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〈冒険者編〉
174. 野営のお供に 2
しおりを挟む「旨いスープのお礼だ。嬢ちゃん達は見張り番を免除でいいぞ。ゆっくり休みな」
「いいんですか? 助かります!」
「おう、いいぞ。ナギのスープにゃ、それだけの価値がある」
夕食を食べる前に、顔見知りの男性冒険者、ガーディに声を掛けてスープを差し入れたのはナギだ。
商会から預けられた食材で作った物ではなく、ダンジョンに潜る際にエドと食べるために作り置きしておいたスープだ。
寸胴鍋はかなりの大きさがあるので、冒険者全員に行き渡るだろう、と差し入れたのだ。
昼食時の気まずさからのお詫びの意味も込めていたのだが、これが好評だったらしい。
「ミルク味のスープ、すごく旨かったぞ。野菜にちゃんと火が通っていたし、中の肉がとろけるように柔らかくて驚いた」
「コッコ鳥のシチューです。口に合ったようで良かった」
「おう。鍋はきちんと洗っておいたぞ。感謝する」
渡された寸胴鍋を収納し、持ち場に戻るガーディを見送る。
雇い主であるリリアーヌ嬢の前にさりげなく移動して、ガーディからの視線を遮っていた『紅蓮』の三人は戸惑っているようだった。
「ナギはいつの間にガーディを手懐けていたんだ?」
「リザ、言い方!」
「ええと、手懐けてはいませんけど。もともと顔見知りだったし、手持ちのスープが余っていたので差し入れしたんです。あ、商会の食料は使っていませんよ?」
「もちろん、そこはナギさんを信用しているわ」
リリアーヌ嬢がくすりと笑う。
強面の中年男性冒険者の姿を目にした時には強張っていた表情も、今はぎこちない微笑を浮かべられるほどには気持ちも落ち着いたのだろう。
ガーディも彼女の事情を心得ていたのか。少し離れた位置から、ナギに声を掛けてくれていた。
「それにしても、あいつらが面倒な見張り番を代わってくれるとはね。よっぽどナギのスープが絶品だったのか」
「でも、助かるわ。地味に疲れるし、面倒だもの」
「ナギ、良くやった」
黒猫族の少女、ネロがほんの少し口角を上げて、よしよしとナギの頭を撫でてくれる。
くすぐったいが、悪い気はしない。
「この規模の商隊の見張り番だと、常時三人で三時間交代。細切れ睡眠になるから、かなり翌日に響くのよね。だから、正直助かるわ。ナギさん、ありがとう」
シャローンにも礼を言われて、リザにはぎゅっとハグされた。とても見事な膨らみに顔を押し付けられてしまい、ちょっと感動してしまう。
『センパイ、いいな……』
キューンと羨ましそうに見上げてくる仔狼は無視だ、無視。
「スープで時間と体力が買えるなら、安いものね。ナギさん、あのスープはまだ在庫はあるのかしら?」
何やら黙って考え込んでいたリリアーヌ嬢に問い掛けられて、慌てて脳内の収納リストを確認する。
「えっと、作り置きのスープ類なら、あと四つありますね」
「それを私が買い取る形でお金を払うから、明日からも彼らに提供して下さるかしら?」
「あ、はい。分かりました。スープだけで良いんですよね?」
「ええ。パンや干し肉は彼らも準備していますし」
エドが焼いてくれたパンは大量に【無限収納EX】内に収納してあるが、さすがに大食らいの男性冒険者たちに配る余裕はなかったので、ナギはほっとした。
「ナギ、寸胴鍋五つ分の作り置きをいつも持ち歩いているのかい?」
「う……。いえ、今回はたまたまです! ダンジョンでの野営時に作り置きはすごく便利だから」
呆れたような視線を向けてくるリザに慌てて首を振った。
「まぁ、確かに。作り置きの料理は便利だし、ナギのスープは美味いからな。アタシらにも収納スキル持ちがいたらなぁ」
「ない物ねだりは時間の無駄よ、リザ。ダンジョンからドロップするマジックバッグを期待しましょう」
夕食の片付けも済んだところで、ナギは『紅蓮』のメンバーにお風呂代わりの浄化魔法を掛けてあげた。
「ありがとう、ナギさん」
「すごい。水浴びした後みたいに綺麗になった」
