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〈成人編〉
34. あらたな指名依頼 3
しおりを挟む冒険者ギルドからの帰り道。
上機嫌でスキップするナギの背後で、どんよりしたエドが嘆息している。
「はぁ……。安請け合いだぞ、ナギ。囮捜査だなんて、どれだけ危険だと思っている?」
「勝手に受けてしまったのは、ごめんなさい。でも、獣人の姿になれるポーションなんて聞いたら、居ても立っても居られなくなったのよ」
だって、獣人なのだ。
異世界に転生したけれど、あいにくナギは普通の人間だ。
エドに言わせれば「そんな魔力量の普通の人間がいてたまるか」らしいけれど、不可抗力なので仕方ない。
おおむね、今の自分に満足はしているけれど、それでもたまに考えてしまうことはあるのだ。
たとえば、相棒の黒狼族の少年が目で追えないほどのスピードで魔獣をあっさり仕留めた時とか。
たとえば、その黒狼族の少年に馴れ馴れしく声を掛ける同族の女性を目にした時などに。
「私も、エドと同じ獣人族だったら、どんな感じだったのかなって……」
ぽつりとつぶやくと、耳のいい彼に聞き咎められた。
「……俺と同じだったら?」
意外そうに、綺麗な琥珀色の瞳を瞬かせて、問い返してきた。
追及されると、少しばかり気恥ずかしい。
「エドと同じ獣人だったら、一緒に肩を並べて冒険ができたのかなって。もしかしたら、今とは違った光景を見ることができたのかもしれない。……そんな風に考えたことがあったから」
期間限定とはいえ、同種族に変身できると聞いて、つい「やります」と指名依頼を受けてしまったのだ。
エドが何ともいえない表情を浮かべて、こちらを見つめてくる。
呆れられているのだろうか。
「ナギがそんな風に思っていたなんて、考えもしなかった」
「……そう? 私は出会った頃から、ちょっとだけ申し訳ないなぁって、ずっと思っていたよ?」
体力はもちろんのこと、獣人族とただの人間のナギとでは身体能力が極端に違う。
五感も鋭いため、エドが感じる世界とナギの目に見える世界の解像度は別物に近いのではないかと思う。
(歩くのが遅い私に合わせて、ゆっくり進んでくれた、エドは優しい。でも、そんなエドに甘えっぱなしは良くないよね)
幸いにも、自分には特別な収納スキルがあって、魔法も使えたので、同じスピードで走れなくても、他にできることを探せたのだが──
「私もエドと同じ獣人だったら、なんて夢物語が、このポーションで叶うって思ったら我慢できなかったの」
上目遣いでそう説明すると、エドは片手で顔を覆った。
ああ、もう! 珍しく、舌打ちなんかして、深く息を吐いて。
「……ナギの気持ちは分かった。囮捜査は危険だし、本当は反対したいところだが、そういうことなら俺も腹をくくろう」
顔を上げたエドはまっすぐこちらを見つめ返してくる。絡まる、琥珀と蒼玉の眼差し。
「俺に与えられた任務は、ナギを見守ること。仔狼にも協力してもらう。ナギには傷ひとつ付けさせないよう、俺たちが守ってみせる」
「──うん! ありがとう、エド!」
顔を輝かせて、ナギは目の前の少年に飛びついた。
ぎゅっとハグをして感謝を伝えると、硬直して立ち尽くすエドの手を取り、歩き出す。
「じゃあ、しばらくは留守にするって、皆に説明しに行かないとね!」
手を繋いで、弾むような足取りで歩くナギの隣に並んだエドは、端正な口元に微苦笑を浮かべた。
「期待させておいて、こうなるのが、さすがナギだな」
「何か言った?」
「なんでもない。……ナギがどんな姿に変化するのか、楽しみだ」
「ふふ。そうね! 私も楽しみ!」
◆◇◆
ポーションの効果は服用して、三週間ほど。
姿が変化するだけで、能力は元の姿のままで変わらないらしい。
「えー。エドと一緒に森を駆けることができると思ったのに」
「残念だな。だが、完全に獣人に変化すると、スキルや魔法が使えなくなるんじゃないか?」
「それは困るわね。うん、外見だけの変化だけでいいわ。それだけでも、楽しそうだもの」
【無限収納EX】が使えないと、とても困る。
東の冒険者ギルドで打ち合わせした通りに、二人はダンジョン都市から離れた場所で準備を整えることにした。
二人の師匠であるミーシャとラヴィル、ドワーフ工房のミヤ。そして、我が家でお留守番を任せる猫の妖精たちにも、しばらくダンジョン都市から離れることは伝えてある。
依頼内容はどこから漏れるか分からないので、秘密だ。
ダンジョン都市内で変身ポーションを使うと、聡い誰かにバレてしまう可能性があるので、街道から少し離れた場所に移動する。
森の中にコテージを出して、そこでポーションを飲むことにした。
「ナギに合うサイズの獣人用の服はガーストの街で手に入れよう」
「そうね。今の服に穴を開けるのは嫌だから、スカートに着替えるわ」
人の気配がないことを確認して、【無限収納EX】からコテージを取り出して設置する。
「骨格から変わったりはしないよね?」
「どうだろう……。耳や尻尾が生えてくるなら、骨格も変わる可能性はある気がする」
「そうよね。念の為に、ゆったりとしたワンピースに着替えておくわ」
寝室に向かうナギを、エドが落ち着きのない様子で見送る。
自分が変身するわけでもないのに、緊張しているのが彼らしいと思って、ナギはくすりと笑った。
服を着替えて、リビングに向かう。
フェローから託されたポーションを【無限収納EX】から取り出す。
「じゃあ、飲むわね」
「ああ」
ごくり、と息を呑んで見守るエド。
視線がとても気になるが、仕方ない。
ポーションはアンプルのように先端を折って飲み干すようになっている。
こっそり【鑑定】したが、ちゃんと獣人への変身ポーションだった。
こういうのは勢いが大事。
ナギは腰に手を当てて、一息にポーションの中身を飲み干した。
服用する際に、なりたい獣人族の姿を強く念じる。
どろっとした、独特の飲み心地に眉を寄せながら、どうにか嚥下した。
苦くはないが、美味しいものでもない。
ぷはっ、と息を吐き出す。
じんわりとお腹の辺りから熱が迫り上がってくるような感覚がして、ナギは眉を寄せた。
自分の心臓の音が、うるさい。
「……ちょっと、体が熱いかも?」
「ナギ、ソファに座るといい。頬が赤い」
すかさずエドに抱きかかえられて、そのまま運ばれた。
抵抗する暇もない。
まるで壊れ物のように、そっとソファに下ろされて、ナギは体の力を抜いた。
くったりとソファに身を任せる。
(たぶん、熱が出ている。痛くはないけれど、体中が熱い……)
視界が揺れる。
ぐるり、と天井が回転しているように見えて、ナギは低く呻いた。
見つめていると、悪酔いしそうだ。慌てて目を閉じた。
「大丈夫か、ナギ」
「平気。だけど……ちょっと、眠る、ね」
じっとしていると、目眩はおさまってきたが、今度は頭痛がしてきた。
そして、とんでもなく眠い。
(こんな症状になるなんて聞いていないよ、フェローさん……)
片眼鏡のイケオジ、サブマスターの顔を思い浮かべながら、ナギは意識をそっと手放した。
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