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〈成人編〉
59. 秘密を、ひとつ
しおりを挟む「これはどういうことかな、ナギ」
そう問い掛けると、黒髪の少女はぴょんと飛び上がった。
ひゃあっと悲鳴を上げて驚いている。
「え、まさかグレンさんっ?」
「起きていたのか」
慌てて振り返るナギを庇うように、さっと前に立ちはだかった黒髪の少年がちっと舌打ちする。
じとっと恨めしそうな眼差しを向けてくる彼はどうやらナギと同じ種族らしい。
瞳の色は違うが、もしかして兄だろうか。
(なんだか、やたらと警戒されていないか、僕?)
不思議に思ったが、それよりもナギである。この状況を説明してもらわなければ気が済まない。
おずおずと上目遣いで見上げてくるナギは可愛いが、見逃すつもりはなかった。
「えっと、その……グレンさん、目が覚めていたんですね?」
「ああ。とある事情で、薬物には耐性があるんだ。状態異常を緩和する魔道具も身に付けてある」
王族である彼は幼い頃より、数多の毒薬に慣らされているのだ。
心配性の兄王に持たされた魔道具のアクセサリーも身に付けてある。
にこりと微笑みかけながら説明すると、ナギは頭を抱えた。
「ということは、もしかして……?」
「うん。最初から意識はあったんだよ」
「あー……」
ぴりっと空気が張りつめるのが分かった。エドと呼ばれていた少年の気配だ。
警戒心も露わだった彼が、今にも飛び掛かってきそうな鋭い瞳でこちらを睨み付けている。
琥珀色の瞳がまるで炎を纏っているように鮮やかな黄金に煌めいた。
「そんなに睨まないでくれ。ナギは恩人に等しい。彼女を害することはないと誓お
う」
「信用できない」
「それは困った。ただ僕は、何が起こったのかを知りたいだけだよ。内緒にしたいことがあるなら、秘密にすることを約束す
る」
「……………」
「エド、落ち着いて。グレンさんは、信用できると思う。悪い人じゃないわ」
「それは……知っている」
意外にも、自分の人柄を知っていたらしい。どこかで会っていただろうか、と不思議に思う。
むっと口を噤んだ少年が渋々、後ろに下がった。とはいえ、いつでもナギを庇うことのできる距離は保っている。
「……で、僕のことを知っているという、
君は誰なんだろう?」
「あー……」
困ったように笑うナギに畳み掛けていく。
「そして、この場所はどこだろう? 周囲を探ってみたが、出入り口はどこにもない、不思議な空間だとしか分からなかった
が」
ぐるりと周囲を見渡すグレン。
いったい、ここは何なのだろうか。考えても分からない。知的好奇心が大いにくすぐられる。
(ナギは面白い。彼女と一緒にいれば、きっと退屈することはないだろう)
落ち着きなく視線を揺らす少女をまっすぐ見下ろして、グレンはにこりと笑う。
「あと、僕の勘違いでなければ、君は女の子たちを『収納』していたよね? あれはどういうことだろう」
意地悪な聞き方をしてしまったかもしれないが、好奇心を抑えきれない。
(収納なんて、ありえない。おそらくは転移の魔道具を使ったはずだが)
なんとなく、そうではないと感じるのだ。
「うぅ……」
可愛らしい三角の耳がぺたりと寝かされた。困っている。綺麗な空色の瞳が涙目になっていることに気付いて、グレンはやれやれと肩を竦めてみせた。
「すまない。意地悪な言い方だったね。君を追い詰めるつもりはないんだ」
「グレンさん……」
「ただ、僕も関わってしまった以上、ある程度の情報交換は必要だと思う」
言葉を切って、黒髪の少年少女の顔をそっと見やる。
「船の魔道具だっけ? 君だけでなく、僕と二人がかりで救出したということにすれば、説得力はあるんじゃないかな?」
にやりと笑いながら告げると、黒狼族らしき少年は嫌そうに顔をしかめた。
◆◇◆
(どうしてこうなった……)
血の気の多いエドが小声で「食材ダンジョンに捨てに行くか?」などと物騒な提案をしてくるのをどうにか宥めつつ、ナギはグレンを『外』に連れ出した。
