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〈成人編〉
45. ガズール商会
しおりを挟むガズール商会はエイダン商会ほど規模は大きくないが、ダリア共和国産の砂糖を主に他国へ販売することで稼いでいる大店だ。
この世界の砂糖は主にサトウキビから作られている。
サトウキビは温暖な南国が産地で、ダリア共和国で加工される砂糖は品質がいいと評判だ。
「最近では食材ダンジョンで手に入るスパイスや調味料を大量に仕入れて、輸出しているようね」
翌日、街中でそれとなく仕入れたガズール商会の情報をテントの中でエドに伝える。
「冒険者ギルドを通すと、手数料分が上乗せされるから、ダンジョンから出てきた冒険者たちに声を掛けて、安く仕入れているみたい」
「それは性質が悪いな。多少の横流しはギルドも大目に見てくれるが、大量仕入れはマナー違反だ」
「というか、普通に脱税になるよね?」
「だな」
冒険者ギルドを通して素材を買取りしてもらうと、手数料を引かれた金額になるが、それはギルドが冒険者の代わりに税金を国に納めてくれているからだ。
商売人は商業ギルドに加入して、税金を支払っているが、冒険者は決まった定住先がない者も多い。
そのため、冒険者ギルドが仲介してくれているのだが──
「悪質だと判断されたら、冒険者のほうが処罰されるんじゃない?」
「ん、同じようなことをしでかして、後からギルドにまとめて徴収された冒険者の話を聞いたことがある」
「やっぱり滞納扱いになるよね」
「延滞料、だったか。罰金も加わって、倍の金額を請求されたらしいぞ」
「わー……悪いことはできないものね」
ぞっとして、自分たちはちゃんと税金を払おうとあらためて心に誓う。
ちなみにナギたちが食材ダンジョンで仕入れたドロップアイテムをエイダン商会に買い取ってもらった際には、ちゃんと税金を差し引いてもらい、商業ギルド経由で納税してもらっている。
「そういう、ブラック寄りのグレーな仕入れをしているみたいだけど、その他の評判はそう悪くないのよね」
系列の店で余ったパンや消費期限の近い食材などを広場で野宿する子供や老人たちに配っている行為は、称賛されているようなのだ。
ちなみにエイダン商会の場合は、半月に一度、炊き出しをしているらしい。
施しは最低限で、それよりも雇用を作るほうに注力しているのだとか。
「ガズール商会は国内販売よりも輸出に力を入れているみたいね」
「国内の食品販売はエイダン商会の一強だからな」
食材ダンジョン開発にいち早く手を挙げて冒険者ギルドで連携したおかげで、他の商会の何歩も前を進んでいるのだ。
ナギが前世の知識を惜しげなく提供して、パンや料理のレシピ、調味料の開発などに協力したことも有利に運んでいると思う。
(ソース類を代わりに作ってもらおうっていう、私の下心からだったけど……)
エイダン商会は大儲けして、ナギたちにはレシピ代として毎月、商品をたくさん無料で分けてくれている。
ダンジョン都市は空前の美食ブームとなり、経済の活性化も凄まじいらしい。
(うん、良いことだらけよね! 結果オーライ! 他の商会には申し訳ないけど)
だが、好景気のおかげで、他の商品も多く売れているようなので、エイダン商会もそれほど恨まれてはいないようだ。
目端のきく商会は、エイダン商会とかぶらない商品を取り扱って、地道に稼いでいると聞く。
聞き込みをしたガズール商会も、国内ではその方法で糊口を凌いでいるようだ。
「調味料とスパイス関係は他国で高く売り付けているみたい。あと、ダンジョンで採取される薬草を大量に仕入れて加工しているらしいって噂があったわ」
「薬草? ポーションでも作っているのか?」
「ポーションじゃないと思うわ。街外れの工房から、すごい匂いがするって噂になっていたから、別の薬じゃないかな」
ポーションはダンジョンで魔物を倒した際に稀にドロップするが、錬金薬師も作ることはできる。
薬師はポーションは作れないが、薬草を調合して飲み薬や傷薬を作る。
匂いが独特らしいので、前世でいう漢方薬のようなものなのかもしれない。
即効性のある傷薬、ポーションはそれなりに高価なため、冒険者以外は薬師が調合した薬を使うのが一般的だ。
風邪薬や胃腸薬、内臓を温めるような効果のある薬もあるようだ。
「お隣のシラン国や、遠くの帝国でよく売れるみたい。ダンジョン産の薬草は魔素を多く含むから、よその国よりも薬効が強いのよ」
「ふむ。抜け目ない商会なんだな」
早朝から、ナギは街をぶらぶらと歩いてまわり、噂話に耳を傾けた。
ついでにハイペリオン・ダンジョンに向かっていること、仕事を探していることなどをさりげなく話してある。
無防備にほてほて歩く、保護者のいない獣人の少女。
人さらいには恰好のエサのはず。
なんとなく嫌な視線も時折感じたので、引っ掛かってくれたかな、と期待している。
「……アキラが付いているからといって、あまり危ない場所に足を運ばないほうがいい」
「そこはちゃんと気を付けているから、安心して! それより、街中でリリアーヌさんを見かけて、焦っちゃった」
へらりと笑いながら報告すると、エドは心配そうに眉を寄せた。
「それは……大丈夫だったのか?」
「うん、獣人の姿だったから、気付かれなかったみたい」
「そうか。良かったな」
「エイダン商会のある通りは避けていたのに、リリアーヌさんはフットワークが軽いから……」
「ああ、それはそうだな」
エドと二人で遠い目になる。
ダンジョン食材を主商品にするから、と。彼女は自ら、ハイペリオン・ダンジョンに足を踏み入れようとしたのだ。
頭の回転が早く、学園きっての才媛であったお嬢さまなこだが、リリアーヌはここぞというところの思い切りが良すぎる。
(まぁ、その才覚のおかげで商会を盛り上げているんだろうけれど)
商談帰りか、視察中だったのかは分からないが、ちょうど商会の従業員と護衛数人に囲まれて、颯爽と馬車に乗り込むところだったリリアーヌ。
あ、と足を止めたナギに目敏く気付いて、こちらに視線を向けてきた。
目が合ったナギを不思議そうにじっと見つめていたが、従業員に急かされて、そのまま馬車に乗り込んだのだ。
(バレたのかと一瞬焦ったけど、大丈夫よね?)
今のナギは、いつもの金髪碧眼の冒険者スタイルではないのだ。
髪の色も違うし、服装は粗末なワンピース。何より、オオカミ獣人の姿なのだ。
鏡の前に立つと、自分だと思えないくらい、見る人に与える印象がまったく違う。
「明日から、また馬車旅だ」
憂鬱そうにエドがため息を吐く。
馬車旅の間は、またアキラに肉体の主導権を渡すので、ストレスもあるのだろう。
「事件が解決したら、お疲れさまパーティをしようか」
「……角煮パーティか?」
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「えー? 私、今の体なら余裕で食べられると思うの」
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