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〈成人編〉
49. 潜伏
しおりを挟む一応、こっそりと【鑑定】した食事に毒や薬の類が混入されていないことは確認したが、どうせ食べるなら美味しいご飯がいい。
なので、出された粗末な食事は【無限収納EX】へ回収し、自分たちは作り置きしておいたご飯を食べることにした。
手軽に素早く食べられるものがいいだろうと判断して、取り出したのはサンドイッチだ。
定番の玉子とハムのミックスサンドと、コッコ鳥の照り焼きサンドをグレンに渡してあげた。
「ありがとう。……ほう、これはエイダンホテルのパンだな。美味そうだ」
ふかふかの食パンとマヨネーズソースを使ったサンドイッチを噛みしめて、ナギはほっとため息をついた。
ここしばらく、普通の野営食生活だったため、とんでもなく美味しく感じる。
「む、マヨネーズを使った料理だな。これはいい。こっちの鶏肉もいい味だ」
「照り焼きソースです。エイダン商会で買えますよ」
「おお、そうか。それも買わないといけないな。うん、すこぶる美味い」
「ありがとうございます」
褒められるのは、素直に嬉しい。
美味しい美味しいと笑顔でぺろりと平らげてくれたグレンにはタンサンの実入り果実水を進呈した。
「む! これはいいものだ」
「美味しいですよね。今日はもう動きもなさそうだし、おとなしく休みましょうか」
夜間に馬を走らせるのは危険なため、移動するにしても日が昇ってからになる。
いまは体力を温存しておく必要があるため、二人は与えられたベッドに横たわることにしたが──
「シーツが汚れているのが気になるな……」
「分かります。あと、毛布がぺらぺらすぎて、風邪を引いちゃいそう」
むぅ、とナギは眉をひそめた。
綺麗好きなグレンもげんなりとしている。こんな状態では眠れそうにない、とぼやいているが、同感だ。仕方ない。
「グレンさん、内緒ですよ?」
「え?」
腕組みをして粗末なベッドを見下ろしていたグレンに声を掛けて、ナギは浄化魔法を唱えた。
汚れを落として、殺菌をイメージする。
質はそのままだが、汚れは落ちた。真っ白になったシーツをグレンは呆然と見下ろす。
「これは……」
「生活魔法、得意なんです」
「得意というレベルか、これ」
「あ、これもどうぞ。備え付けの毛布を上に重ねて使えばバレませんよね?」
取り出したのは、新品のブランケット。
清潔で手触りも抜群だ。
手渡されたブランケットを凝視するグレンを放置して、ナギは自身に割り当てられたベッドに浄化魔法を使い、自前のブランケットを被る。
南国とはいえ、夜は冷えるので毛布は必須だ。特に石畳の地下牢は隙間風も気になる。地面から冷気が立ち上がってくるため、体力を奪われないよう、自衛は大事。
「あ、グレンさん。手首の枷を忘れないでくださいね?」
食事の際に邪魔になるため、魔道具の枷は外してあった。
眠る前に、また拘束しておく必要がある。
「ああ、分かっている。……すまない、ナギ。色々と助けてもらって」
「どういたしまして。巻き込んでしまったのはこちらなので、むしろ申し訳ないくらいなんですが」
「いや、勝手に突っ走った僕が悪い」
素直に頭を下げるグレン。
ナギは彼のことをとても育ちがいいのだろうな、と改めて思う。
そして、そんな彼と共に旅をしているオスカーのことが、ふと気になった。
「そういえば、オスカーさんは? いつも一緒に行動していましたよね」
あの誘拐現場に彼がいたら、おそらくはその場で犯人たちは全滅していただろうな、と何となく思う。
それほど、グレンの相棒の黒髪の男は得体の知れない迫力があった。
(うん、あの時にオスカーさんがいなくて良かった。せっかくエサに引っ掛かってくれたのに、ダメになるところだったわね)
こっそり胸をなで下ろすナギの隣では、グレンが青ざめていた。
