。
「あれが解散理由、価値観の相違だよ。ファンを金稼ぎの道具としか見ていない。それが、私には嫌だったんだよ」
ファンをお金としか思っていないと言うアオさん。本名は阿佐美葵と言うそうだ。
だけどそんなの、全然ファンとして分からなかった。内に入りすぎているから、かえってその魂胆に気付かなかったのかもしれない。確かにお金は大事だ。でもどうして、そんな思考にアオさんはなってしまったのだろう。
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