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〈成人編〉
27. チョココルネは秘密のレシピ
しおりを挟む猫の妖精のコテツを師匠として、【発酵魔法】を教わった。
エドは習得に三日ほど必要だったが、ナギは半日で覚えることができた。
キジトラ柄の猫曰く、空間属性魔法が使えるナギとは相性がよかったのだろう、と。
発酵時間を短縮する魔法と言えるので、納得の理由だ。
「私のスキル【無限収納EX】でも時間を早送りすることはできるけど、とんでもなく魔力を消費するのよね……」
それを考えれば、【生活魔法】のひとつである【発酵】は省魔力で使えるのがありがたい。
おそらくはいちばん使っている【浄化】と同じ程度の魔力の消費で、二、三時間は必要とする発酵を一瞬で終わらせることができるのだ。
「おかげで、カカオの加工がとっっても楽! ふふ。お礼に今日はチョコレートケーキを作るね」
『チョコレートケーキ!』
ぐるる、と喉を鳴らして喜ぶコテツ。
子猫たちもチョコレートケーキをよく知らないまま、キャッキャとはしゃいでいる。
「パン作りもおかげで捗っているぞ」
生地を捏ねつつ主張するエド。
作業台をひとつ占拠して、せっせとパンを作っている。
ハチワレ子猫と茶トラ子猫がエドの両脇で同じように、パン生地を捏ねる姿がたいへん愛らしい。
ふみふみ、もみもみ。子猫のパン屋さんだ。抜け毛が生地に混入しないよう、器用にも魔力の膜でガードして作業してくれている。
(可愛い上に賢いとか、うちの子は天才では?)
大真面目に考えながら、ナギももうひとつの作業台でケーキを焼いた。
ホールケーキを焼いて、チョコレートをコーティングするかどうか迷い──結局、チョコレート生地のパウンドケーキを作ることにした。
(贅沢なホールのチョコケーキが食べたかったけど、ここは南国。作っている最中にドロドロに溶けちゃいそうだからね……)
きっと、子猫たちは口の周りをチョコレートでべとべとにするに違いない。
型に入れてオーブンで焼き上げたチョコレートパウンドケーキは、しっとり濃厚な仕上がりで、皆から絶賛された。
こんなに美味しいなら、またチョコを狩りに行くニャ! と張り切る三匹。
海ダンジョンの五十階層には、頻繁に挑むことになりそうだった。
◆◇◆
チョコレートを自由に使えるようになり、エドは菓子パン作りに意欲的になった。
どちらかといえば、甘い菓子パンよりも食べ応えのある惣菜パンの方を好んでいた彼だが、ダンジョン産のカカオの味にすっかり心酔してしまったようで。
「ナギ。チョコレートを使ったパンのレシピを教えてくれ」
真剣な表情でねだられるまま、ナギは知っているレシピを伝えた。
「チョコを使ったパンのレシピといっても……ジャムパンやクリームパンの中身をチョコクリームにするとか、食パンの生地にチョコを追加するとか、そんなのしか知らないよ?」
「知っているチョコのパンがどんなのかだけでも、教えてもらえると助かる」
「そういうことなら……」
チョコチップメロンパンにチョコパイ、チョコレート蒸しパン、ショコラロールパンやチョコチップ入りのスティックパンも忘れずに伝えていく。
「あとはチョコクロワッサン! 熱々のとろけそうなチョコ入りも好きだけど、冷えた板チョコを挟んだクロワッサンも美味しいんだよねー」
オーブンで焼くだけの冷凍クロワッサンを買いだめして、板チョコでアレンジしていた前世の背徳飯を思い出して、うっとりする。
なお、カロリーについては考えない。
(この世界の冒険者はカロリー消費も激しいから、ちょうどいいもん!)