「すっかり失念していたよ。どうしよう……」
「あー。心配していますよね、オスカーさん」
兄のように、というか世話焼きの母親のようにグレンのことを見守っていた彼のことだ。必死になって、グレンを探しているかもしれない。
申し訳なさそうに口にするナギに、なぜかグレンが遠い目になった。
「いや、心配というよりは激怒していると思う……」
「え?」
「まいったな……」
憂鬱そうに、グレンはこの日いちばん重いため息をついた。
◆◇◆
「起きろ。朝食だ」
鉄格子の向こうから声を掛けられて、ナギは低くうめいた。
いつのまにか、夜が明けていたらしい。
窓が一つもないため、時間感覚がおかしくなりそうだ。
ゆっくりとベッドから起き上がり、鉄格子の隙間から差し入れられたトレイに視線をやる。
乾パンとスープ、あとは果物がひとつのメニューが二人前あった。
ナギは立ち去ろうとする男の背中に声を掛けた。
「いつまで、ここにいればいいの?」
「威勢がいいお嬢さんだな」
振り返ってニヤリと笑う男。きっ、と睨み付けると男は笑みを深めた。
「助けを待っても無駄だぞ。わざわざ身寄りのない獣人の娘を選んで、ここへ連れて来たんだ。誰もお前が消えたことには気付いてくれない」
「どうして身寄りがないって知っているのよ」
「調べるのは簡単だ。乗り合い馬車の旅は退屈だろう? 皆、暇つぶしによく喋ってくれる」
「…………」
悔しそうな表情を浮かべてナギが押し黙ると、男はくつくつと喉を鳴らした。
「可哀想になぁ。どうなるか、知りたいんだろ? 教えてやるよ」
男はわざとらしい猫撫で声を出した。
声を張り上げたのも、故意にだ。
ナギだけでなく、他の部屋の囚われの少女たちにも聞こえるような声量で続ける。
「お前たちは隣国へ売られるんだ。獣人を下等な存在だと見下す、シラン国にな」
「……ッ!」
ひゅっ、とナギは息を呑んだ。
叫び出しそうなのを堪えて、慎重に言葉を選ぶ。
「無理よ、そんなこと。国境で荷は調められるもの。人身売買はダリア共和国では禁じられている」
「バレないようにやるだけだ。陸路は厳しいが、海路はそうでもない。抜け道はある」
「海路……?」
「っと、話すぎたな。元気なのは悪くないが、あんまり跳ねっ返りだと、獅子やクマみたくしつけられるぞ」
「っ、最ッ低……!」
ナギがなじると、男は笑いながら階段を上がっていった。
囚われの身となっている少女たちが嗚咽をもらす。
(わざと聞かせて、絶望させたのね。嫌な男! 獅子族とクマ族の女の子たちが心配だわ……)
種族的に好戦的な彼女たちのことだ。おとなしく拘束されたとは思えない。
相当、暴れたのだろう。
「食事を抜かれたくらいなら、まだマシだが、痛め付けられたり、何らかの薬を使われていたら厄介だな」
隣のベッドで寝たふりをしていたグレンが起き上がる。
何やら思案顔で、長い指先を唇に当てた。
「ナギはガズール商会が関係していると推測していたな。大きな商会の荷に人をまぎらわせることなんて、できるものだろうか」
「難しいと思います。以前、護衛任務中に商会の方に聞きました。検問所は鼻の利く獣人が多く採用されているそうなので、禁製品の密輸はすぐ見つかるって」
「ああ、この国は獣人が多いから。僕の国……っと、たとえばグランド王国では訓練された犬がその役割を担っているね」
どうやら、異世界でも探知犬が活躍しているようだ。
「もう少し情報が欲しいですね。様子を見て探ってきます」
「ナギ、僕も……」
「グレンさんはお留守番をお願いします。でないと、私がオスカーさんに叱られそうなので」
「う……そんなことは……ある、かも?」
あるのか。冗談のつもりだったのに。
が、彼の名前を出すと、渋々諦めてくれたので良しとしよう。
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