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〈冒険者編〉
177. 宿での休息
しおりを挟む「姉さま、街です!」
ジョナード少年が嬉しそうに指差した先には、石塀で囲まれた集落が見えた。
二日間は街道沿いで野営をしたが、今夜はこの街で宿を取る予定だ。
街道沿いのため、小さな街ではあるが、宿はそれなりの数があるようで、ようやくテント以外で休めると皆が安堵の笑みを浮かべていた。
街で一番大きく綺麗な宿に、リリアーヌ嬢とジョナード少年が泊まる。
リリアーヌ嬢の侍女とエイダン商会の従業員たち。そして、お嬢さまの護衛を任じられた冒険者グループ『紅蓮』のメンバーとナギが同じ宿に部屋を取ることになった。
三階立ての木造宿舎風の宿は一階が酒屋兼用の食堂で、二階と三階が客室になっている。
落ち着きなく周囲を見渡していると、侍女のメリーが説明してくれた。
「三階の一番奥の部屋にお嬢さまとご子息が泊まられます。続き部屋にわたくしが。貴方達はその手前の部屋です。二階は大部屋で従業員と男性冒険者が泊まることになります」
宿に馬車が到着すると、一斉に従業員たちが動き出す。隊商は毎月のことなので手慣れているのだろう。
「個室が一部屋、あとは四人部屋なのでナギさんが一人部屋になりますね。普通は従魔は外の馬房で待機になりますが……」
「アキラは粗相もしませんし、無駄吠えもしないので、部屋に入れたらいけませんか? 無理そうでしたら、外の広場で野営します!」
慌てて仔狼を抱き上げて訴えると、リリアーヌ嬢がくすりと笑った。
優しく微笑みながら、そっと小さな黒狼の背を撫でてくれる。
「大丈夫よ。貴方たちを引き離したりはさせないわ。ここの宿代は商会が持ちますし、ちゃんと女将に説明しておきます。ナギさんの浄化の魔法で綺麗にすれば問題ないと思うわよ? むしろ歓迎されそうね」
「ありがとうございます、リリアーヌさん」
「どういたしまして。宿で落ち着く前に、浄化をお願いしても良いかしら?」
「喜んで!」
笑顔で頷き、さっそく浄化魔法を掛ける。
せっかくなので、この場にいる皆にもお裾分けで綺麗にしてあげた。
エイダン姉弟と侍女のメリー、『紅蓮』の皆がうっとりと瞳を細めている。
少し強めの浄化魔法は、温かなシャワーを浴びているような心地良さに包まれるので、さもありなん。
「私、何度か他の方に浄化をお願いしたことがあるのですが、ナギさんほどの腕前の方はいませんよ」
「はい! ナギさんの浄化はとっても気持ちが良いし、お肌もピカピカになります!」
リリアーヌ嬢とジョナード少年に手放しで褒められて、ナギはくすぐったそうに笑う。
すっかり浄化魔法の心地良さにハマってしまった『紅蓮』のメンバーにも大好評だ。
「まるでシャワーを浴びた後みたいにサッパリするから不思議だよ。アタシのごわごわの髪が、まさかこんなサラサラになるとはね!」
豪奢な赤毛を手櫛で漉きながら、リザが笑う。当人はそんな風に自嘲しているけれど、彼女の髪は綺麗だとナギはちゃんと知っていた。
腰までの長さのある髪はまるで炎のたてがみのよう。
張りがあって少し癖があるから、手入れを怠るとすぐに傷んでしまうのだろう。
冒険者なら、なおのこと。
野営が多いので手入れもままならないのだとため息を吐くのはシャローンだ。
「髪はもちろんだけど、お肌も浄化で綺麗になっていると思うわ。どうしても土埃や汗で汚れてしまうけど、ナギさんの浄化の後は毛穴の汚れも取れているみたい」
「ボクはシャワーが面倒だったから、一瞬で汗が落とせる浄化の魔法、大好きだよ」
シャローンとネロも気に入ってくれたようで、素直に嬉しい。
女子トークで盛り上がっていると、侍女のメリーがふうっとため息を吐いた。呆れたような表情で、ナギを見る。
