異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

26. 発酵魔法を覚えたい


 海ダンジョンの五十階層で、念願のカカオの実を大量に採取することに成功した。

 フロアボスでもある巨大なゴリラ魔獣──ジャイアントショウジョウをアキラが倒して、カカオの群生地に足を踏み入れることができたのだ。

 カカオの実は幹から直接、ぶら下がっている。採取というか、収穫する気分でカカオポッドをもいでいった。

 猫の妖精ケットシーの三匹も手伝ってくれたので、目に付くカカオポッドはほぼ採取できたと思う。
 数えてみると、五十個近く収穫していた。

 五十階層を踏破すると、ナギたちはすぐにダンジョンを出て、自宅に帰ってきた。
 目当てのカカオが手に入ったので、長居する意味はない。
 キッチンテーブルに並べた大量のカカオポッドをナギは惚れ惚れと眺めた。

「これだけあれば、しばらくはチョコに困ることはなさそうね」
「そうだな。むしろ食べ過ぎに注意する必要がありそうだ」
『加工するのも大変だもんニャア』

 コテツの指摘に、カカオからチョコを作る大変さを思い出して、ナギとエドはげんなりした。

「でも、チョコレートを存分に使えるのは嬉しいから、がんばる」
「俺も手伝う」
「ありがと、エド。てっちゃんも【発酵魔法】手伝ってくれるよね?」

 にっこりと微笑みながらお願いすると、渋々頷いてくれた。
 働かざる者、食うべからず。
 
「ごめんね。私が【発酵魔法】を使えたらよかったんだけど……」

 転生特典でもらった【生活魔法】。
 自然と使えた、【浄化クリーン】や【着火ファイア】、【水生成ウォーター】に【乾燥ドライ】や【点灯ライト】とは違い、あまり使われることのない魔法は師に教わる必要があるようだ。

(【熟成エイジング】の魔法もミーシャさんから教わったものね。そっちはわりとすぐに覚えることができたのだけど……)

 エドが大真面目な表情でコテツに頼み込んでいる。

「俺にも【発酵ファーメンティション】の魔法を教えてほしい。どうしても覚えたいんだ」
『にゃんでそんにゃに?』
「瞬時に発酵をすることができるようになれば、パン作りが劇的に楽になる」
「……はっ、そうだね⁉︎    パン生地の発酵って、地味に時間が掛かって面倒だもんね! 魔法で一瞬で終わるなら、革命だわ!」
「そうだろう? 時短できるなら、もっと色んな種類のパンを作ることができる」
「エド、天才では⁉︎」

 カカオの加工だけではないのだ。
 発酵食品といえば、他にもたくさんあったではないか。

「私、なんで気付かなかったのかしら……!  前世日本での発酵食品といえば、たくさんあったのに」

 まず、調味料からして発酵食品なのだ。
 醤油に味噌、お酒だって穀物や果物を発酵させて作る代表格である。

(この世界では、シオの実やヒシオの実があるから、醤油や味噌を作らないで済んではいるけれど……)

 コテツが使う【発酵魔法】を自在に操れるようになれば、食の幅が一気に広がることは確実だ。

「パンはもちろん、チーズやヨーグルトも手作りができるようになるし、納豆やお漬物も一瞬で作れちゃうのでは?」
「ナットウ……うっすらと記憶にあるな。匂いが強烈な食い物……?」

 まぁ、納豆だからね。
 ちなみにカツオ節も発酵食品ということを、ご存知だろうか。前世の『渚』は知りませんでした。

「お酢やみりんも発酵調味料なのよ。まぁ、そっちも食材ダンジョンで手に入るから、わざわざ作ろうとは思わないけれど」

 食材ダンジョンで手に入る調味料や油、お酒はどれも高品質なのだ。
 今さら、自作しようなんて気持ちはさらさらなかったが。

「お漬物はいいよね。ピクルスやぬか漬け、キムチやザワークラウトが一瞬で作れちゃうのは嬉しいかも」

 漬け物系は大量に仕込むことが多いので、地味に面倒なのだ。
 うっかり失敗することもあるので、【発酵魔法】で作れるなら、そっちの方が断然いいに決まっている。
 
「海鮮系も、カツオ節だけじゃない。クラーケンの塩辛も瞬時に発酵! ヨーグルトにチーズ、発酵バターも作れちゃうのでは⁉︎」

 お高い発酵バターは高嶺の花だった。
 味も風味も格別という、そんな発酵バターも魔法を覚えれば、作り放題!

「発酵バターとは?」

 美味しいパンに使えそうだと、勘が働いたのか。エドの目も真剣だ。
 発酵バターを使ったパンなんて、約束された勝利としか言えない。
 食べたい、ものすごく!

「コクがあって、芳醇な風味のバターよ。発酵バターを使った高級クロワッサンを食べた記憶があるけれど、とっても贅沢な気分に浸れたわ」
「おお……それは気になるな……」

 ごくり、と喉を鳴らすエド。
 隣で聞いていた猫たちも固唾を呑んで、こちらを見つめてきている。

「パンだけじゃなくて、お菓子も一段美味しく仕上がるのよね、発酵バター」
「お菓子も……」
「発酵することによって、バターのクリーミーさにヨーグルトやチーズのようなまろやかな酸味と芳醇な香りが加わるの」

 なので、バターをたっぷり使う焼き菓子に発酵バターを使用すれば、格段にリッチな味に仕上がるのだ。

「マフィンにクッキー、サブレ、パイやフィナンシェも発酵バターで作ると、さらに風味が増すと思うわ」
「ナギ……さらにそこへ、チョコレートを入れたら……?」
「チョコマフィンにチョコサブレ、チョコパイにチョコフィナンシェが爆誕するわね」

 皆の心がひとつになった瞬間だった。

『にゃ。ナギとエドに【発酵魔法】を伝授するニャ!』

 重々しい口調で、ぽっちゃりしたキジトラ柄の猫がそう宣言した。

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