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〈成人編〉
48. 助ける理由
しおりを挟む「今日のところは様子見だね」
仔狼がいれば、制圧は容易だ。
だが、この屋敷にいるのは誘拐の実行部隊だけのようだった。
人身売買に関わる商人をきっちりと炙り出す必要があるので、しばらくは待機することに。
「大人しくしておいてね、アキラ」
自身の影に潜む仔狼に、飲み水と食事を渡してやるナギ。
彼の【闇属性魔法】で作る影の中の空間はそれなりの広さがあるようで、数日分の食料と寝心地がよくなるようにと毛布もあげた。
『ありがとうございます、センパイ。ちゃんとその時までは大人しくしていますって』
へらりと笑いながら言う仔狼をナギは胡乱気に見やる。ちょっとアヤシイ。
(まぁ、何だかんだ理性はあるほうだし、大丈夫かな)
そう納得して、ちらりと視線を傍らのベッドに向ける。
釣られたように仔狼もそちらを見た。
二人の視線の先には金髪碧眼の男がすやすやと眠っている。グレンだ。
ナギが飲ませたポーションのおかげで、怪我は完治しているはずだが、長旅の疲れが出たのか、今は気持ち良さそうに熟睡している。
呆れたようにアキラが鼻を鳴らした。
『……呑気なのか、図太いのか』
「マイペースではあるよね」
ちょっとだけ可哀想な気がして、そうフォローしてみる。
ともあれ、いま問題にしているのは、彼をどうするか、だ。
目撃者がいなければ、仔狼の闇魔法で眠らせて、ナギの【無限収納EX】に放り込んでおくところだが、あいにく一緒に拐われてしまった。
今から彼を収納内に隠して、組織に警戒させるわけにもいかない。
「正義感が強そうだから、私を守ろうと張り切っちゃいそうなのよね……」
一週間ほどの馬車旅で、なんとなくグレンの性格は把握している。
育ちが良く、おっとりとして見えて、意外と頑固。そのくせ子供に甘くて、お人好しなのだ。
『まぁ、乗り合い馬車で一緒だっただけのセンパイを体を張って助けようとしたヤツですからね。悪い男ではないんでしょう。無謀すぎますけど』
ナギに餌付けされたグレンのことを警戒はしていたようだが、助けようとしてくれたこと自体は評価しているらしい。
ツンデレ発言に、ナギはこっそり笑みを浮かべた。
「なら、誤魔化すよりも事情を打ち明けたほうが良さそうね」
『ですね。ちゃんと説明すれば、協力してくれると思いますよ』
今後の方針は決まった。
巻き込んでしまった彼には申し訳ないが、もう少しだけ付き合ってもらうことにしよう。
◆◇◆
案の定、目が覚めた彼は虜囚の身となったことに頭を抱え、ナギを守れなかったことを申し訳なく思ったようで。
ひとしきり落ち込み、誘拐犯に憤った後で、少女を守ると堂々と宣言した。
「安心してくれ、ナギ。とても怖いだろうけれど、僕がいる。必ず、君を助けてみせるから」
凛々しい表情でそう断言する美貌の男はとても絵になった。
これが少女漫画や乙女ゲーム世界で、ナギがヒロインなら、きっとキュンときたキメ台詞なのだろう。
だが、あいにくここは剣と魔法で魔獣や魔物を退治するファンタジーな異世界で、ナギはれっきとした冒険者。
相棒であるエドやアキラならともかく、ランクとしても自分より低い新人冒険者に助けられるほど、弱くはないのだ。
なのでナギは速やかに己の立場を申告して、協力を仰ぐことにした。
「まさか、君が冒険者だとは……」
「正真正銘、銀級の冒険者です。ギルドからの正式な依頼で、囮任務中なので、邪魔をしないようお願いしますね」
【無限収納EX】内から取り出した銀のタグを見せると、グレンはどうにか納得してくれた。
こんなに幼い子が、とぽつりとつぶやいたのは、聞かなかったことにする。
「ああ、承知した。奴隷制度が禁止されている、この国で獣人を誘拐するなど、とんでもないな」
彼自身も奴隷制度は忌み嫌っているようで、すぐに協力を申し出てくれた。
「君が高ランクの冒険者だということは理解したが、まだ未成年だろう? 先ほどは油断してしまったが、僕はこれでもそれなりに戦える。君を守らせてほしい」
真摯な訴えに、ナギは戸惑った。
