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〈冒険者編〉
188. オークカツとなめらかプリン
しおりを挟む三年前と違い、成長した二人は森歩きにも無駄がない。
エドが先を歩き、邪魔な枝木は魔力を纏わせて強化した鉈で払っていく。
【気配察知】スキルを駆使して、なるべく無駄な戦いは避けて、森の奥へと進んだ。
たまにナギのおねだりに負けて、珍しい薬草や果実を採取する。
躱しきれなかった魔獣が現れても、大抵はエドの弓とナギの水魔法で仕留めることが出来た。
浅い場所なので、フォレストボアやフォレストディアが多い。どちらも美味しいお肉の主なので、ありがたく収納する。
「そろそろ暗くなってきたな。拠点を作るか」
「ん、そうだね。コテージを設置できそうな場所はありそう? 無くても作るから平気だけど」
「力技で作れるのは、ナギくらいだろうな……」
エドに苦笑されてしまった。
それから二人で周囲を探索し、良さそうな場所にコテージを設置した。
二十メートル四方は広げておきたかったので、邪魔な木々は【無限収納EX】へ送っていく。拠点を出発する前に、元の地面に戻す予定だ。穴が開いた地面は土魔法で丁寧に均しておく。
「うん、こんなものかな?」
地面は固めておいたので、コテージを設置させても、沈むことはなかった。
念のために【鑑定】スキルで確認してみたが、大丈夫そうでほっとする。
コテージ自体にも結界の術式は刻まれているが、念には念を込めて、建物を囲むように四方に結界の魔道具を置いて発動させた。
眠る前に余った魔力を魔道具に充填させているので、フル充電状態の結界道具は絶好調。かなり強力に魔物避けの結界を発動してくれている。
「一応、目眩しの魔道具も発動しておこうかな。見つからない方が安心だもんね」
防御用の二つの魔道具を重ねて発動させたので、ここは大森林内において、かなりの安全地帯に変化した。
周辺を探索してきたエドも特に気になる場所はなかったらしく、お土産だとオークを二頭手渡してくる。
「はぐれが二頭いたが、幸い近くに巣はなさそうだ」
「良かった。夕食にこのオーク肉を使う?」
「ああ。久しぶりにオークカツが食べたい。ボア肉の角煮でもいいが」
「ふふっ、了解。私も食べたかったんだよね」
どちらのメニューも、この大森林で作った肉料理だ。エドもナギも大好きなメニュー。
ボアの角煮は特にエドのお気に入りで、作るのが大変なナギはつい「特別な日用のご馳走」なのだと誤魔化してしまったことがある。
特別な日を「森で大物を狩れた日」と理解したエドは狩猟に力が入り、せっせとナギに大物を貢いだものだった。
「ナギ、三年ぶりに大森林を訪れた日は、特別な日になるか?」
「そうね。とっても特別な日だわ。じゃあ、今日はオークカツを止めてボアの角煮に変更する?」
「う……。どっちも捨てがたいが、今日はオークカツが食べたい。角煮は明日でどうだ?」
「ん、いいよ。じゃあ、今日はオークカツ!」
無事にメニューが決まったところで、二人はコテージに入った。
冒険者用の装備を外し、楽な部屋着に着替える。ナギはお気に入りの空色のワンピースだ。エドは半袖のチュニックとデニム生地に似たパンツ姿。
装備も併せて浄化魔法で汚れを落として、ナギは夕食作りにキッチンに向かう。
「エドは先にお風呂をどうぞ」
「ん、悪いな」
「私は食後にゆっくり派だから」
エドをバスルームに追いやると、ナギはさっそく解体したオーク肉を収納から取り出した。
三年前はこの塊肉をスライスするのにさえ手こずったものだが、レベルも上がった今では、さくさくとオーク肉をカットしていく。
「筋切りをして、お肉も叩いて、塩胡椒っと。綺麗なピンク色で美味しそう」
最近はずっと植物油で揚げ物を作っていたが、久しぶりにラードを使うことにした。
オークの脂はたっぷりとある。
分厚い大鍋に投入し、じっくりと熱していく。食欲をそそる、良い匂いが鼻先をくすぐった。
「んー。こってりだけど、良い油になったね。これで揚げたコロッケも美味しいんだよねー……」
コロッケの誘惑にはどうにか耐えきって、あつあつの油にパン粉をまぶしたオーク肉を投入していく。
今回はつなぎにコッコ鳥の卵を使っている。パン粉は粗めの物をまぶしたので、ざくざくの衣が味わえるだろう。
今日はたっぷりと運動し、魔法も使ったので、二人ともお腹はぺこぺこだ。
二センチ近くの厚さを誇るオークカツをまずは十枚揚げていく。
