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〈冒険者編〉
191. 魔の山
しおりを挟む鬱蒼と木々が生い茂る大森林内は日中でもほんのりと薄暗い。
太陽の位置を確認するため、エドは頻繁に木に登る。そこで、魔道具の方位磁針が正確に動いているかを調べていた。
単調な森歩きに飽きた時には、ナギもエドに続いて木に登ってみる。
三年前は痩せ細り、筋肉どころか子供らしい丸みもなく、ナギは非力だった。
木登りなんて挑戦しようとも思わなかったけれど、今は違う。
冒険者として三年、真面目にダンジョンに通い詰めたおかげでナギの体力はかなり底上げされた。
柔らかな二の腕には筋肉の瘤は浮き上がらないが、レベルアップの恩恵もあり、何の苦労もなく木登りができるようにはなった。
太い枝があり登りやすそうな木を選んで、青空を目指すのは楽しい。
「わぁ、絶景!」
良さそうな枝に腰を下ろし、ナギは目の前に広がる緑の絨毯を見渡した。
大陸の三分の一を占める、豊かな大樹海。小さなこの身には果てがあるのか不安になるほどの広さを誇っている。
森林だけでなく、小高い山脈の連なりも幾つか見えた。木々が見えない空間にはおそらく湖や沼などの水場があるのだろう。
「雨季の間、私たちが拠点にしていた洞窟はどこらへんだったのかな?」
「目印になるような物もなかったし、穴は全てナギが塞いだから、見つけるのは難しいだろう」
「そうだったね。せっかくの拠点だから残しておきたかったけど、魔物の住処になるのも嫌だったし」
快適に暮らせるように広くくり抜いた洞窟は、ゴブリンやオークにとっても理想の巣穴だ。
二人の思い出の場所が魔物の巣になるのは嫌だったので、思い切って土魔法で埋めたのだ。
「それに、今はコテージがある」
「そうだね。洞窟よりも快適で安心できる家があるって幸せだわ」
とは言え、しとしとと雨が降り続ける中、二人きりで過ごした、あの時間も特別だったと思う。
作り置きの料理や菓子、パン作りに挑戦し、拙いながらも裁縫を頑張った。
不自由ではあったけれど、楽しい日々でもあった。
せっかくの絶景なので、ランチも木の上で取ることにした。エドがアイテムポーチからいそいそと取り出したのはおにぎりだ。
角煮のタレを使った炊き込みご飯の余りをにぎった残り物飯だが、味はすこぶる良く、ナギ自慢の逸品。
「さすが大森林産のキノコ。旨味がすごいね。また作りたいな」
「たくさん採って帰ろう」
「うん。ミーシャさんも好きな味だと思うから、お土産にしたら喜んでくれそう」
「うちの師匠の希望は肉一択だったが」
「ラヴィさん外見は儚げ繊細な美女なのに、お肉大好きすぎるよね……」
真っ白で華奢なうさぎさんはキレると怖い武闘派だ。そこがイイと一定層に根強い人気があるそうだが。
かく言う、ナギの師匠である麗しきエルフもキレると恐ろしいと評判だった。
あんなに綺麗で優しくて可愛らしい性格の師匠が怖いなんて不思議だよね、とナギは信じていない。
エドは無言で遠くを眺めていた。
「エド、唐揚げいる?」
「……いる」
「コッコ鳥の唐揚げは食べ尽くしちゃったから、鹿肉の竜田揚げだよ」
「これもうまい。唐揚げはやはり正義だな」
薄くスライスした鹿肉を重ね合わせてミルフィーユ風に丸めた唐揚げは、鶏肉のそれとは違った食感だが、二人とも大好きな味だ。
ニンニクと生姜、醤油でじっくり漬け込んだお肉を片栗粉でからりと揚げている。
噛み締めるとさくりとした歯触りで、鼻に抜けるニンニクの香ばしさが堪らない。
唐揚げを食べながら、北側に視線を向ける。かなり遠くに、黒々とした雄々しいシルエットが見えた。
雲を貫くほどに高い山──魔の山だ。
こんなに離れた場所にいても、胸の奥がぞくぞくと騒ぐほどに濃厚な魔素を放つ、恐ろしい死の山。
