異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

58. 転移か収納か

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 グレン・グランディードはグランド王国、現国王の弟だ。

 一回り年上の兄にはすでに優秀な嫡子がいるため、王位継承権を返上して独立した。
 王族としての公務に励んだ褒美として、一年間の休暇をもぎ取り、ダンジョン都市を有するダリア共和国に外遊している。

 身分を隠し、冒険者として過ごす刺激的な日々を満喫する中で、一人の少女と出会った。

 乗り合い馬車で同乗した、獣人のナギである。
 背を覆う艶やかな黒髪と空色の瞳が印象的な、黒狼族の少女。
 成人前とのことだが、その料理の腕前には驚かされた。
 ありあわせの食材で手際よく美味しい食事を作ってくれる。

 グレンとオスカーはすっかり胃袋をつかまれてしまった。

(頭の回転も速く、必要以上にこちらに踏み込もうとしない。こんなに優秀な子はめったにいないぞ)

 ナギのことを気に入ったグレンは、休暇を終える際にどうにか口説いて、専属の料理人として国に連れて帰りたいとさえ考えていた。

 いつも自分の思い付きを苦い表情でダメ出しするオスカーが、この提案に反対しなかったことから、彼もまたナギのことを気に入っていたのだと思う。

 なので、乗り合い馬車の終点で笑顔で別れた後。
 オスカーと手分けしてダンジョンアタックのための物資の調達中、街中でナギを見かけて連絡先だけでも交換しておこうと考えたのだ。

 声を掛けようとして、グレンは不穏な気配を感じ、周囲を探った。
 そうして、ナギがいかにも怪しい風情の男に声を掛けられている様を目撃したのである。
 
 乳姉妹にして、頼りになる右腕のオスカーに鍛えられ、これでも人を見る目にはそれなりの自信があった。
 あれは、ダメだ──慌てて後を追うと、大通りを逸れて人気のない細道へ歩いていくナギ。

(いくらなんでも無防備すぎる!)

 護衛担当の仔狼の姿がないことにも気付かず、グレンはナギが連れ込まれた店へ足を踏み入れ──そうして無様にも囚われの身となってしまったのだ。

 意識を取り戻したグレンはひどく落ち込んだが、そんな彼をナギは慰めてくれた。

「大丈夫ですよ、グレンさん。実は私、これでも冒険者なんです。銀級の」
「シルバーランク⁉︎ まだ子供の君が?」

 子供扱いされた少女はむぅ、と唇を尖らせたが「本物です」と冒険者の証であるタグを見せてくれた。
 偽造できない、特別な加工を施されているため、本物なのは間違いないだろう。

「潜入捜査のために、わざと誘拐されたんです。グレンさんのことは予想外でしたが、ちゃんと保護するので安心してください」

 胸を張る少女がとても頼もしい。

「僕が守るつもりだったんだが……」
「グレンさん、銅級コッパーランクですよね? ここは先輩の私に任せてください」
「うん、よろしくね……」

 苦笑しながら、頷いた。
 今更だが、彼女は何らかの特別なスキルや魔法が使えるのだろう。
 魔道具で後ろ手に拘束されていたはずが、枷は外されているし、ポーションまで飲ませてもらっていた。

 何もない空間から次々と物資を取り出すことから、【アイテムボックス】持ちなのは確実だ。
 
(魔力量の多い魔法使いしか、収納系のスキル持ちはいないと聞いていたが……)

 獣人は魔力があっても身体強化系の魔法しか使えない。
 王国でも指折りの魔法使いにそう教わったはずだが、ナギは浄化魔法クリーンを気軽に発動している。

「体力は温存しなくちゃなので、ちゃんと食べてくださいね、グレンさん」
「ありがとう。とても美味しそうだ」

 支給された粗末な食事はナギがすばやく回収して、代わりに美味しい食事を与えられた。
 エイダンホテル名物のパンを使ったサンドイッチはすこぶる美味だった。

(心配させているオスカーには悪いが、ナギのことは信頼できる)