「こんなに上級の浄化なんて、普通は神官さんでなきゃ使えませんよ。肌が見えた箇所だけじゃなくて、衣服ごと全身の汚れが落ちる浄化なんて聞いたことがありません」
「あ、私の浄化は魔力を多めに込めているからだと思います。魔力量が多いのが自慢なので」
「何にせよ、ありがたいことだわ。明日からもお願いしますね、ナギさん」
「はい!」
メリーをその一瞥で嗜めて、リリアーヌ嬢が申し訳なさそうに声を掛けてくれる。
自身の浄化魔法が特別なことを理解しているナギは笑顔で頷いた。
(多分、私の中の前世の記憶が、綺麗になった状態をお風呂上がりで想像しているからだと思うのよね。お肌はつるすべ、髪はさらさら。気分もさっぱりがお風呂上がりのイメージだもの)
この世界の魔法の発動はイメージが強く影響を与えているように思う。
生活魔法しか使えなかった「アリア」が、四属性魔法を覚えたのも、前世で培った想像力によるところが大きい。
火魔法はライターの炎、水魔法は蛇口を捻るイメージで。そんな風に練習して、魔法を少しずつ覚えていったのだ。
今のところ、この浄化魔法の仕上がりを嫌がられたことはないので、結果オーライだ。
服を洗濯する手間も省けて大助かりよ、とシャローンがこっそり耳打ちしてくれたおかげで、開き直ることにした。
うん、皆が喜んでくれたのだし、問題ない。
「さ、今日はここでゆっくり疲れを取ろう。食事は宿でも出してくれるけど、外に食べに行っても良いようだよ」
リザが片目を瞑って、ニヤリと笑う。ネロが大喜びで屋台に行きたいと騒ぐのを、シャローンが仕方なさそうに宥めている。
「荷物を置いたら、自由行動だ。酔い潰れるのはダメだが、多少の酒は命の水!」
「もう、リザったら。ネロも落ち着きなさい。まずは荷物を部屋に置いてからよ?」
街中の宿に辿り着き、『紅蓮』の三人はようやく緊張が解けたのか、年若い少女らしく楽しそうに騒いでいる。
商会の従業員たちは荷馬車を倉庫に移動したりと忙しそうだが、ナギたちはしばらくの間はお役御免のようだ。
食事も宿に泊まる際には作らなくても良いので、ナギとしても楽で良い。
宿での護衛は襲撃を警戒し、下の階に男性冒険者や従業員を配置しているので、ひとまずは安心出来そうだった。
ナギはリリアーヌ嬢の荷物を預かっていたので、奥の部屋に運び込んでから、与えられた個室に向かった。
四人部屋は『紅蓮』のメンバーが使うため、一人用の小さな部屋だ。
中にはセミダブルサイズのベッドと窓際に置かれた小さなテーブルとイスだけが置かれている。
念入りに浄化したおかげで、部屋には埃ひとつ見当たらない。
「まぁ、寝るだけなら充分かな。テント泊よりはゆっくりできるし」
『でもベッドの寝心地は悪そうですよー。布団もペラッペラです!』
ひとしきり部屋の匂いを嗅いで満足した仔狼がベッドに飛び乗って不満そうに足踏みしている。
ナギも腰を下ろしてみて、眉を潜めた。
これは確かにイマイチ。【無限収納EX】に宿のベッドを収納し、代わりのベッドを設置する。辺境伯邸で客室に置いてあった物なので、寝心地は抜群だ。
『センパイ、外に食事に行くんです?』
「どうしようかな。良さげな店や屋台はあった?」
『正直、イマイチそうでしたね。屋台の肉もホーンラビットだけだったし』
仔狼の鼻にかなった屋台や店はなかったようだ。
小さな街なのであまり期待はしていなかったので、落胆はしない。
外食よりも、今はのんびりと休みたかった。
「疲れちゃったし、今日はもう部屋で食べようか」
『賛成! オークカツが食べたいですっ!』
「はいはい。確か作り置きがあったはず」
野営ではさすがに提供できないが、宿でこっそり自分たちが食べるには問題はないだろう。
せっかくなので、白飯とお吸い物、オークカツとキャベツの千切りを用意して久々の和風ご飯を存分に味わうことにした。
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