「ナギの生活魔法のスキルレベル、相当高いだろ? こんなにピカピカに磨かれる浄化は初めてだ」
「あはは。綺麗好きなので、ひたすら使ってレベル上げしたんですよ。じゃあ、リリアーヌ嬢の馬車に行ってきますね!」
「おう。おやすみ、ナギ」
エイダン商会の三人は馬車に戻っていたので、ナギは仔狼と一緒にリリアーヌ嬢の元へ急ぐ。
(そう言えば、私の生活魔法のスキルレベル、いつの間にかMAXになっていたわね……)
あまり意識してはいなかったが、スキルレベルによって浄化の仕上がりも変わるのだろうか。
「ああ、ナギさん。ちょうど良かったです。手伝って頂けますか」
「メリーさん。はい、お手伝いします」
侍女のメリーに乞われるまま、馬車に向かう。エイダン姉弟が馬車から降りてきたところで、交代して乗り込んだ。
四人乗りではあるが、貸し馬車よりもゆったりとした作りの馬車だ。
何をするのかな、と興味深く眺めていたら、座席の背もたれ部分を掴んだメリーがぐっと力を入れて倒してきた。
「ナギさん、反対側を持ってください」
「はい!」
慌てて背もたれに手を添えて、せーので通路側に倒していく。ギシギシと音を立てながらだが、どうにかフラットに出来た。
「これ、もしかして座席を倒すと寝台になるんですか?」
「ええ、そうですよ。貴族用の馬車で使われていた技術を、エイダン商会も取り入れたのです」
「おお、すごい……!」
キャンピングカーみたいで、わくわくする。たしかに、下手なテントよりも高価な馬車内の方が居心地が良いに決まっていた。
向かい合わせになっていた座席部分を倒せば、立派な寝台の出来上がりだ。
少し埃っぽかったので、ナギはここでも浄化を使っておいた。
メリーに乞われるまま、預かっていたエイダン商会の荷物から寝具を取り出していく。
「敷き布団とシーツに枕、ブランケットですね。どうぞ!」
二人がかりでベッドメイクを終えた。
セミダブルサイズのベッドにしか見えない馬車の内装に感動する。
「すごい。素敵! とても便利ですね、これ」
「ふふ。テントより快適なのよ。少し狭いけれど、ここなら二人で眠れるわ」
「僕もテントで寝たいです、姉さま」
「まぁ、ダメよ、ジョン。テントは固いし、外は危険なの。狭いけれど、我慢なさい」
「……はーい」
どうやら姉弟で馬車の寝台を使うらしい。侍女のメリーは馬車のすぐ側に一人用のテントを張っていた。
見たところ、思春期の少年は姉と二人で眠るのが恥ずかしいのだろう。
(この特別製の馬車なら、安心ね)
防御用の結界魔道具もおそらくは持参しているだろうし、頑丈な馬車内なら襲撃があったとしても、時間は稼げる。
「では、浄化しますね?」
本来の用件を果たして、今夜のお仕事は終わりだ。
暗闇を見つめて不安そうに眉を寄せる少年に、抱き上げた仔狼を見せてやる。
「大丈夫ですよ。優秀な冒険者もたくさん護衛で控えているし、この子は気配に敏感だから」
「……ゴブリンが来ても平気?」
上目遣いで見上げてくる少年のまろい頬に、仔狼の肉球がぺたりと押し当てられる。
「当然! オークだって倒しちゃうくらい強いんですから」
「ふふっ。それはさすがに言い過ぎだよ、ナギさん」
くすくすとジョナードが笑う。
言い過ぎどころか、一匹でハイオークの集落を壊滅させてくる物騒な仔狼だが、それは内緒にしておく。
どうやら不安は流せたようで一安心だ。
人見知りに見えた少年だが、言葉を交わす内に随分と慣れてくれたようで、それも嬉しい。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ナギさん」
少し早いが、就寝しよう。
テントに戻る前に、ふと思い付いて男性冒険者たちが焚き火を囲む場所に足を向けた。
ガーディを見付けて、そっと手招きをして、差し入れを手渡す。
小さめの壺とガラス瓶だ。使い方を教えると、引き止められる前に素早く撤収する。
(エドにも夜食を手渡さなきゃね)
ずっと仔狼の中で退屈だったろう、相棒のことを想って、ナギは口許を綻ばせた。
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