異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

187. 採取は楽しい

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 森歩きは久しぶりだ。
 ここしばらくはずっとダンジョンで稼いでいたので、大森林ほど深い森に踏み入ることはなかったのだ。
 ダンジョン内にも森林フィールドはあるが、大森林と比べるとピクニック気分で踏破できるとエドが豪語しているように、全く規模が違う。
 魔素の濃度も桁違いで、魔力の少ない者が迷い込めば、あっという間に魔力酔いで目を回す、厄介な樹海だ。

「でも、相変わらず実りが豊かで採取もはかどるわねー」

 浅い場所でさえ、薬草や珍しいキノコがたくさん生えているので、ナギは上機嫌で腰を据えて採取していく。
 革の手袋をして、採取用のナイフで手早く作業した。エドは弓を手に、周囲を警戒してくれている。
 
「大森林産の薬草なら、ミーシャさんが色を付けて買い取ってくれるって言っていたから」
「ああ、そう言えば調薬が趣味と言っていたな。ギルドにポーションや薬を入荷しているんだったか」
「うん、そうみたい。宿の経営の傍ら、ちょっとしたお小遣い稼ぎをしているんだって」
「……あの人の作った薬やポーションなら、高値がつきそうだが」
「つくと思う。エルフが作った秘伝の薬もあるみたいだし。多分、宿の経営より儲かっていると思うよ?」

 ミーシャの宿『妖精の止まり木』は、ほとんどボランティアに近い営業形態なので、赤字部分を薬の販売で補っているのだろう。
 長命の彼女は冒険者を引退した後、若い冒険者見習いや女性冒険者の援助のために宿を作ったのだと、副ギルド長のフェローがこっそり教えてくれた。

「うちの師匠かっこいいよね。あまり顔には出さないけれど、優しいし」
「……そうだな」

 わりと愛弟子であるナギの前では素の表情を披露しているように思うが、賢明なエドは口に出さない。
 周囲を見渡し、こちらを伺うフォレストウルフの群れを丁寧に氷の矢で射ていく。
 
「ナギ、そろそろ移動しよう。まだ森の入り口でこんなに時間を掛けていたら、いつまで経っても目的地に辿り着けない」
「う……ごめんなさい。久々の採取がすごーく楽しくなっちゃって」

 銅級コッパーランクの冒険者になってから、ダンジョン中心に活動していたため、森での採取は久しぶりだった。
 懐かしの大森林、十歳になったばかりのナギはこの不思議の森で見つけた食材に大興奮して採取しまくったものだ。
 【鑑定】スキルを駆使して、とにかく食べられる物を中心にウキウキと採取した。
 キノコに野草、ハーブ。初めてベリーを見つけた時には飛び上がるほど喜んだものだ。
 奥へ進むごとに、美味しい果樹が生っていることに気付き、張り切って進んでいた。

(……今、思い返したら、あの時の私ったら、かなりの命知らずだったよね)

 奥へ進むほどに果樹が美味しく感じたのは、魔素を多く含んでいたから。
 魔素濃度が高いと言うことは、それだけ強靭な魔獣や魔物が棲んでいたということで。

「私たち、よく無事だったよねぇ……」
「小さいのが二人だけだったから、森のヌシ級の魔物に見逃されていたんだろうな」

 ため息まじりにぼやいたナギを、エドが淡々と指摘する。

「十歳の俺たちは痩せ細っていたし、魔物の目から見ても不味そうだったんだろう。食える肉も少ないし」
「ええっ? そういう理由で?」
「多少頭の回る強い魔物なら、俺たちよりも可食部の多い美味そうな魔獣を餌に選ぶだろう」
「な、なるほど……?」

 もちろん、ウルフ系の魔獣を中心に、魔物でもゴブリンやオークなどは人間と見れば問答無用で襲い掛かってくるだろうが。

「だから、今回は気を付けないとな」
「え?」
「あれから背も伸びたし、手足にも肉がついた。三年前より美味そうに育ったからな。特にナギは気を付けろよ」
「ええっ? 私? 怖いこと言わないでよ、エド!」
「? 本当のことだ。ナギは美味そうだから、絶対に狙われる。まぁ、俺が全力で守るが、油断はするな」
「美味そうって……。そう言えば、最近ちょっと太った……?」
「いや、ナギはまだまだ華奢だから、もっと肉は付けた方がいいと思うが」

