異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈掌編・番外編〉

3. レバーパテ

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 辺境伯邸の食糧庫から持ち出した、レバーパテの最後の一瓶を食べ終わってしまった。
 大事に少しずつ食べていたけれど、あまり数は多くなかったので仕方ない。

「あー…。とうとう食べきっちゃったかー……」

 浄化魔法で汚れを落としたガラス瓶をナギはそっとテーブルの上に置く。
 レバーパテには「アリア」の頃からお世話になっていた。
 前世の記憶を思い出した頃、栄養不足で痩せ細っていたアリアがキッチンからこっそり持ち出したレバーパテは、涙が出るほどに美味しかった。

「まだ固形のガッツリした食事が厳しかったから、あれには本当に助けられたのよね……」

 レバーのペーストは栄養たっぷりだ。
 カロリーはそれほどないようだが、脂質が多く、炭水化物もたんぱく質も含まれており、その他のビタミンやミネラルも豊富に含まれている食材なのだ。
 
「レバー自体がそもそも栄養の宝庫って言われているもんね」

 肉食獣がまず口をつけるのが、狩った獲物の内臓なんだったか。内臓の中でもレバー部分は特に柔らかくて美味しいと聞いた。

「お肉がなかなか食べられなかった中で、レバーペーストのおかげで元気が出たもの。アリアの命の恩人よね」

 貧血症状も改善されたし、疲労の回復も早まった。食べることは、命を繋ぐことなのだと、しみじみ感じ入ったことを覚えている。
 とにかくレバーペーストは、美味しくて栄養もたっぷりな、最高の食材だった。

「元気になってからは、お肉を食べることに夢中になったけど」

 お酒が飲めない年頃なのも大きいかもしれない。なにせ、レバーパテはお酒の肴として、とても優秀なのだ。
 赤ワインが一番合うと思っているが、パテの味付けによっては白ワインも合う。
 さわやかでフルーティーな飲み口の日本酒もレバーパテは受け入れてくれる度量の広さがあるのだ。
 レバーパテが美味しければ美味しいほど、お酒を呑めない辛さが身に染みて、自然とお肉に癒しを求めていたように思う。

「そんなに旨いか、それ」

 物憂げにため息を吐いていると、エドに不思議そうに問われてしまった。
 以前に一度、バゲットに塗って大事そうにレバーパテを食べているナギを見て興味を持った彼に、一口だけお裾分けしたことがある。あいにく、少年の口には合わなかったようで、それ以降欲しがることはなかったのだが。

「私は美味しいと思うけど、苦手な人もそれなりにいるみたいね。まぁ内臓料理だから仕方ないかも」

 エドはウニやカニ味噌は平気だったが、レバーだけは得意ではないようだ。
 そういえば、レバニラ炒めもあまり箸が進んでいなかったことを思い出す。
 レバーも調理法によっては食べやすくなるのだが、無理やり食べさせるつもりはない。

(野菜も肉も普段は好き嫌いなく、たくさん食べてくれているもの。他でちゃんと栄養が取れているし、問題ない!)

 エドが積極的に野菜や魚を食べているのは、やはり「アキラ」の記憶のおかげだろう。何だかんだで、日本人は小さい頃から食育をきちんと施されている者が多い。
 前世の記憶のおかげか、食わず嫌いはほとんどないエドは、本当に良い子だと思う。

(私の方が好き嫌いが多かったかもしれない。大人になって一人暮らしで自炊をするようになってから、色んな食材を克服出来たんだよね……)

 給食のメニューで苦手になった食材も、自分好みの味付けで調理すれば好物になった物もたくさんある。
 あとは、お酒を飲むようになってから、内臓系や珍味系が特に美味しく感じるようになったか。

「俺はあんまりその良さは分からなかったが、そんなに好きなら、自分で作れば良いんじゃないか?」

 皿に残っていたピンチョスをひょいとつまみ、美味しそうに食べるエド。
 ぽかんとした表情で見上げてしまったが、確かにその通りだ。

「……そうね。今なら、魔獣肉の内臓もたっぷりあるし、好みのレバーパテを作り放題!」

 辺境伯邸から持ち出したレバーパテは鶏レバーだったが、豚や牛のレバーも美味しい。
 幸い【無限収納】内には、これまで狩った魔獣のレバーなら大量に眠っている。
 焼肉やバーベキューを楽しむ際に、少しずつ食べた程度なので、在庫は山ほどあった。