助け出した獣人の少女たちには、念のために闘魔法で眠らせておいてもらう。
彼女たちに聞かれてしまうと、グレンの二の舞いになるため、説明するのは彼だけだ。
右手をエド、左手をグレンと繋いで、ナギは【無限収納EX】内の小部屋から外に出る。
「おお……。潮の香りが強いと思ったら、海か」
「崖から落ちて、エドにここまで運んでもらったんです」
「そうか。大変だったんだな」
とりあえず、魔道テントの中へ案内して、飲み物を用意する。
グレンはミルクティーに蜂蜜をたっぷりと投入した。
優雅な所作でカップを口元に運んでいる。黄金の冠のような髪がさらりと揺れる様は美しく、うっかり見惚れそうになったほど。
(やっぱりグレンさんは所作が綺麗よね。お金持ちのご隠居というよりも、上位貴族とか、そっちの気がする……)
ありふれた冒険者装束を身に纏っていても、仕草が洗練されているのだ。
そして、それは相棒であるオスカーも同じく。
(悪い人たちじゃないとは思うんだけど、アヤシすぎるんだよね)
人物の簡易鑑定は相変わらず、青を示しているので、こちらに悪意がないことはしっかり把握している。が、エドが警戒するのも仕方がないとは思う。
ミルクティーを飲み干したグレンはゆったりと一人用ソファに腰掛けて、にこりと微笑む。……逃げられそうにない。
ナギは観念して、口を開いた。
「秘密を守る約束をしてくれたら、説明します」
「うーん……約束はするつもりだが、秘密を共有する相手をもう一人だけ追加してくれないかな?」
「オスカーさんですか」
「そう。彼は何というか、その僕に関してやたらと過保護でね」
「ああはい。それはもう知っています」
「だよねー……」
「大変そうだなと思っていました」
「ははは」
遠い目になったグレンに、ナギは同情する。彼はこのいい年した立派な青年を、ごくたまに箱入りのお嬢さまかのように扱う瞬間があるのだ。
「オスカーさんに秘密にするのは難しい、と」
「その通り。難しい。というか、きっと暴きにくる。だから、最初から共犯者として抱き込んでおくほうがいいと思う」
「そいつは信用できるのか」
鋭いエドの問いに、グレンが頷いた。
「信用できる。名に誓ってもいい」
「…………」
「落ち着いて、エド。私もグレンさんとオスカーさんのことは信用してもいいと思う」
「……ナギがそう言うなら」
渋々、矛を収めたエド。
グレンが知りたがっているのは、ナギのスキルなのだ。
エドやアキラ以外、誰にも──師匠であるミーシャにも教えていなかった秘密を告白する。
「私が使ったのは、お察しのとおり『転移』の魔道具じゃないです。空間属性の特別なスキルで、人や動物が滞在できる亜空間を作ることができる」
無限に収納できる容量や、目視で収納できる能力については口を噤むことにした。
「亜空間……。先ほどの空間のことか」
青い瞳を見開いて驚くグレン。
それはそうだろう。収納系のスキルといえば、【アイテムボックス】。生き物は収納することができない。
容量も魔力量に依存するため、あまり大きな物は収納できないのが普通なのだ。
王城のダンスホールほどの広さを誇る亜空間──畑や果樹園があり、人や動物が住むことも可能なほどの場所をスキルで作り出すことができるなんて。
「それは凄まじい能力だな。秘密にするのも分かる。人や物資を大量に運ぶことができるスキルとなると、喉から手が出るほど欲しがる連中がいるだろうな」
ダンジョン国家であるダリア共和国内だと、冒険者や商人として引っ張りだこになるくらいで済むだろうが、他国──特に虎視眈々と侵略を狙っている帝国に知られたら恐ろしい。
ギロリとエドが睨み付けると、グレンは端正な顔に苦笑を浮かべて両手を上げた。
「分かっている。約束は守るつもりだ。だから、そう睨まないでくれ」
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