 誘拐犯は組織ごと潰すべきだし、何よりナギと共にいれば面白いものが見られそうだと考えて。
 グレンはおとなしく彼女の指示に従うことにした。


◆◇◆


 食事に薬が混入されていることには、すぐに気付いた。
 これでも王族の一員。毒味役は常に侍っていたが、グレン自身も複数の毒に慣らされて、耐性がある。
 それに、心配性の兄が貸してくれた状態異常を緩和する魔道具を身に付けていたので、意識を失うことはなかった。

 唐突な睡魔に襲われて、これが眠り薬の類だと分かったので、寝たふりをすることにしたのである。

 そうして思惑どおり、誘拐された少女たちと共に馬車で運ばれた。
 ナギと引き離されるか不安だったが、得意の交渉スキルを発動して、自分を売り込んだ甲斐はある。
 王国の高位貴族の親族なので、身代金は言い値で支払ってもらえるのだと、それとなく告げておいたのだ。

 ナギが言うには、すでにギルドの職員には通報済みなので隣国の奴隷商と接触したところで、踏み込んでくれるだろうとのことだったのだが。

(何が起こっている……?)

 馬車が止まってしばらくして、それまで大人しく横たわっていた二人の少女が突如暴れ出したのだ。
 頑丈なはずの荷台を破壊して、外に飛び出していく。
 荷台の床には力ずくで破壊された魔道具の枷が落ちていた。

(獅子族とクマ族がこれほどまでに強靭だとは驚いた)

 本気になった肉食パワー系の獣人は侮れない。人数差も何のその、素手で男たちを殴り倒す様は圧巻だ。

 だが、焦るナギの様子から、これがイレギュラーな展開なのは明白で。
 
「あああ……ッ、もう!」

 嘆息しながらも、ナギは素早く行動に移った。意識を失ったままの少女に手を伸ばし、触れていく。
 グレンは目を疑った。

(ナギが触れた少女が消えた?)

 まさか、収納?
 いや、【アイテムボックス】は植物以外の生物を収納することはできない。
 そのはずなのに、グレンの目の前で次々と少女たちが消えていく。

(もしや、転移魔法? 国宝級の魔道具を使っているのか?)

 混乱するグレンだが、ナギがこちらを振り向く寸前、慌てて目を閉じた。
 ほっそりしたナギの手が肩に触れて──空気の流れが変わったのが分かった。

 固い荷台の床ではなく、やわらかな地面を背に感じる。
 おそるおそる目を開けた。
 
「なんだ、ここは……?」

 照明は見当たらないが、明るい空間だった。荷台どころか、森の中でもない。
 白い壁に囲まれてはいるが、王宮のダンスホールほどの広さがある。

 床には毛足の長い絨毯が敷かれており、居心地の良さそうな家具類も置かれていた。
 特に調理場はあらゆる道具が揃えられており、そこだけを見れば名のある料理店の厨房と勘違いしそうだ。

 壁際には本がぎっしり詰まった棚があり、クッションが置かれたソファもある。

「誰かの、秘密基地のようだな」

 ぽつりとつぶやく。
 一代限りの大公位にあった大叔父が、王都の外れに建てた屋敷と雰囲気が似ている。
 彼は趣味人で、気心の知れた仲間と集うための秘密基地にしていたのだ。

 魔道具の枷で両手を拘束されたまま、グレンは立ち上がった。
 周囲には自分と同じように、この場所に『飛ばされて』きた少女たちが横たわっている。
 観察したが、眠っているだけのようなので、そのままにしておいた。
 ふかふかの絨毯の上なので、体は痛くならないだろう。

「室内かと思ったが、違うのか?」

 視線の先には、なぜか畑のようなものがある。
 果実をぶら下げた木々も植えられており、まるで荘園のようだと思う。

「ナギは僕たちをどこへ送り出したんだ?」

 首を捻っていると、目の前に巨大な何かが落ちてきた。

「うわっ⁉︎     これは……荷台?」

 どうやら、もう一台の馬車に繋がれていた荷台ごとここへ飛ばしてきたようだ。

 中を確かめたいところだが、あいにく両腕は使えそうにない。

 グレンは深々とため息を吐いた。

「ナギ……後できっちり説明してもらうぞ?」


◆◆◆

グレン視点でした!
いいね、いつもありがとうございます。

◆◆◆
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