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〈冒険者編〉
186. 大森林、ふたたび
しおりを挟む「久しぶりの大森林! 懐かしいね、エド」
「そうだな。ちょうど三年前か」
森の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
懐かしい、緑の濃い大樹海にナギはエドと並んで足を踏み入れる。
エドも思うところがあったのか。琥珀色の瞳を細めて、森の奥をじっと見据えている。
「ここでエドと出会ったのよね」
「ああ、ここでナギに拾ってもらった」
「言い方! でも、本当に運命の出会いだったよね」
この広い大森林の中で出会えた奇跡に、ナギは感謝する。
採取に出掛けた先で、うずくまる彼に気付かなかったら、エドはそのまま命を落としていただろう。
そうして、彼の中に在る『アキラ』との再会も叶わなかった。
「エドを拾わなかったら、私も大森林を抜けることが出来なかったかもしれないし」
大森林の奥は凶暴な魔獣がたくさん生息していた。どうにか魔道具の力やスキルを使って、やり過ごしてはいたが、力の強い魔物相手では魔道具も役立たずになる。
あの頃のナギが、もしも上位のキング種のいるハイオークの群れと遭遇していたら、丸ごと喰われていたことだろう。
(たぶん私は一人だったら、冒険者になることもなかったと思うし)
大森林をどうにか抜けることができたとしても、たった一人で冒険者を目指そうとは思わなかったに違いない。
「どこか、森の浅い場所に別荘を出して、ひっそりと自給自足生活をしていただろうなぁ。なるべく、人と関わらないようにして」
「……ナギが? 想像つかない」
何気に失礼な発言をするエドをじろりと睨み付ける。
「だって、あの当時の私にはこの世界で信頼できる相手は全くいなかったもの。だから、エドと出会えて、良い子だなって思えて。また人を信用することが出来るようになったんだよね」
「っ、そうか。……そうか。ナギが後悔していないなら、良かった、と思う」
「してないよ! むしろ感謝しているもの」
照れているのか。エドはそっと視線を逸らせて、顎の下を撫でている。
顔を背けても、ほんのり顔が赤らんでいるのはお見通しだ。
護衛任務を終えて、二人は獣人の街ガーストの宿で骨休めをした。
せっかくの報奨金。どうせ泡銭なのだし、ぱあっと使おうと二人と一匹で決めて、街で一番の高級宿を選んだ。
仔狼は獣化を解き、エドと二人で豪華な宿を楽しんだ。
食事は部屋に運んでもらい、宿自慢の肉料理を堪能した。デザートはカットフルーツで物足りなかったので、【無限収納EX】から作り置きのプリンを出して舌鼓を打った。
久しぶりにお風呂も楽しめたし、ゆったりとしたベッドも気持ち良かったので満足だ。
翌日、二人はガーストを出立した。
目指すのは、大森林。
ちょうど今年の雨季も終わったばかりなので、採取や狩猟には最適のシーズンだ。
せっかく大森林の側まで遠出したので、懐かしい場所に寄り道したかったという理由もあるが。
「シオの実の在庫が、もう少しになっていたからね……」
大森林の奥で採取したシオの実。醤油そっくりの果汁を搾り取れる、大切な調味料。
三年前、ここを通り抜ける際に大量に採取して大事に使ってきたが、とうとう底をついたのだ。
「いまだミソ味を見つけられていない中、醤油は貴重な調味料。今回も大量に採取しないとね」
「分かっている。俺も醤油がない生活は辛いから、頑張って見つけるつもりだ」
「うん。エドの鼻に期待しているからね!」
そんなわけで、二人はシオの実採取を第一目的として、ふたたび大森林に足を踏み入れたのだった。
「長期滞在になっても良いように、ちゃんと大切な我が家も【無限収納EX】で回収してきたし!」
「そうだな。畑の野菜が枯れるのはもったいないから、ひと通り収穫もしてきたな」
「ミーシャさんやラヴィさん、ミヤさん達にもしばらく不在になるって伝えてきたし?」
