解散したアイドルユニットをまだ箱推ししてる私の下に、推しの一人が転校してきました

dun

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8話 戻れない

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この場所に誰もいなければ流石に問題になる。
スタンプ係の門番としてこの場から動けない私はそのまま引き続き押印をスタートした。あの二人の領域は、やっぱり一人のファン如きが入れる領域なんかじゃないと思う。

そして何故か、葵さんが瑞希さんのいた場所に当たり前のように座っている。

「この椅子、お尻が痛くなっちゃいますね……」

何回も座り直しながら、それとなく葵さんがぼやく。

「パイプ椅子、始めてですか?」
「そうかもしれませんね……」

さぞやお嬢様が沢山ひしめく高校に通っているのだろう。常用されて然るべき物なのに、私の学校とは生活体系が全く違う。

「というか、ライブあるって知らなかったんですけど」
「パンフレット見てなかっただけじゃないですか?情報収集力が疎いですね」
「パンフ……。あ、忘れてました!」
「アーティストの方を呼んでおいてこの紙切れの前に座らせるだけというのは、普通あり得ませんからね?」

飄々と語りながら、彼女は用紙を風にふかして遊んでいる。
が、不意にその紙を凝視しながら、懐かしそうに目を細め始めた。

「……そう。アイドルっていうのは、こんなハンコと紙切れ一枚と、小さな仕事から始まるんです」

風にふかされるスタンプ用紙の向こうで、吹奏楽部の演奏が行われているのを葵さんは眺める。三段で行われている物の一番手前の列にいる少し演奏が遅れているアコーディオンを持つ女子を、まじまじと見つめていた。

「小さい頃、瑞希さんと二人でアイドルごっこなんてやってて。あの時の遊びみたいな軽い何かの延長線上で、私達はずっと進んできたんですよ」

私は過去をそこまで懐かしめる程密度のある日々を送ってきたわけではない。昔からの友達とも同じ高校で、それなりに上手くやっている。だからそこまで過去を郷愁する事は出来ない。葵さんにとって、瑞希さんは沢山の思い出が詰まった宝物。きっとそうなのだろう。

「あの、泣いて、ます?ハンカチ、いりますか?」

泣きそうになる人が泣かないようにする為に、凄い勢いで瞬きしたり顔をぶんぶん振っているのを見た事がある。今の彼女はまさにそんな状態だった。

「……あんな正義漢丸出しだから、嫌がらせも受けるんです。学校でだってどうせあの子、一人ですよね?」

何故だかむすっとしながらすねているような口ぶりで尋ねられる。彼女は完全に、言いたい独り言をただ私にぶつけているだけだ。

「まあ、それは。どちらかというとクラスのみんなが気を遣ってるというか」

泣きそうになっていると思いきや、今度はそっぽを向いてすね始める。
情緒が不安定な人なんだなあと思いながらそう答えた所で、少し葵さんの言葉に引っかかる所があった。

「……あれ、嫌がらせって?」

聞けば、昔話を語るようにぽつぽつとその過去を話し始めた。

「私達スワロウテイルは急遽事務所に推されて現れたアイドルでした。だから、アンチが現れる事だってあったんです。そして、私達と同じような学生グループからの反感も多かった。若い女の子は自分達を差し置いて有名になっていく人達を嫌う物なんですよ。ましてや知名度を競い合うアイドル達ですからね」

淡々と、ファンが見る事の出来ない暗い過去が流されていく。

「私達には見せませんが、瑞希さんはこれからもずっとそんな人達と争って行かなければならないんです。だから、人間関係が怖くなっているんでしょうね」

忙しいから友達がいない。そう言っていたけど、それはもしかすればこれ以上余計な対人関係を増やしたくないから。そう勘ぐってしまう。

「あの子はそれでも、全くもってめげない。その精神性はまさに正義のアイドルです。信じられますか?明らかに過剰に好きすぎる男のファンにもちゃんと応対するんですよ瑞希は。だから、いつか私から離れていってしまうのは分かっていましたけど」

自嘲気味に葵さんはそうふかす。
離れていく……。スワロウテイルは私からも、離れていった……。

「あなたは瑞希さんと仲がよろしいようで……。大変羨ましゅうございます」

視線の先の校庭を、男女四人組のグループがふわふわのわたあめを食べながら通り過ぎていく。にこやかな笑みを浮かべながら、何かを話しながら。一人が遅れたら、他の三人が立ち止まる。
その様子に、かつての二人の姿を思い返す。

「いえいえそんな……。私は昨日まで一回も瑞希さんと話せていませんでしたから、そんな事は全然」
「いえいえ、隣にいてくれるだけでもいいんですよこういうのは」

皮肉にも聞こえそうな葵さんの物言い。だけどあまりにも愚直にそう思っているような声音だから、馬鹿真面目に軽いお辞儀までしてしまう。それを待っていたかのように、私が少し俯いた所に彼女はしっかりと目線を合わせ蛇のように鋭い視線で見つめてくる。

