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〈冒険者編〉
173. 野営のお供に 1
しおりを挟む旅路はそれなりに順調だ。
大所帯の集団で街道を行くため、人の気配に敏感な魔獣の襲撃が何度かあった。
大抵が先頭かニ、三台目の馬車を狙って突進してくるので、最後尾を守る『紅蓮』まで魔獣が寄ってくることは、ほとんどない。
魔獣自体の種類も大森林から離れた草原の只中を進む街道では、小物が占めていた。
「この辺りでは、ホーンラビットやラージマウスが殆どね。たまにグラスフォックスやグラスウルフが出没するくらい。キツネの魔獣は単独行動を取るから、そんなに脅威ではないわ。ウルフは群で連携するから、注意が必要だけど」
巧みに馬を操りながら、シャローンがナギに教えてくれる。
昼休憩の後から、雇い主であるリリアーヌ嬢に頼んで、ナギはシャローンの隣、馭者席に座らせてもらっていた。
乗馬が出来ないので、せめて馬車を操れるようになりたくて、直談判したのだ。
シャローンが「馭者席の方が周辺を見渡せるので、護衛としてもやりやすいですよ」とそっと援護してくれたおかげもあって、すぐに承諾してもらえた。
仔狼と離れることを寂しがったジョナード少年が少しばかりごねていたが、姉に嗜められて渋々頷いていた。
(ごめんね、ジョン少年。お詫びに後でお菓子をあげよう)
仔狼はようやく少年の膝から抜け出せて、ご機嫌だ。
シャローンに教えてもらいながら、恐々と手綱を握るナギの隣にちょこんと座っている。時折、シャローンにそっと背や頭を撫でられて、嬉しそうにしていた。
「上手よ、ナギ。勘がいいわね」
「そうですか? だと良いんですけど」
褒められるのは嬉しいが、多分この馬車に繋がれた馬が特別に優秀なのだと思う。
綺麗な鹿毛の馬が二頭。テイムされた魔獣の血を引いた馬らしく、普通の馬よりも一回り大きくて力強い。
ナギのつたない手綱捌きにも怒りもせずに付き合ってくれている、賢い子たちだ。
(うん。この子たちにも、後で角砂糖をあげよう。果物の方が喜ぶかしら)
豪華だけど狭い馬車の中よりも、見晴らしの良い馭者席の方がナギには快適だ。
硬い座席だけはキツかったが、収納から取り出したふかふかのクッションをシャローンと二人で使ってみると、それほど気にならなくなった。
何より風を感じながら進むのが気持ち良い。時折、リザやネロが近寄って来て、一言二言お喋りを交わすのも楽しかった。
「思ったよりも魔獣の数は少ないんですね。前にエドと二人で旅した時はもっと多かった気がするんだけど」
「殆どは先頭集団が殲滅してくれるから、比較的に最後尾は安全よ。少しばかり知恵の回る種類の魔獣だと、大所帯からは逃げていってくれるし」
「そうなんですね。魔獣にもそんな知能があったんだ……」
エドと二人旅の時は魔獣もこちらを子供二人と侮って向かってきたのか。
大抵の魔獣は逃げずに突進してくるものだとばかり思い込んでいた。
「まぁ、普通の魔獣は後先考えずに突進してくるわね。ただし、これが知恵の回る魔物だと──…」
ふ、と仔狼が顔を上げて、低く唸った。
『センパイ、嫌な匂いと気配がします! 北西の方向の木の茂みの辺り、ゴブリンとホブゴブリンの集団!』
「シャローンさん、アキラが!」
慌ててナギが教えて貰った方向を指差すと、シャローンが頷いて指笛を吹いた。
会話を交わしたわけでもないのに、リザとネロが素早く馬首を廻らせて、茂みに向かって駆けて行く。
「ゴブリンだ! ホブゴブリンもいるぞ!」
リザが真っ先に声を上げて、背に負った大剣を振り下ろす。
ネロはいつの間にか馬から飛び降りていたようで、身軽く木上に潜んでいたゴブリンをその鋭い鉄の爪で切り刻んでいた。
馬車は止まらず、そのまま走り続ける。
シャローンはナギに手綱を任せて、馭者席から弓を射てゴブリンを数匹討ち取った。
「すごい……」
『良い連携ですね。安心感がある』
仔狼も尻尾をぱたりと振りながら、じっと彼女たちの戦闘を見詰めている。
荷を守っていた男性冒険者たちが気付いて駆け寄って来た頃には、全てが片付いていた。