「ああ。ギルドにも報告してある。俺が護衛任務に向かったナギ達の後を追って、街で合流すると伝えたら、呆れつつも納得された」
「私たち、ずっと一緒に行動していたからねー……。ガーディさんもエドが側にいない私は見慣れないって笑ってたもの」
いつのまにか、ニコイチ扱いされていた二人だ。
ちなみに遠征を宣言したナギに、師匠のミーシャは大森林産の果物をお土産に頼んできたし、エドの師匠、ラヴィルは美味しいお肉をよろしくとエドにねだっていた。師匠とは。
メイン街道から外れて、大森林までの道のりはゴーレム馬車を使ったので、三日ほどで到着することが出来た。
今回は道なりの村や町での行商の予定はなく、宿も取らずに最短距離を走ったので、かなりの時短になったのだろう。
下手な宿よりも、ナギが辺境伯邸から持ち出した魔道テントの方がよほど快適なので、道中はずっと野営生活を送る予定だったが。
今回は街道を外れており、人と遭遇することもないので、テントの代わりにコテージを使ってみた。
土地を購入した際に付いていた、老魔術師が住んでいたコテージだ。
木製で状態保存の術式が組み込まれていたので、住むには充分な建物である。
「結界の魔道具を展開すれば、むしろテントより安全だよね?」
「そうだな。結界が効かない魔獣や魔物が寄ってくればアキラもすぐに気付くだろうし、テントよりはコテージの方が頑丈だから安心だ」
一階建ての小さなコテージだ。
入ってすぐに、キッチンとリビングダイニング。ちゃんと暖炉もある。トイレと狭いながらもバスルームもあった。
寝室は一つだけだが、ナギには空間属性を付与できる素晴らしいスキルがあるのだ。
「リビングを空間拡張したから、エドのベッドも置けるようになって良かったよね!」
「別に俺はソファで寝ても良かったんだが……」
「ダメでしょ。ちゃんと休んで体力を温存しなくちゃ! ふふっ、どうせならバスルームも広げちゃおう。バスタブはお気に入りの猫脚のを使いたいしね」
ウキウキと追加でバスルームとトイレも広くしておいた。トイレには最新式の魔道トイレを設置し直したし、着々とコテージはグレードアップしている。
エドは少し呆れていたようだが、広くなることは嬉しかったみたいで、顔には出していないが、アイテムバッグから取り出した気に入りの本などを楽しそうにコテージの本棚に並べていた。
早朝から暗くなるまで道なき道をひたすらゴーレム馬車で飛ばし、夕方になるとコテージを設置して、中でゆったりと休む。
もしかしなくても護衛任務中より、かなり快適な時間を過ごしながら、二人は目的地に到着したのであった。
「大森林の中でも、野営はコテージを使おう。森歩きは基本は徒歩で、採取と狩猟しながら進もうね」
「ああ。ずっとアキラの中で眠っていたし、随分と身体が鈍っている。リハビリがてら俺に狩らせてくれ」
「ん、お願い。私は採取を担当するね! 念のために結界の魔道具と【隠密】スキルは使った方が良いよね?」
「当然だな」
三年前と違って、今のナギはレベルもかなり上がり、使える魔法はたくさん増えた。
大森林でも充分通用する能力はあるが、心配症のエドは備えを怠ることを許してはくれない。
「いざとなったら、私は亜空間に逃げることが出来るんだけどな……」
「だが、何があるか分からないのだから、用心するに越したことはない」
「はーい。でも、何かあったら、エドが助けてくれるんでしょ?」
ちょっとした軽口のつもりで微笑みながら訊いてみると、エドは端正な口許をほんの少しだけ綻ばせた。
当然だ、と声に出さずに唇を動かしたように見えて。
「え……?」
聞き返そうとしたナギの頭をエドの大きな手がくしゃりと撫でていった。
自信に満ちた太い笑みを浮かべて、黒狼の少年が親指で森の奥を指差す。
「行こう、ナギ」
「うん! 行こう、エド」
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