「だから、協力してくださいませんか?あの子の為に、瑞希と今一番距離の近いあなたが、元ユニットのファンのあなたが、彼女の考えを変えてくれませんか?私との、これからを」

焦点が私に合いすぎている、人形のように輝く黒曜の瞳。
いつの間にか吹奏楽の演奏は止まっていた。

「人を全て金とさえ思ってくれれば、きっとあの子も辛くない……。そうすればまた私の事をちゃんと見てくれるようになる」
「……え?」
「私がいれば、あの子は苦しまなくて済みます。なのに瑞希さんはどんどん私の先を行く……」

心の奥に何かが詰まって苦しんでいるような、そんな声。

「……」

気持ちは分かる。
だけど、そうやって変わってしまったらそれはもう瑞希さんは、ミズというアイドルでは無くなる気がする。

だから葵さんの言っている事は、自分の好きなように推しを誘導しようとしているだけだ。彼女もまた、私と同じ一人のファンに過ぎない。決して不和を修復しようと思っている訳では無い。自分を見てほしいだけだ。アオの事だって好きだけど、推しが言った事でも必ずしも正しくない事だってある。そんな気が、してしまう。

「金!金!金!って、アイドルとして恥ずかしくないんですか?」

思わず言葉がこぼれる。自分だって、仲直りしてもらおうと瑞希さんを誘導しかけていたのに。

「私が沢山ライブに行ったりグッズも買っていたのは、あなた達の事が好きだからです。好きであり続けたから、お金を落としていたんです。今、は、また別ですけど。それでも私はミズが好きなんです!」

ミズは決してお金で動く事は無い。そう、彼女は言っていた。
本当かどうかは分からないけど、少なくとも彼女の態度は示していた。

「そんなだったら、瑞希さんがかつてのパートナーに心を開いてくれる筈もありません!」

あの人は無理をしてでも、自分のファンの為に尽くし続けていたと分かったから。

「私、分かりました。葵さんを見て、自分達ファンは推しに理想をぶつけているだけだって」

本当の気持ちがどうとか、そういうのは分からない。相手の辛そうだ、心配だとかは本来私達が推し量る物じゃない。だけど自然と心配をして、余計な問題を引き起こす事になる。

それでも。昔仲が良かった二人がこんな風に離れているのは嫌だ。
だからこそ、ちゃんと瑞希さんにいろんな話を聞かなければ。
気持ちは伝わらなければ意味が無い。瑞希さんの言っていた通りだ。心配は、押し付けになっている可能性だってあるのだから。

「押し付け、ですか」

葵さんの紡ぐ言葉の間が、彼方の喧騒を直に聞こえさせる。

「ファンとかユニットとか以前に、元は友達ですもんね……」

忘れていた物を自分の中で再び掬っているように、葵さんはぼんやりとする。
それを見て、気付く。私の言葉でもう一人の推しを傷つけてしまったかもしれない。

「ごめんなさい……」
「いえ、謝るのはこちらですから」

再び、ぎくしゃくとした間が生まれる。遠くのベンチに座っている雀の数を数えて時間が経つのを待っていたけど、限界が来た。

「あの、ミズの、好きな所って、どこですか?」

私は空気を和ませようと、なんとか共通した何かの話題をひねり出そうとする。
昔からこうやって友達を作ってきた。

「顔と性格。あと普段荒っぽいのに人前だと可愛く振舞う事。歌が上手い所とファンを大事にしてくれる事。あと宿題をやらずにいつも私のを全部映してた所。あと……」

質問を投げた途端、ぼんやりから覚醒して目を輝かせる葵さん。
とてつもなく長くなりそうだから、片手を上げて言葉を遮る。

「……私も同じです。だから、ちゃんと話をしてみましょう。私より葵さんの方が、あの人と距離が近いんですから」

葵さんが好きな所として挙げた物の後半は彼女しか体験出来ない事、友達じゃないと味わえない物だ。それが羨ましくもあった。ふっ、と黒一色の服装に似合わない、穏やかでありながら、自身を自罰するような、そんな自嘲気味な笑顔が咲く。
今ここに、ほんの小さな同盟が生まれたような気がした。

「当初の計画とは違いますが、結果的にあなたを瑞希と一緒に指名して良かった」

肩にポン、と優しく手を乗せられ、私はスルスルと萎縮して小さくなる。

「え?でも、私、校長先生から指名されたんです、けど」
「校長先生は、私の叔父です」
「そう、なんですか」

流石アイドル……。自分の願いを叶える為に行う行為のスケールが違う!

息を吐いて、彼方の空を遠い目で葵さんは眺める。
その瞳は、無邪気な子供のようにとても澄み切っていた。
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