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〈冒険者編〉
176. ファルファッレのスープ
しおりを挟むぷにぷにの肉球に優しく頬を揉まれて、ナギはぼんやりと意識を浮上させていく。
朝に弱いわけではないが、いつもと違うテント泊はなかなか寝付けなかったので、少しばかり睡眠不足気味だった。
肉球の持ち主に優しく起こされなかったら、寝坊をしていたかもしれない。
目を瞬かせながら手を伸ばし、ナギは肉球の持ち主をそっと抱き締める。
ふわふわの柔らかなお腹に顔を埋めて深呼吸。極上のぬくもりに触れたおかげで、爽やかな目覚めを迎えることが出来た。
「……おはよ、アキラ。起こしてくれてありがとう」
『センパイ、朝っぱらからセクハラですよ? 慰謝料としてカリカリベーコンとふわとろオムレツを要求します!』
「朝ごはんね、分かったー」
毎度メニューを考えるのが面倒なので、リクエストはありがたい。
小さく欠伸をすると、ナギはベッドから降り立った。
護衛任務中の野営なため、いつもの夜着ではなく、ゆったりとしたチュニックとハーフパンツ姿だ。夜間に襲撃があったとしても、この服装なら身軽に動ける。
寝起きに浄化を掛けて、素早く身支度を整えた。
仔狼はいつの間にかエドの姿に戻っていたらしく、慣れた手付きでナギの髪を結っていく。
「おはよ、エド。退屈じゃない?」
「おはよう、ナギ。アキラの中から外を眺めているから、それほど退屈じゃない」
「そうは言っても、こんなに長時間代わっているのは初めてだもの。落ち着かないよね」
「たまにもどかしくなることはあるな。だが、アキラが楽しそうだし、たまには良い」
ふ、と端正な口許を綻ばせて微笑むエド。良い子だよなぁ、としみじみ思う。
昨夜、初めての集団での野営時。
使うテントもいつもと違う一人用の安価なそれで、さすがに狭すぎたのでこっそりと空間拡張機能を付与した。
使うベッドもシングルサイズ、結界機能は付いていないテントなので、身を守るためのアクセサリーは手放せない。
そのため、服の下に隠すように結界の魔道具であるネックレスを身に付けている。
(まぁ、アキラがいるから安心なんだけど)
魔獣や魔物のみならず、野盗の襲撃だって、彼がいればすぐに気付いて殲滅してくれるので。
昨夜、眠りが浅くて気付いたのだが、こっそりと外に見回りに出てくれた仔狼の後ろ姿をナギはちゃんと目にしていたのだ。
「出来たぞ。今日は二つに纏めてみた」
「わぁ、ありがとう! すごく可愛い……」
背中半ばまでの長髪を両サイドで編み込んで纏めた、お団子ヘアだ。激しく動いても邪魔にならないので、冒険者活動中には良くこの髪型にして貰っている。
余り布で作ったシュシュでお団子を飾ると、さらに愛らしくてお気に入りだ。
「さて、夜通し頑張ってくれたアキラのために、美味しい朝食を作らないとね!」
早朝、ぽつぽつと冒険者や商会の従業員たちが活動を始める中で、ナギは手早く朝食の準備に取り掛かった。
収納していた作り置きのポトフの大鍋を取り出して、火に掛ける。今朝はパンの代わりにパスタが食べたくなったので、ショートパスタをポトフに追加するつもりだ。
「皆が食べやすいのは、ファルファッレかな。スープパスタやうどん類は食べにくそうなんだよねー……」
美味しいのに残念だ。箸を使い慣れているエドなどは大喜びで麺類を啜ってくれるが、師匠たちは未だに食べにくそうだった。
取り出したのは、蝶ネクタイに似た形のショートパスタ、マカロニだ。
塩と水と小麦粉だけで作られたシンプルなファルファッレは、こちらの世界でも食べられているので、馴染みやすいはず。
小麦粉なので腹に溜まるし、スープに入れると食べやすい。
「煮込んでいる間に全員分のベーコンとオムレツを作ろうかな」
雑貨屋で見つけて一目で気に入った、木製のワンプレートの皿を人数分テーブルに並べて、まずはベーコンを炒めていく。