とりとめなくナギが好きなチョコパンについて語るのを、エドが必死にメモを取っている。
ダイニングのソファで気持ちよさそうにへそ天姿で寝ている猫を目にして、ふと思い出した。
「そういえば、てっちゃんが食べたいって言っていたチョココルネのレシピもあるわよ」
「教えてほしい」
「ふふ。いいよ。私もチョココルネは好きだから、楽しみにしているね」
ちなみに、コルネ型はすでにハーフドワーフ工房のミヤに製作してもらっている。
希少なチョコレートが手に入った時に作りたいなと考えて、先に発注していたのだ。
こんなこともあろうかと、と堂々と披露できるのが嬉しい。
「面白そうだ。まずは、チョココルネから作ってみよう」
コルネ型の独特な形が興味深かったようで、エドはさっそくチョココルネ作りに取り掛かった。
三角のコルネ型に巻き貝のようにパン生地を巻き付けて、オーブンで焼いてもらう。
冷めたら型を抜いて、搾り出し袋でチョコクリームを詰めれば完成だ。
「綺麗な形に仕上がったね! 美味しそう」
「芸術的なパンだな。食べるのがもったいないくらいに」
「なら、食べない?」
悪戯っぽく訊ねると、まさか! とキッパリ首を振った。
「もちろん、食べる」
「ふふ。そうこなくちゃ!」
お昼寝していた猫たちを呼び寄せて、皆でさっそく試食会だ。
チョココルネは色々な食べ方があるが、ナギは大きい方から大胆にかじりついて食べる派だ。
細い尻尾(?)の方から食べると、せっかくのチョコクリームがこぼれてしまいそうで、そんな食べ方になった。
上品な友人は、尻尾の先をちぎって、チョコクリームをすくうようにして食べていたなぁと思い出す。
ちなみにエドはナギと同じく、大きい方からがぶりとやった。
一口がとても大きい。気持ちのいい食べっぷりだ。
「美味いな」
「おいしいよねぇ。久しぶりのチョココルネ、最高……っ!」
もっちりした食感のパンととろけるようなチョコクリームのバランスがいい。
パンというより、もはやケーキに近い。
「ウミャー!」
そして、チョココルネを熱望していたコテツも大喜びでがつがつと食べている。
喉を詰まらせないか、心配になる勢いだ。
子猫たちには食べやすいよう、一口サイズにカットしてあげているので安心だが。
「これを売り出せば、大人気になるのは確実だが……」
「すっっごくお高いパンになりそうね」
なにせ、希少なカカオを使っているのだ。
エイダン商会の顔見知りの従業員に、以前こっそりとチョコレートの値段を聞いてみたところ、板チョコ半分ほどの大きさで金貨二枚と教えてもらい、購入を諦めた。
(二十万円もするチョコレートはさすがに無理!)
ナギもエドも高ランク冒険者。
かなり稼いでいる方なので、買えない値段でもないのだが、前世の記憶があるため、どうしてもその価格で買いたいとは思えなかったのだ。
(毎年、バレンタイン時期に百貨店で開催されるショコラティエの祭典でも、そんな高価なチョコは売ってなかったよ⁉︎)
有名なショコラティエが手掛けた高級タブレットが五千円、というのは見たことがあったが、もちろん前世の彼女は涙を飲んで諦めた。
食べてみたい気持ちはあるが、五千円を出すなら、たぶん焼肉を食べに行くのが『渚』だった。
「なら、このパンは俺たちだけの秘密だな」
「そうね。私たちだけの、秘密のレシピってことで」
うっかりリリアーヌ嬢あたりにポロリと口を滑らせると、ただでさえ希少なカカオがエイダン商会に買い占められてしまう。
「他のチョコパンの秘密のレシピもひとつずつ作ってみたいな」
『試食は任せるニャッ!』
「試食をしたければ、カカオの実と交換だ」
「ニャン!」
お互いに納得の交換条件だったようで、エドとコテツが握手を交わしている。
平和な光景にくすくすと笑ったナギだが、騒動の種はすでに地面に根をはびこらせていた。
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