 しれっとそんな風に褒めてくるものだから、ナギは顔を赤らめてしまう。
 二の腕をぎゅっと自分で抱き締めながら、上目遣いでエドを軽く睨み付けた。

「うう……エドだって、美味しそうなんだからねっ? お互い気を付けなきゃ!」
「そうだな、気を付けよう。ナギの魔力に誘われて寄ってくる魔物もいるかもしれないから、魔力制御を忘れるなよ?」
「ミーシャさんみたいよ、エド?」
「……実は出発前に頼まれている。ナギは強くなった。大森林でも堂々と生き抜ける力はついたが、たまに抜けているから、俺がフォローするように、と」
「…………ミーシャさん」

 うっかりとドジを踏むことがそれなりにあるナギに反論は出来なかった。
 顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えながら、エドに「ヨロシクオネガイシマス」とだけ囁いた。


 森歩きを再開して三時間。空腹も限界だったので、休憩することにした。
 選んだのは、倒木により見晴らしが良い場所だ。邪魔な木々はナギが【無限収納EX】に収納し、エドは手早く野営準備をする。
 夕方まではまだ移動する予定なので、簡易的なタープとテーブルセットを設置しただけだ。

「護衛任務中は基本がパン食だったから、ずっと食べたかったんだよね」

 じゃーん、と笑顔でナギが収納から取り出したのは、土鍋いっぱいの炊き立てご飯だ。
 艶々のお米はエドも久しぶりに目にしたので、こくりと喉を鳴らしてしまう。
 野営中にガーリックライスは出したが、あれはインディカ米に近いパラパラのお米を使っていた。
 元日本人的にはもっちりねっとり甘いお米料理をわしわしと掻き込みながら味わいたいのだ。つまり、丼飯!

「親子丼や牛丼、カツ丼と迷ったけど、ここはシンプルにステーキ丼でいいかな? ガッツリとお米とお肉が食べたい!」
「全面的に同意する」

 とっておきのハイオーク肉を収納から引っ張り出し、ステーキにする。
 炭火で両面を炙り、ミディアムレアに焼き上げた。ス、と包丁を入れると綺麗な赤身が見える。さっそく白飯を盛り付けた丼にカットしたステーキを載せてみた。
 ブレンドした藻塩と粒の大きめな黒胡椒で味付けし、スライスしたガーリックを散らしたステーキはそれだけでも美味しそうだが、オリジナルブレンドのステーキソースをたっぷりとまぶした。
 お肉を食べきっても、このソースだけでも白飯が進むほどに美味いと太鼓判を貰った、特製のソースである。

「うん、良い匂い。だけど、このソースも在庫が心許ないんだよね……」
「原材料のシオの実がもう無いからな。絶対に見付けるから安心しろ。今度は三年前よりも大量に持って帰ろう」

 エドのやる気が違う。
 シオの実──醤油はあらゆる料理に使い、ソース類のベースになっているため、もはやエドは醤油抜きの生活は考えられないのだ。
 肉料理、魚料理はもちろん、野菜炒めや煮物も醤油のある無しで味の深みが全く違う。
 スープも隠し味に醤油を使っているし、実はナギ手作りの特製ジャーキーも醤油味だ。これがまた噛み締めるごとに深みがあって絶品なのだ。

「今度こそ、ミソの実が見つかるといいんだけどねー」
「味噌か……。アキラの記憶はあるが、味の想像がつかない。醤油の副産物だったか」
「逆かな? 味噌作りで出来たのが、たまり醤油じゃなかったっけ?」
 
 ちょっと記憶に自信のないナギだった。
 食べることも作ることも大好きだった『渚』だが、さすがにそこまで調味料作りには詳しくない。

「ま、とにかく。温かい内に食べちゃおう! 久々のガーリックステーキ丼、いただきます」

 念願のステーキ丼は震えるほどに美味しかった。とっておきのハイオーク肉はやはりお高いだけはある味だ。
 噛み締めるたびに口の中に広がる肉汁や脂が甘い。白飯と絡めて味わうと、さらに絶品。
 ナギはエドと競うようにして、ステーキ丼をお代わりした。
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