エイダン商会が用意してくれたのは、上質なオーク肉のベーコンだった。ほんのり焦げ目がついたカリカリ状態に仕上げるため、砂糖を少しだけ入れる。
ベーコンを焼く傍らで皿にレタスやミニトマトを見栄えよく盛り付けて、焼けた端から載せていった。
「あとはオムレツね。ふわとろ指定が面倒だけど美味しいから仕方ない……」
使う玉子をメレンゲにする手間を省くため、今回はマヨネーズと生クリームを使うことにした。
温めたフライパンでバターを溶かし、特製の卵液を流し込んで手早く炒めていく。
半熟状態になったところで、くるんと巻き込んで形を整えたら出来上がりだ。
シンプルにケチャップだけを回し掛けて皿によそっていく。
「おはよう、ナギ。今朝も美味そうな匂いだな」
「おはようございます、リザさん。手が空いてるなら、スープをお願いしますね」
「任された」
匂いに釣られてか、皆が起きてくる。
『紅蓮』の三人の中ではリザだけが寝起きが良いらしく、シャローンとネロはいつも眠そうにギリギリの時間に顔を出すことが多い。しっかり者のハーフエルフの少女も低血圧は如何ともしがたいようだ。
ネロは猫族の血か、眠ることが大好きなだけのようだが。
「全員分のスープ、準備出来たぞ」
「ありがとうございます! じゃあ、リリアーヌさん達に朝食を運んで来ますね」
「アタシが代わるよ。そこのトレイを貸してくれ」
「え、いいんですか?」
「いいさ。ナギはそっちの小さな騎士くんの面倒を見てやんな。昨夜は随分と活躍してくれたみたいだ」
に、と笑ってリザがトレイを手にする。
大きな手で器用にも三人分の食事を危なげなく運んで行く様子に、思わず拍手しそうになった。
燃えるような赤毛の持ち主が顎で示してくれた先では、真っ黒の毛玉が木箱の中で熟睡していた。
どれだけ安心しきっているのか、へそ天姿でだらしなく手足を投げ出している。ふすー、ふすーっと寝息まで聞こえてきた。
「お疲れさまだね、アキラ。でも、起きないと朝ごはん抜きだよ?」
せっかくの無防備なぷにぷにのお腹を見逃すナギではない。
そおっと近寄ると、両手をわきわきさせながら、その魅惑の腹毛にダイブした。
「美味しいわ、このスープ。優しい味わいで身体に染み込むよう……」
「ファルファッレの茹で具合、ちょうど良かったみたいですね」
シャローンはマカロニ入りのポトフが気に入ったようだ。リザとネロは夢中でベーコンとオムレツを頬張っている。
ベーコンのカリカリ具合とオムレツのふわとろぶりに驚きながらも、フォークの勢いは止まらない。
「なんだい、この卵料理は! 具材は何も入ってないのに、とんでもなく美味いね。それに、この柔らかさ! 星付きのレストランでも味わったことがないよ」
「秘密の隠し味を使いましたからねー。うん、我ながら良い出来です」
「卵料理も美味しいけど、このベーコンもすごい。ボク、これをずっと齧っていたいよ」
「上質のオーク肉ベーコン最高ですよね! この加工、達人の仕事ですよ」
お世辞でもなく、本気で思う。
これは後でこっそりリリアーヌ嬢に何処で仕入れたか尋ねなければ。エイダン商会のお店に行けば買えるのだろうか。
「キャン!」
「ん? アキラ、おかわり? 良く食べるねぇ」
『美味しいです! ポトフのおかわりください!』
ぷりぷりと尻尾を振りながらのおねだりに、ナギだけでなく『紅蓮』メンバーも相好を崩している。
追加で渡したポトフを美味しそうに食べる仔狼の姿を、遠巻きに男性冒険者たちが微笑ましそうに羨ましそうに眺めていた。
どうも昨夜、何度かゴブリンやウルフの襲撃があったようで、仔狼が率先して倒したらしい。
見張り番は随分と助かったようで、男性冒険者たちとすっかり仲良くなっていた。
食事を済ますと、再び眠気に負けたようで、仔狼はこてんと木箱の中で丸くなる。
慌てて起こそうとするナギだが、なぜか皆から「寝かせてやろう」と優しく微笑まれてしまった。
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