「鴨のレバーは絶対に美味しい。オーク、ボア、ディアのレバー……ああ、どんな味がするのかしら? 楽しみだわ」

 鹿肉のレバーなんて食べたことがない。
 レバ刺しにすると最高に美味しいらしいが、野生動物のレバーの生食は特に危険なのでそこは我慢だ。

「うん、せっかくの休日だし、大量に収納しているレバーを消費するためにキッチンにこもるわね」
「分かった。俺は暇だし、すぐ前の森で遊んでくる」
「はーい。気を付けてね?」

 遊んでくる、と口にしたが、エドのそれは狩りと採取のことだ。
 ダンジョンに潜り始めてから、既に三ヶ月。近場の弱い魔獣しかいない森は、彼にとっては放牧場と変わらないのだろう。

 採取してくるのは、主にベリーだ。ベリーはいくらあっても困らない。ホーロー鍋でたっぷりのジャムを作るのはとても楽しい。
 ことことと煮立てる時に立ち昇る甘酸っぱい香りは、パンを焼いている時の香りと同じく、胸を幸せで満たしてくれる。

 軽く装備を整えて出掛けるエドを見送って、ナギはキッチンに向かった。
 収納から取り出したのは、たっぷりの牛乳と各種魔獣のレバーの山。

下拵したごしらえは念入りにしないとね」

 何せ、レバーはクセが強い。
 水洗いし、筋や血の塊、白い脂肪部分などを丁寧に取り除いていく。
 
「お、白レバー。これは濃厚で美味しいんだよねー。脂肪分が多くて、ねっとりとしていて」

 鴨の白レバーは数が少ないようなので、他と混ざらないように避けておく。
 これはパテにせずに、ガーリックバターでソテーにして食べたい。

「切り分けて、あとは牛乳に漬けて冷蔵庫へ。三十分くらい置いておけば良いかな」

 臭み取りのために、牛乳漬けは必須だ。
 合間に他の材料を用意する。玉ねぎやにんにく、オリーブはみじん切りにして、ゆで卵も作っておいた。
 ゆで卵は好みにもよるけれど、口当たりが良くなるので、試しに作ってみる。

「最初は鴨のレバーで。オリーブオイル、バターをフライパンに入れて、ニンニクを炒めてから、玉ねぎと水気を取ったレバーを炒める。味付けはコンソメと塩胡椒、白ワイン少々、ローリエも追加しようかな?」

 あとは汁気がなくなるまで煮詰めるだけだ。水分が飛んだら、粗熱を取ってミヤさんとムーラさんに作ってもらったフードプロセッサーにお任せするだけ。
 滑らかになったら、冷やして瓶に詰める。
 その前にちょっとだけ味見をしてみた。

「ん、美味しい…。ねっとり濃厚! これはパスタに合いそう」

 鴨のレバーパテは満足の出来栄えだ。
 ガラス瓶五つ分のパテはさっそく冷蔵庫にしまっておく。

「さて、次はボアのレバー! これも大量ね。フライパンじゃ入り切らないから、大鍋で作ろう」

 ひたすらボア狩りを繰り返していた時期があるため、レバーはかなりの量がある。
 これは一日仕事になるかもしれない、とナギは覚悟を決めて腕まくりした。


 ガラス瓶と麻袋、籠の類は普段から大量に買い置きしてある。採取はもちろん、色々と料理を作り置きすることが多いからだ。
 特にガラス瓶はジャムやソース類を作る際に重宝するため、店頭や市場で見掛ける度に買い足していた。
 それらを全て使い切ってしまった。

「うん、作り過ぎちゃった……?」

 てへへ、と小首を傾げながら、呆れた風に見詰めてくるエドに笑顔を向けてみる。あまり効果はないようだ。

「……まぁ、仕方ない。瓶はまた買ってくればいい」
「ジャムはまた今度作るね」

 大きめの籠ふたつ分のブルーベリーを採取してきてくれたエドに謝りながら、傷まないようにと収納する。

「冷蔵庫の中が、レバーパテでいっぱいだな……」
「う、うん……」

 実は冷蔵庫だけでなく、入りきらなかった分が【無限収納】内にあるのだが、これは黙っておいた。
 パテを作るのが楽しくなってしまい、ついついあるだけのレバーで量産してしまった。

「えっと、さすがに量が多いので、ミーシャさんやラヴィさんやミヤさんたちの差し入れにしようかな……?」
「フェローさんやガルゴさんも好きそうだ」
「あ、そうだね! お酒飲みの人は好きな味だと思う」

 ナギ特製レバーパテは皆にとても好評だった。エドはパテは相変わらず苦手だったが、白レバーのガーリックバターソテーは気に入ったようだ。
 
 森のそばの別荘では、小腹が空いた時にクラッカーにパテを載せたお茶会がたまに開かれる。
 向かいに座る少年はパテの代わりにジャムやチーズをクラッカーに載せてお茶を楽しんでいるらしい。
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