いったん冷やして、念入りに二度揚げ。
綺麗なきつね色の衣にようやく満足した。
「うん、良い色。ちゃんと中にも火が通っているね」
オークカツは揚がった物から収納していき、その傍らでキャベツを千切りにしていく。
大皿いっぱいにキャベツの千切りを敷いて、端の方に作り置きのポテトサラダを盛り付ける。
彩りが寂しかったので、ミニトマトも飾ってみた。うん、美味しそう。
たくさんオークカツを揚げておけば、カツサンドにも使えるし、カツ丼にもアレンジができる。
「ソースはオリジナルのトンカツ用ソース……あらら、やっぱりこっちも在庫が少ない。足りるかな?」
足りなかったら、残念だが、塩胡椒かケチャップソースで食べてもらおう。
カツとケチャップは微妙な組み合わせだが、マヨネーズの方がマシだろうか。
「まぁ、卵とじのカツ丼にも出来るし、大丈夫かな?」
ナギはどちらも大好きなメニューなので、それほど気にならない。
白飯は土鍋で炊いておいた物が収納にあるので、それを盛り付けた。
作り置きのかきたまスープを添えれば、夕食の完成だ。
今日は「特別な日」なので、とっておきのプリンをデザートにしよう。
テーブルに夕食を並べていると、風呂上がりのエドが戻ってきた。
濡れ髪を風魔法で乾かしてあげると、律儀にお礼を言ってくる。
ふんわりとレモンオイルの香りがした。
バスオイルを使ったのだろう。
そういえば、このレモンオイルを入手した村では、養蜂技術の本を進呈したのだった。
(レモン風味の蜂蜜、ちゃんと採れるようになったのかな?)
シオの実を採取したら、また帰りに寄り道をして、レモンと蜂蜜を仕入れるのも悪くないかもしれない。
ともあれ、まずは空腹で切ない眼差しを隠しきれないでいるエドのために、あつあつのオークカツを振る舞おう。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「いただきます!」
二人、向き合って小さなテーブルいっぱいに並んだご馳走を食べる。
まずは揚げたてのオークカツをさくりと噛み締めた。ラードの香りがたまらない。
丁寧に筋切りし叩いたオーク肉は柔らかくて、白飯と一緒に食べると更に美味しい。
キャベツの千切りと交互に食べると、さっぱりとしており、いくらでも食べられそう。
ポテトサラダにはハムの代わりに、贅沢にもカニのほぐし身を使っており、こちらもまた絶品。マヨネーズとの相性がすこぶる良い。
かきたまスープはシンプルだが、干した貝柱でとった出汁が染み入るように旨かった。
「ナギはまた腕を上げたな」
「ずっと作っているからね。料理スキルのレベルはかなり上がったかな」
美味しいご飯を食べることが大好きなナギは料理研究にも余念がないので、今や調理人なみのスキルレベルを誇っている。
「んー。美味しかったね、オークカツ! これはさすがに野営料理には出せなかったから、久しぶりに食べられて幸せ」
「出していたら、物凄いことになっていただろうな。『紅蓮』のメンバーもだが、リリアーヌ嬢あたりが」
「あー……。レシピを売ってって迫ってきそうだね、たしかに。うん、リリアーヌさんには内緒にしよう!」
『紅蓮』の皆も肉体労働の冒険者だけあり、お肉料理は大好きだ。特にリザやネロはオークカツには目の色を変えそうだと思う。
「あと、ガーディを筆頭に他の冒険者たちも匂いに釣られて寄って来ただろうな」
「ううう……それは怖いかも……?」
別に以前のリリアーヌ嬢のように男性恐怖症を患ってはいないが、目を血走らせたムキムキマッチョな男性冒険者たちから囲まれたら、恐ろしいに決まっている。
「うん、野営のお裾分けはスープや串肉程度がちょうど良いよね! さ、デザートのプリンを食べましょう。これはとっておきのコッコ鳥の卵とミルクを使って作ったから、大事に味わって食べてね?」
護衛任務につく前に潜ったダンジョンで狩った、特殊個体のジャイアントコッコからドロップした、とっておきの卵なのだ。
ダチョウほどの大きさの卵をたっぷり使い、濃厚な搾りたてのミルクと上質な蜂蜜で作り上げた、なめらかプリンはナギ自慢の逸品だった。
ウキウキしながら、スプーンにすくい、一口。丁寧に漉したおかげで、なめらかな舌触りは極上で、ほうっと甘いため息が溢れる。
「…………これはオークカツ以上に、女性陣には内緒にしておいた方がいいな」
ため息まじりのエドの忠告に、ナギはこくこくと頷いた。
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