異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

47. 街外れの別荘


「どうしてこうなった……」

 ゴトゴトと揺れる馬車の荷台で横たわりながら、ナギは遠い目でぼやいた。
 手首には無骨な枷が嵌められている。【鑑定】スキルで確認したところ、予想通り、魔力封じの魔道具だった。
 魔法を使える獣人は滅多にいないが、魔力はある。
 獣人たちの多くはその魔力を消費して【身体強化】スキルを使うため、この魔道具を使用されているのだろう。
 それはいい。いや、良くはないのだが、想定内だ。魔力を封じられても、ナギは収納スキルが使える。
 【無限収納EX】内に保管してある、ギルドマスターに託された通信の魔道具で冒険者ギルドに連絡を入れたら、後はお役御免だ。
 この魔道具だって、エドに嵌められていた隷属の首輪のように収納してしまえば、問題ない。
 身の危険を感じたら、【無限収納EX】スキル内の空間へ逃げ込めば追ってこられないのだから、今更この状況を恐れる必要もないのだ。
 ただ、想定外だったのは、ナギの傍らで同じく荷物よろしく放り出された男の存在。
 金髪碧眼の見目麗しい男性──乗り合い馬車でナギが餌付けしてしまった、グレンがそこにいた。


◆◇◆


 乗り合い馬車の終点、ハイペリオン・ダンジョンのある街に到着したのは、一時間ほど前のこと。
 親しくなった乗客と別れて、ナギはぶらぶらと街を歩いた。
 賑わう大通りをお登りさんよろしく、きょろきょろと見回して、あとは仕事を探すフリをした。

 そうこうしていると、商人風の男に声を掛けられたのだ。
 掛かったわね──思わずニヤリと笑いそうになるのを我慢しつつ、ナギはしおらしく男の話す『割のいい仕事』について興味津々、といった表情で耳を傾けた。
 場所は大通りから外れた、小さな飲み屋。案内される際に素早く観察して、そこがガズール商会の運営する店であることは確認済みだ。
 君のような若くて健康的な子にぜひ働いてもらいたい。そんな風に耳障りのいい言葉で勧誘しつつ、お茶をすすめてくる。
 こちらも中身が睡眠薬入りであることは確認済みだ。

 ナギは素直にカップを傾けた。
 そして飲んだフリをしつつ、中身はすべて【無限収納EX】に送っておいたのだ。
 適当に話を合わせて、しばらく経って、眠りに落ちた演技をした。
 影の中で仔狼アキラがハラハラしているのが伝わってきたが、そこは我慢だ。ステイ!

 そうして、ナギが意識を失ったと判断した男たちに運び出されている途中で、が現れたのだ。

「ナギ⁉︎    貴様ら、何をしている!」

 聞き覚えのある声に、ナギは慌てた。
 せっかく誘拐事件の解決にようやく一歩近付けたのに、と。
 ちっ、と舌打ちする気配。
 酒屋には何人も仲間がいたようで、大勢に囲まれたグレンが殺されないか、ハラハラした。
 大勢の男たちを相手に善戦していたグレンだが、そこは多勢に無勢。
 ナギの前で、昏倒させられてしまった。

 薄目で確認したところ、特に大きな怪我をしているようには見えなかった。
 このまま放置しておいてくれれば良かったのだが、男たちは乗り合い馬車で一緒だった彼らのことも知っていたようだ。

「こいつには仲間がいたぞ。見られてしまったんだ。口封じをしておいたほうがいいんじゃないか?」
「いや、どうもこの男、それなりの家系の者に見える。殺すと後が厄介だ」
「なら、一緒に連れて行くか。顔はいいんだ。物好きが買ってくれるかもしれん」

 下卑た笑い声が響いて、ナギはほっと胸を撫で下ろした。口封じとなれば、さすがに放っておけなかったので。
 すぐに仔狼アキラをけしかける気でいたが、命が無事なら、まだ安心だ。
 
 そうして、たまたま誘拐現場を目撃してしまったグレンと共に、ナギは馬車で運ばれたのだった。


◆◇◆


 二人が運ばれた先は、ハイペリオン・ダンジョンから馬車で三十分ほど離れた場所。
 人里から離れた、森の中の別荘に運び込まれた。
 人物鑑定の結果、まだ意識が戻らないグレン以外の男たちは見事なまでに、赤く点滅して見える。

(つまり、全員が悪人。敵ね!)