「さっきの続きだけど。少しばかり知恵の回る魔物──ゴブリンやオークの集団なら、一番狙いやすい最後尾の馬車を襲うから、私たちも油断せずに、気を付けましょうね?」
悪戯っぽくハーフエルフの少女に笑いかけられて、ナギは「勉強になります」と大きく頷いた。
その襲撃の後は平和な馬車旅が続き、日が暮れる前に野営地に落ち着いた。
焚き火が小さな集団ごとに焚かれ、とても賑やかだ。
テントを張ったり、馬の世話をしたりと、それぞれが忙しく立ち働いている。
「アタシらは、こっちだ」
リザが指示する場所に馬車を停めて、その周辺に『紅蓮』メンバーとナギたち、各自のテントを張っていく。
二人用のテントを二つ、彼女たちは用意していたらしい。
テントを張るのはネロの仕事らしく、ナギも彼女たちの近くに自分用のテントを設置していく。
「ボクとシャローンが一緒のテント。リザはひとりでテントを使っているんだ」
「リザさんは一人? 大柄だからかな」
「寝相が悪いから」
「こら、ネロ! なんてこと言うんだいっ!」
「あと寝言もひどいわね」
「シャローン、あんたまで!」
緊張がほぐれたのか、三人とも年相応にはしゃいでいて、微笑ましい。
テントも設置できたので、ナギは夕食の準備に取り掛かることにした。
下拵え済みのスープは火を通すだけなので、先に魔道コンロに大鍋を掛けておく。
シャローン達は心得たもので、ナギが【無限収納EX】から取り出したテーブルセットやカトラリーセットなどを手慣れた様子で並べていき、夕食の準備を手伝ってくれた。
「ナギ。夕食は何にするんだ?」
「メインは魚料理の予定です。エイダン商会で用意してくれていた食材に新鮮な魚があったので」
「そっか。魚は早く食わないと傷みが早いからね」
「……お肉、ない?」
ひょこ、とリザの後ろから顔を出したネロが哀しそうに呟く。
リザが小さく笑った。
「肉が食いたきゃ、自分で獲ってきな、ネロ」
「分かった。行く」
こくりと頷いた黒猫族の少女はナギが止める暇もなく、その場から草原に向かって行ってしまう。
「ええっ? リザさん、どうしよう。ネロさんが一人で行っちゃった……」
「大丈夫だよ。アイツは猫族、夜目が利く凄腕の狩人さ」
頼りになるはずのリーダーが放任主義だった。ナギはくしゃりと頭を抱えて、足元にいる仔狼を見下ろした。
「……アキラ、お願いできる?」
「キャン!」
まかせて! と嬉しそうに吠えると、仔狼は少女の後を追って行ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろすナギを、リザはニヤニヤ笑いながら見ている。
「心配性だねぇ」
「何とでも。何かあってからじゃ、遅いんですから」
「ナギに一理あるわよ、リザ」
シャローンに軽く睨まれて、リザは首を竦めている。
お説教は生真面目なハーフエルフの少女に任せて、ナギは調理に集中した。
「どうぞ、温かいうちに」
「わぁ…! 美味しそう!」
夕食は、雇い主のリリアーヌ嬢たちも一緒に食べることになった。
ナギは四人用のテーブル二つを出していたので、皆で椅子に座って食べれる。
メニューは宣言していた通りに、魚料理がメインだ。南のダンジョン産サーモンのムニエルにバターでソテーした野菜を添えている。
鶏肉と根菜のトマトスープとガーリックトーストはおかわり自由にした。
追加の小皿には一人一本ずつ、串焼肉が載せられている。
「豪華な野営食ね……」
「あ、串焼肉はネロさんとうちのアキラが狩ってきたホーンラビット肉を使いました」
感心を通り越して、少し呆れた風のリリアーヌ嬢に、黒猫と仔狼の狩人コンビの活躍をそっと報告する。
塩胡椒とガーリック、ハーブで味付けしたナギ自慢の串焼肉は良い匂いを周囲に振り撒いていた。
「アキラ、うさぎを追うのがすごく上手だった」
「きゃん!」
共闘した一人と一匹は意気投合したようだ。食事の前にナギが皆に浄化魔法を掛けて、仲良く食卓を囲んだ。
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