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〈成人編〉
50. 翼ある獅子の失踪
しおりを挟むグレンがいなくなった。
目的地であるハイペリオン・ダンジョンに到着して、さっそく挑もうとするグレンを引き留めて、保存食の買い出しを頼んだのは、まだ陽も高いうちのこと。
その間、オスカーは拠点となる宿を押さえて、その他の細々とした買い物をするつもりだった。
それほど大きな街ではないため、迷う心配はしていなかった。
素行の悪い冒険者はギルドの資格を剥奪されるため、ダンジョンのある街は意外と治安は悪くない。
なので、オスカーはグレンを安心して送り出したのだが──
「……帰って来ない」
待ち合わせ場所に指定してある、冒険者ギルドに併設された食堂でオスカーは低くうめいた。
懐から取り出した懐中時計を何度も確認したが、集合時間を大幅に過ぎても、彼の姿は見当たらない。
既に陽は暮れかけており、食堂では本格的に酒を飲み始める冒険者たちの姿がちらほら目につき始めていた。
(迷子なわけはない。……まさか、誰かに拐われたとでも?)
来年には三十路となる大の男が、昼日中に大人しく拐かされるとは、さすがに思えなかったが──
「何か、厄介事に首を突っ込んだ可能性が高そうだな……」
はぁ、と嘆息する。
王族に生まれて、彼はずっと模範的な優等生として過ごしていた。
年齢の離れた兄の足を引っ張らないよう、目立ち過ぎないよう、だが操り人形に選ばれないよう、賢く立ち回ってきたのだ。
ずっと窮屈な生き方を強いられてきた彼がようやく少しの間の自由をもぎ取って、王国民の目が届かない異国へやってこれた。
憧れていた冒険者として過ごせる毎日を、これでもかと満喫しているグレンを、幼馴染みにして腹心でもあるオスカーは温かく見守っていたのだ。
「あまりうるさく言うのもどうかと、放置し過ぎてしまったか……」
あの人も、バカではない。
危険な場所にわざわざ足を運ぶこともしないだろう。
勘もいいし、慎重な性格をしている。……自由になった今は、少しばかり油断しているようだったが。
「無駄に正義感の強い彼のこと。何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いな」
ちっ、と舌打ちする。
「使いたくはなかったが、仕方ない」
マジックバッグから取り出したのは、とある魔道具。
王国が所有するダンジョンでドロップし、王家に献上された宝物のひとつだ。
紅玉のネックレスを指に引っ掛けて、テーブルの上に地図を広げる。
注意深く魔力を流すと、黄金のチェーンを伝ってペンダントトップが揺れた。
(これは、グレンが装着した紅玉の指輪と対になった魔道具。互いの場所を知らせる機能があるのだが……)
ここにナギやアキラがいれば「GPS機能付き魔道具⁉︎」と盛り上がったことだろう。
ペンダントトップは大きく円を描くように揺れて、止まる様子はない。
魔力反応を拾えないようだった。
大判の地図を取り出して試してみたが、そちらも行き先を示してはくれなかった。
ネックレスはオスカーが、指輪はグレンが魔力を通して登録しているため、装着していれば、必ず反応があるはず。
「つまり、殿下は指輪を誰かに奪われた状態ということか」
どれほど自由に焦がれていたとしても、彼があの指輪を外すはずはない。
湯浴みをする際でさえ、装着したままでいるのだ。
嫌な予感が当たったようだ、と嘆息しながら立ち上がる。
彼の足取りを追わねばならない。
だが、その前に──
テーブルに飲食代と長居した詫びとして多めのコインを置くと、オスカーは食堂を後にした。
向かうのは、冒険者ギルドのハイペリオン支所。
ギルド本部の幹部から預かっていた漆黒のプレートを見せて、伝言を頼む。
翼ある獅子。その暗号だけで、自慢の部下たちはすぐに駆けつけてくる。
(……アイツらを呼ぶつもりはなかったが、仕方ない。今は人手が必要だ)
かつて、王家直属の調査部隊の隊長だったオスカーの部下。
癖はあるが有能な彼らのうち、元冒険者でもあり、隠密行動が得意な二人の顔を思い浮かべる。
継承権は放棄したとはいえ、王弟だ。
右腕だの懐刀だと称されるオスカーが同行しているとはいえ、身を案じた陛下の命で、グレンには内密で護衛として彼らに後を追わせていた。
おっとりしているようでいて、勘が鋭い彼に気付かれないよう、船便は別にしたので、二週間遅れでダリア共和国に到着となったが。
(幸い、のんびり旅をすることを楽しんでいたから、彼らも余裕で追いつけた)
オスカーも何かと理由を付けて時間を稼いだので、どうにか合流することができたのだ。
とはいえ、グレンの望みは王家の首輪なしでの自由。
気付かれないよう護衛をするため、今回の旅でも旅程をずらして、ダンジョンで合流する予定だったのだ。
(まさか、合流する前にこうなるとは)
失敗したが、まだ挽回は可能なはず。
命の危機に陥れば発動する魔道具も装着していたが、今のところ発動した気配もない。
(とすれば、営利目的の誘拐か。……成人男性を?)
それなりの装備をしていたが、まさかそんな酔狂な犯罪者がいるとも思われない。
ということは、やはり彼の身分がバレていたということか。
(情報を漏らしたのは、冒険者ギルドか。いや、商業ギルドも我々の身分は把握している。……まぁ、いい。締め上げるにしても、まずは彼の身柄を取り戻してからだ)
怒りが過ぎれば、かえって冷静になるタイプのオスカーは冷え冷えとした眼差しで冒険者ギルドを立ち去った。
翼ある獅子は王家の紋章。
ギルドに立ち寄った彼らが伝言を耳にすれば、すぐに行動を取るはず。
(まずは彼の足取りを──……)
商店街に足を向けようとしたオスカーだが、何かに引っ掛かったような感触を覚えて足を止めた。
「キャン!」
ヒリヒリするような怒りのオーラを纏った彼を呼び止めたのは、小さな漆黒の毛並みを誇る仔狼だった。
まるで、ぬいぐるみのような愛らしい生き物が黄金色の瞳でオスカーを見上げて、尻尾を振っている。
大切な相棒の一大事なのだ。
せっかくの可愛いお誘いだが、無視をして歩き去るつもりだった。
だが、オスカーはその仔狼に見覚えがあったため、その場にしゃがみ込んだ。
「お前は、アキラだったか」
「キャン!」
尻尾の動きが早くなる。
乗り合い馬車で一緒に過ごした、獣人の少女の相棒は、何かを訴えるようにオスカーを見上げてきた。
「ご主人はどうした? はぐれたのか」
「キューン」
ふすふすと鼻を鳴らすと、アキラは顔をオスカーの膝に擦り付けてきた。
よく見ると、首元のリボンに何か絡まっている。
「手紙か。……見てもいいのか」
「キャン!」
紐のように細く折りたたんだ紙をリボンに結び付けていたようだ。
開くと、見覚えのある文字が目に入る。
オスカーは黒曜石のような瞳を細めてその手紙を読んだ。
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