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〈成人編〉
46. 獣人の街
しおりを挟むガーストの街の住民は獣人が七割を占めている。
男性は少なく、女性や子供、老人が多いのは稼ぎ頭である男たちがダンジョン都市で冒険者として働いているから、らしい。
獣人は魔法は苦手だが、肉体は頑強で武術を得意とする者が多い。
そのため、冒険者としての相性がすこぶるいいのだ。
「男たちがダンジョン都市に出稼ぎにいき、その家族はここで暮らしているのか」
「珍しい働き方ですね。王国では考えられない」
グレンが感心していると、オスカーも物珍しそうに街中を見渡している。
乗り合い馬車の待機期間中、せっかくなので街中をぶらつくことにしたのだ。
馬車から降りて、まず向かったのは冒険者ギルドのガースト支店。
ギルド本部から、移動の際にはこまめに報告をするように依頼されていたからだ。
面倒だが、仕方ない。
(一応、僕たちは秘密の国賓扱いだからね。鬱陶しいから護衛も従者も断った身だもの。そのくらいの不自由さは納得している)
おそらくは、定期的に王国へ無事が報告されているはず。
まぁ、代わりに連絡してくれると思えば、多少の煩わしさも甘んじて受け入れるつもりだ。
冒険者ギルドでおすすめの宿を何軒か教えてもらい、二人はすぐに部屋を押さえた。
選んだのはエイダン商会が運営する宿。
ダンジョン都市で拠点としていたエイダンホテルが快適だったのと、あの素晴らしい食事にすっかり魅了されていたので、悩むことなく選んだ。
その日の夜に提供されたディナーに思いを馳せて、グレンは端整な口元に微笑を浮かべる。
(昨夜の食事もすばらしかった……。ブラックブルのロースト。あの特製のソースも絶品だったな。是非とも、兄上に食べていただきたい)
製法は極秘とされている、あのふわふわのパンも王国に持ち帰りたい。
レシピの入手は叶わなくとも、せめて食べてもらいたいと強く思う。
そのためには、食材ダンジョンでドロップするという時間停止機能付きのマジックバッグを何としてでも手に入れなくてはならない。
(ホテルだけでなく、エイダン商会が運営しているパン屋のものも全種類、買い揃えたいし、調味料やソース類も買えるだけ買っておこう。ダンジョンで採取できる、夢のように甘い果実も持ち帰りたい)
想像するだけでワクワクするが、まずはダンジョンに辿り着かなければならない。
(それはそれとして、道中の楽しみも忘れてはいないよ)
オスカーなどはすっかり、この国の美食に夢中になっていて、独自に仕入れた『美味しいもの』を食べるために、馬車を途中下車したくらいなのだ。
ちなみに今も、暇つぶしを兼ねつつ、街中を闊歩している。
珍しい食材や美味しそうなもの、有用そうな魔道具などを探しつつ、店を冷やかすのは、旅の醍醐味だ。
オスカーと肩を並べて、街をぶらつきながら、会話を続ける。
「ダンジョン都市内では家を持つのは難しいからな。土地も限られているし、家族で暮らすには向いていない」
冒険者ギルドのマスターたちとの会合で教えてもらったのだ。
長大な砦で囲まれたダンジョン都市内では、土地代や家賃が高額なのである。
そのため、冒険者向けの宿だけは充実していた。
「一人で暮らすだけなら、宿屋の狭い部屋でも充分だし、安く済むからな」
「家族四人での宿暮らしは窮屈ですからね。それなら、単身で出稼ぎに行ったほうが支出を減らして稼ぐことができる」
王都より地方都市の方が家賃や生活費が安く済むのは、王国も同じだ。
「冒険者パーティで何人か集まって、一軒家を借りているという話も聞いたぞ」
「ああ、俺も聞きましたね。市内は家賃が高騰しているので、砦の外の家のようですが」
「砦の外だと魔獣や魔物の襲撃が不安だが、冒険者パーティなら返り討ちにできるか……?」
「それも込みで、砦の外の家は値引きされているようですよ」
家賃が安いのには理由があるのだ。
オスカーがふと顔をこちらに向けて、瞳を細めた。
「……貴方も、この国で家を買ってみます?」
思わず、まじまじと見返してしまう。
冷たく整った美貌の男の口角が、ほんのり上がっている。
からかわれていたようだ。