 目を瞑ったまま【気配察知】スキルを使う。いつもはダンジョン内で魔獣や魔物の気配を探ることに使うスキルだが、対人でも使えるのだ。
 この世界に生きる人々は皆、魔力を身に宿している。その魔力を探ると、屋敷内のどこに何人いるのか、把握できた。

(私を眠らせ、グレンさんを昏倒させたのが、七人。屋敷の中に、十三人。……と、少し離れた場所……地下? そこに、十人以上いるわね)

 気配が薄いのは、気を失っているか、眠っているのだと思う。

(怪我をして、弱っているんじゃないといいのだけれど)

 軽々とナギをかついだ男は予想通りに地下へ降りていく。
 グレンと離されるか心配だったが、そのまま同じ部屋に入れられた。

「今度はオオカミか。可愛い子だな」
「だろう? ガーストの街で見かけて、目を付けておいたんだ」
「仕事を探していたみたいだからな。ちょうどよかった」
「身寄りもないそうだぞ。いい商品だ」

 くつくつと喉を鳴らして笑い合う男たちが部屋を出ていって、きっかり五十を数えたところで、ナギはそっと身を起こした。

「行ったみたいね」
『センパイ、大丈夫です?』

 影の中から這い出てきた仔狼アキラが心配そうに鼻を鳴らす。

「平気よ。薬は飲んでいないから」
『怪我はないですよね?』
「大丈夫。向こうも大事な商品に傷を付けるようなことはしないはずよ」

 運び込まれた部屋は地下牢のようだ。
 広さは四畳半ほどくらいだろうか。ドアの代わりに頑丈そうな鉄格子が嵌められている。
 部屋には窓がなく、廊下に置かれた魔道ランタンだけが光源のようで、薄暗い。

『外を見てきますね!』
「あ、鍵が……」

 引き止めようとしたナギの目前で、仔狼アキラが鉄格子の隙間からするりと抜け出した。
 ふくふくの毛の下の本体はどうやら、かなりスリムだったようだ。
 てちてちと歩きながら、そっと他の部屋を覗いていく。

 仔狼アキラが偵察に出向いてくれている間に、ナギは一緒に閉じ込められたグレンを観察する。

 誘拐犯たちは大事な商品を粗雑に扱うつもりはないようで、室内にはちゃんとベッドが置かれていた。
 粗末だが、毛布もある。
 シングルサイズのベッド二台に、二人とも寝かされていた。

「グレンさんはまだ気絶したままみたいね。頭を殴られていたから、怪我が心配」

 ポーションを使うには、両腕に嵌ったままの手枷が邪魔だ。
 じっと魔法封じの魔道具を見据えて、収納。……できた。問題なく、スキルは使えるようだ。
 こすれて、ほんのり赤くなった手首をさすりながらベッドから立ち上がる。
 眠る彼の頭を抱えるように持ち上げて、【無限収納EX】から取り出したポーションを飲ませてやった。
 これで怪我も治ったはず。幸い、意識は失われたままのようで、ほっとする。

『センパイ! 捕まっている子を確認してきましたよ』

 そこへ、廊下に這い出た仔狼アキラが帰ってきた。
 
「ありがと、アキラ。助かるわ」
『全員、獣人の女の子でした。下は十歳から上は十七歳くらいまでいましたよ』
「そう……。ちなみに人数は?」
『十二人です。センパイとそっちのを合わせて十四人ですね』

 幸い、誰も衰弱はしていないようだ。
 気の強そうな獅子族やクマ獣人の子は薬を盛られているのか、深く眠っているらしい。

「ここが組織の拠点なのは確実そうね。さっそく通信の魔道具を……」
『あ、センパイ! 足音が聞こえます。誰か、こっちに来ます』

 仔狼アキラが慌てて、ナギの影に潜る。ナギも大急ぎでベッドに横たわると、【無限収納EX】に回収していた魔道具の手枷を自分に装着した。
 体の力を抜いて、眠ったフリをする。

 コツコツ、と響く足音の持ち主は地下を見回っているようだ。
 鉄格子越しに室内を覗き込んでくる気配を感じる。

(今すぐ、屋敷内の連中をぶっ倒したくなるけど、我慢しなくちゃ)

 トカゲの尻尾切りになっては、意味がない。やっつけるにしても、まずは黒幕に繋がる証拠品を押さえる必要がある。
 
(見回りにくる時間を、きちんと確認しておいたほうがいいわね)

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