親切な申し出ではあるが、身体を張ってまで自分を守ろうとしてくれる意味が分からない。
「どうして、そこまでしてくれるんですか? 馬車で乗り合わせただけの私に」
グレンが虚を突かれたように押し黙った。
形の良い眉を顰めて、しばし考えに耽っているようだ。
どうやら自分でもはっきりと理由を認識してはいなかったらしい。
「……そうだな。どうしてだろう。君が昔の知り合いに少しだけ似ていたからかもしれない」
「昔の知り合いですか。……ちなみに、その人は?」
「残念ながら、亡くなってしまった。僕は彼女を慕っていたから、守れなかったことが悔しくてね。ずっと心残りだったんだ。僕がもう少し早く介入していれば防げたことかもしれないのに、肝心な時に手を差し伸べることができなかった。そのせいで、彼女と、その大切な存在をみすみす失ってしまったんだ」
だから、これは感傷に近い。
君を助けることで、自分の中の罪悪感を少しでも減らしたいんだ、と。
端正な顔に微苦笑を浮かべて肩をすくめながらグレンが懇願してくる。
「──そんなに、私とそのひとは似ているんですか?」
「いや、そうでもないんだけどね。髪の色も、性格はもちろん、種族も違う。だけど、不思議と君とよく似ている気がするんだ。瞳の色が同じだからかも」
「瞳の色……」
青い瞳なんて、ありふれていると思う。
特にグランド王国では、青や緑の瞳をした者は珍しくもなかった。
でも、晴れ渡った青空のような瞳の色は自分でもお気に入りだった。
大好きな母と同じ色彩。
だから、この目を愛おしそうに見つめられて、悪い気はしなかった。
どうしようかと束の間迷ったが、ナギは結局、彼の申し出に頷くことを選んだ。
こんな真っすぐな眼差しの男のことだ。断ったとしても、勝手に介入してきそうだと思う。
それなら、近くにいてもらったほうがまだ安心だ。
「分かりました。私がどうしようもなくなったら、助けてください。でも、本当に大丈夫ですよ? 私には頼りになる相棒がいるので」
「相棒?」
首をひねるグレンの前で、仔狼がぴょこりと影の中から顔を覗かせる。
「っ⁉︎ ……これは驚いた。君、ただの子犬じゃなかったんだね」
「ふふ。彼はとっても強いんですよ? 魔法が使えるので」
「なるほど。それはたしかに心強い。少なくとも、魔力を封じられ、拘束された僕よりは頼りになりそうだ」
そういえば、彼の拘束はそのままにしていた。
自分はしっかり手枷を外していたので、申し訳ない気持ちになる。
「ちょっと待ってくださいね」
腰掛けていたベッドから立ち上がると、ナギはグレンに歩み寄った。
剣の腕の立つ男性だったからなのだろう。彼はナギと違い、後ろ手に手枷をはめられている。これは不便だ。
(こんな姿勢じゃ、食事やトイレが大変になるのに)
魔力封じの魔道具に触れて、収納する。
突然、解放されてグレンはぎょっと驚いた。
「はっ⁉︎ 今、何を……」
「秘密です。ちょっとした特技なんですよ。内緒にしてくださいね?」
「ああ、分かった。そうだな、冒険者のスキルや魔法は秘密にするべきだ、うん」
驚きつつも、彼は器の大きさを示した。
あっさりと納得して、うなずいたのだ。
手首を撫でながら、立ち上がると軽くストレッチを始めている。
「助かったよ。あの体勢のまま放っておかれたら、いざという時に動けそうにない」
「とりあえず後ろ手はあんまりなので、両手は前にして拘束されたフリをしてくださいね」
「分かった。ありがとう、ナギ」
見回りの男たちを警戒して、【気配察知】スキルは常に発動してあるので、こちらに来る気配を感じたら、すぐに魔道具を戻すことにした。
魔力封じの魔道具には、外側から強い魔力をぶつけて無効化してあるので、何かあったら、【身体強化】スキルを発動して破壊してもらえばいい。
「とりあえず、腹ごしらえしておきます? 食事は私が用意しますので」
鉄格子の隙間から差し入れられたのは、水と堅パンに干し肉を挟んだだけの食事だ。
手つかずのそれをちらりと一瞥したグレンはナギの提案に笑顔で頷いた。
「喜んで!」
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