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〈冒険者編〉
181. 襲撃者の影
しおりを挟む『センパイ、妙な気配の連中に囲まれています』
やわらかな肉球の持ち主にそっと揺り起こされて、ナギは小さく呻きながら起き上がった。浅い眠りを繰り返していたため、睡眠不足だ。
本当はこのまま柔らかな布団に包まれて心地良い眠りにつきたかったけれど、仔狼から齎された物騒な報告にすっかり眠気は醒めてしまった。
「妙な、気配って」
『たぶん盗賊。気配を消す魔道具を使って、身を隠して商隊を見張ってますね』
「っ、それ大変じゃないの!」
『はい、大変なんです。レベルはそこそこっぽい連中ですけど、こっちの冒険者より数が多そうだから少し厄介なんですよね』
「厄介ね。まぁ、力で捩じ伏せられそうだけど、従業員や荷物に損害があるのは困るし。……でも、魔道具を使われていたのに、良く見つけたね?」
『気配はどうにか抑えられても、匂いは完全に遮断出来ませんから』
ふんす、と鼻を鳴らしながら胸を張る仔狼が可愛すぎる。
もっふりした銀の胸毛を撫でながら、存分に褒めてあげた。
護衛任務の野営中はいつでも動けるように、衣服は身に付けたまま寝ている。
身軽くベッドから抜け出して、皮の装備だけを纏うと、音を立てないようにテントから抜け出した。
「誰かに報告した?」
『まだです』
深夜にはまだ早い時刻なため、見張りをしている冒険者たちも油断していない。
何人潜んでいるのかは分からないが、賊なりに慎重に警戒しているのだろう。
「ガーディさんにこっそり知らせに行くと、逆に目立っちゃうか。まだ動きそうにないなら、ふたりで先に偵察しておく?」
『俺だけで行っても良いんですけど』
「私も行く。きちんと言葉で報告した方がガーディさん達も動きやすいだろうし」
仔狼が警戒している、だけの報告なら、いつもと同じようにゴブリンが数匹と勘違いして油断しないとも限らないのだ。
ここはきちんと野盗らしき集団が何名、どこに潜伏していると報告するのがベストに思えた。
「ちゃんと【隠密】スキルも使うし、姿隠しのローブも着るから」
収納から取り出した魔道具のローブを羽織ってみせると、仔狼は小さくため息を吐いた。
『おとなしく留守番してくれるはずがないだろうし、……なら近くにいた方が安心か』
ちび狼のくせに、やけに老成した眼差しでこちらを一瞥すると、アキラは渋々頷いてくれた。
『念のために、俺の闇魔法も使います』
「ん、ありがと。心強いわ」
黒い霧のような影が身を隠してくれる。闇夜に限れば、彼が得意とする闇魔法のひとつ【かくれんぼ】は最強の隠密効果があるのだ。
闇を纏って、仔狼が案内してくれる場所へ向かう。
エイダン商会の商隊が野営している地から、百メートルほど離れた場所にそいつらはいた。
野営地にしている場所より、ほんの少し小高い地の、背の低い灌木の茂みだ。
相手に見つかりにくく、逆に見張るにはもってこいの場所。もしかして、この地で襲い慣れた連中かもしれない。
『数は三十四名。見張りが三名、残りはもう少し離れた場所で待機していますね。センパイの鑑定は?』
「見事に皆、真っ赤に点滅しているわ」
『分かりやすくて良いですね。じゃ、全員敵ってことで遠慮なくやっちゃいましょう!」
ナギの簡易人物鑑定で赤く点滅する相手は悪意のある、厄介な人物なのだ。
どれも見事に真っ赤に染まっているので、確実に盗賊でこちらを襲う気満々なのだろう。
「落ち着いて。今回は団体で受けた護衛任務なんだから、ここは経験豊富なガーディさんに報告して指示を仰がなきゃ。大体、私は後方支援担当なんだもの。勝手に行動するのは悪手よ」
『せっかく活躍できると思ったのに……。まぁ、センパイが変に目立つのも良くないですよね。仕方ない』
意外にも大人しく引き下がってくれた仔狼をよしよしと撫でてやる。
思い切り暴れたかっただろうに、ちゃんとこちらの事情を汲んでくれた彼には感謝しかない。
「ありがと。でも、見張り以外の奴らが何処に隠れているのかだけ確認しておこうか。魔道具持ちだと厄介だし」
特にダンジョン産の魔道武器は威力も桁外れなので、こちらに被害が出るかもしれない。ここは慎重に調べて、素早く撤退しなければ。
『そうですね。センパイがエドに貸してやった魔道武器とか超ヤバかったですもんね』
辺境伯邸の宝物庫に飾られていた、父親自慢の魔道剣。魔力を込めると炎を纏い、対した相手を黒焦げにする、国宝級の剣のことか。
「確かにアレはヤバかったよね……。使い道が無かったから、ずっと【無限収納EX】で眠っているけど」
レベルが低い子供でも、少しの魔力があれば使いこなせる最終兵器だ。
魔剣と云うか、呪いの剣じゃないかとナギはドン引きしたものだった。
「さすがに、あれクラスの魔道具は持っていないでしょう。売れば大金持ちだもの。こんな所で盗賊なんてやってないでしょ」
『ですねー。一生遊んで暮らせそう』
軽口はここまでにして、一人と一匹はこっそりと盗賊たちが隠れている場所を目指した。
灌木の林を抜けた先にある開けた場所に幌馬車が四台。野営地からは離れているため、そこで待機している連中はすっかり油断しきっていた。
薄汚れた装備を纏って、だらしなく酒を飲んでは下品に笑っている。
仔狼が匂いで気配を察知したと言っていたことも良く理解できた。
(ものすっっごく臭い……!)
周辺に水場がないため、身体の汚れを落とせないのだろう。水魔法の使い手もいないのかもしれない。
魔法使いが敵にいると厄介なので、これは良い情報だ。
後はレベルの高そうな要注意人物や魔道具の類があるかどうかを確認しよう、と。
じっくりと酒盛りしている男たちを見据えていたナギは、ふと眉を寄せた。
見覚えのある男が、そこにいたのだ。
盗賊たちの中で唯一身綺麗にしている優男だ。浅黒い肌に淡い金髪の持ち主で、少し垂れ気味な瞳の色は赤い。
右目の下に特徴的なホクロがある。体格は貧弱だが、小狡そうな表情で笑う姿から小悪党だと知れた。
「……アイツ、まさか」
『めちゃくちゃ見覚えありますね、センパイ……』
仔狼と顔を見合わせて、ナギは慌ててショルダーバッグに手を突っ込む。
取り出したのは、冒険者ギルドに貼り出されているのと同じ手配書だ。
どんな奴よ、とナギが憤慨していると、そっと笑顔でジョン少年が手渡してくれたのだ。
モノクロだが注意書きで目や髪の色が詳しく説明されている。
特徴を良く捉えた似顔絵なので、エイダン商会はよほど腕の良い絵描きを雇ったのだろう。絶対に逃がさないという素晴らしい意気込みを感じる。
「シラン国出身の元伯爵家三男、ダニエッロ・サンブリア」
『放逐されたから、今は平民のダニエッロですね。こんな所で盗賊の仲間入りをしていたのか』
数時間前に教えて貰ったばかりの、リリアーヌの男性恐怖症の元凶、元婚約者の男が、そこにいた。
「よし、処そう」
笑顔で頷くナギに、仔狼が慌てて腕の中に飛び込んできた。
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