じろりと黒髪の男を睨み付ける。
「そういう冗談はよくない」
「ふふ、すみません。この国でのバカンスを思いの外楽しんでいらっしゃったので、つい」
「……まぁ、それは否定しない。実際、楽しんでいるからな。旅はいい。冒険者として稼ぐのも面白いぞ」
「それは俺もですね。倒すのが魔獣や魔物だけでいいなんて、分かりやすくて最高です」
しみじみと言われる。
よほど前職がストレスだったのだろう。それはほんの少しだけ申し訳ないと思っている。
「──そうだな。他国で自由に冒険者として生きていくのも悪くないかもしれない」
「本気です?」
「ふふ。ただし、相棒が付き合ってくれるなら、な」
「あー……そういう……」
お互いに顔を見合わせて、くくっと喉の奥で笑う。まぁ、夢物語である。
自由に惹かれないわけではないが、自分たちには責務があるのだ。
「自前の家を持つよりも、僕はエイダンホテルの部屋がいい」
「同意します。……本当に、料理人をうちの国へ招けませんかね? エイダン商会の伝手で」
「いいな、それ。ギルドマスターに相談してみよう」
料理長は絶対に手放さないだろうが、料理人ならスカウトできるかもしれない。
帰国しても、この国の美食を楽しめる可能性を見出して、グレンは上機嫌で鼻歌を口ずさんだ。
◆◇◆
時間ぴったりに、乗り合い馬車が出発する。
ガーストの街から乗り込む客も数人おり、座席は満席だ。
オスカーは目敏く顔馴染みになった獣人の少女を見つけたようで、声を掛けている。
「ナギ。一緒に座りませんか」
「こっちにおいで」
グレンも笑顔で手招きする。
大柄な男性客に挟まれて、窮屈そうにしていたので、ほっとしたように口元を綻ばせて、こちらに寄ってきた。
「僕たちの間に座るといい」
「ありがとうございます」
華奢な少女を守る騎士のように両脇に腰を下ろす。ちょこん、と座るナギはまるで借りてきた猫のようにおとなしい。
足元には、彼女の頼れる騎士がいる。
「アキラも踏まれないように、僕の膝の上に来るかい?」
ふわふわの毛並みに触れたくて、そっと手を伸ばしてみたのだが、ぷいっと顔を背けられてしまう。
「振られてしまった」
「ふふ。すみません。おいで、アキラ」
飼い主である少女が声を掛けると、途端に尻尾を振って彼女の膝に乗る。
琥珀色の瞳でちらりと上目遣いでこちらを見てくる姿が、ほんのちょっぴり憎らしい。どうだ、いいでしょ? そんな風に言われている気がして、何とも言えない表情になってしまった。
ナギは生意気な愛犬の表情には気付いていないようで、笑顔で頭を撫でてあげている。
ここから目的地である、ハイペリオン・ダンジョンまで乗り合い馬車で三日ほど。
ガーストの街で食料は追加で仕入れておいたが、どうせなら温かくて美味しい食事を楽しみたい。
食材と調理器具と、街で買った小型の魔道コンロを使っていいので、と。
あらためて、自分たちの食事作りを頼み込むと、あっさりと快諾してもらえた。
「良かった! ナギの料理はとても美味しいから、休憩時間が待ち遠しいよ」
「こっちもご飯が食べられるので嬉しいです」
控えめに笑う少女に、グレンはさっそくエイダン商会で仕入れた食材や魔道具を取り出して、披露した。
◆◇◆
賑やかで平和で、美味しい食事に満たされた乗り合い馬車の旅はあっという間に終わりを告げた。
ダンジョンに挑む、グレンとオスカー。
ナギはこの食材ダンジョン周辺にできた街で仕事を探すことになる。
「名残り惜しいが、ここでお別れだな」
「ナギさんに良い仕事が見つかりますように」
「ありがとうございます。お二人も気を付けてくださいね」
笑顔で別れた獣人の少女と漆黒の仔犬。
機転がきいて、よく働く良い子だったので、きっと仕事はすぐに見つかるだろう。
あの料理の腕前なら、厨房でだって働けるはずだ。
ここで別れるのは寂しいが、互いの健闘を祈りながら手を振った。
だから、まさか。
その数時間後に彼女が何者かに拐かされる瞬間を目撃してしまい、止めようとして後頭部に強い衝撃を受けて昏倒することになろうとは、その時のグレンは思いもしなかったのである。
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