「魔の山周辺が大森林の最奥なんだよね?」
「ああ。大森林は元々、魔の山から広がったとされている」
「ドラゴン級の魔獣や魔物の巣窟なんだよね?」
「噂では、かつての勇者でさえ足を踏み入れるのを戸惑った呪われた地らしいからな」
「そっか……。そんなに魔素の濃い土地なら、きっと果実も極上の味なんだろうなー」
「行くなよ」
エドが呆れたように、こちらを見やる。
軽い冗談のつもりだったのに、思いの外真剣な口調に、ナギは慌てて首を振った。
「行かないよ! 行くわけないでしょう。私なんてドラゴンに一口で食べられちゃう」
「俺も無理だな。……アキラなら逃げ切れるかもしれないが」
「いやいや、命大事にがモットーだから! そんな危ない場所には近寄りません! 私が欲しいのはドラゴンのお肉じゃなくて、シオの実ですっ」
全力で否定すると、エドはようやくため息を吐いた。
良かったと小さく呟いている。
「どこまで信用ないの、私」
「ナギのことは信頼しているが、たまに暴走するからな……」
主に、美味しい食べ物や素材を見つけた時のことですね。
すみません、とナギは小声で謝った。
「……そういえば、ミーシャさんが魔の山にはハイエルフが棲んでいるって教えてくれたのよ。大魔法をバンバン放って、ドラゴンを黒焦げにするくらい強い伝説のハイエルフ」
「それはすごいな。ドラゴンの鱗は炎を弾くと聞いたことがあるが」
「ね、ちょっと想像がつかないけど。そのハイエルフは神さまからもらった特別なギフトをたくさん持っているみたい」
「特別なギフト……固有スキルか?」
「たぶん。もしかして、そのハイエルフも私たちみたいに転生して魂の管理者さんにスキルを貰ったのかもね」
「元日本人だと?」
「それは分からないけど。まぁ、私たちには魔の山は無理すぎるから、もっと浅い箇所でシオの実を探しましょう」
「そうだな」
エルフはただでさえ、人嫌いが多い。
森の人の異名があるように、自然を愛して、豊かな森林で暮らす者がほとんどだ。
ミーシャのように冒険者をする変わり者は珍しい。
魔の山のような恐ろしい場所に好んで住むハイエルフなら、きっと筋金入りの引きこもりで人嫌いだろうから、近寄らないにこしたことはない。
「さて、ランチも終えたし。あと三時間は森歩きね」
「ああ。果樹も増えてきたから、シオの実もそろそろ見つけられそうだ」
身軽く木から飛び降りるエドの後を追って、ナギは慎重に地面を目指す。
獣人の身体能力を羨ましく思いながらも、しっかりと枝にしがみついて、そろりと地に足を付けた。ほっと息を吐く。
空には大きな鳥が舞っていたが、幸い気付かれることもなく、やり過ごせた。
エドなどは襲われた方が返り討ちに出来たのに、と少し残念そうにしていたが、無理すぎる。
あんな恐竜みたいな鳥に襲われたら、真っ逆さまに地面に落ちる自信があった。
油断しているつもりはないが、やはり大森林は恐ろしい場所なのだ。
「大丈夫か、ナギ?」
「ん、平気だよ。じゃあ、エドよろしくね」
ここから先はエドの鼻が頼りだ。
仔狼にお願いしても良かったが、護衛任務中ずっと活躍していた彼は本来の肉体の持ち主に遠慮したらしい。
たまに運動不足解消がてら、深夜の散歩と称して狩りに出向いてはいるようだが。
「あっちから甘い匂いがする」
「行ってみよう!」
蜜がたっぷり入った無花果の木を見つけて、ナギは大喜びで採取する。
ちょっとだけ味を見たが、まるでジャムのように甘い。
熟れる前の無花果もサラダや肉料理に意外と合うので、こちらも忘れずに採取する。
「生ハムやチーズとも合うんだよねー。柿と無花果は特に」
モッツァレラチーズを使ったカプレーゼは見栄えも良くて、皆にも人気な一皿だ。
無花果を生ハムで包んだだけのシンプルなサラダもうっとりするほど美味しい。
お酒が飲めないのが残念すぎる。
「……ナギ、それ夕食に食べたい」
「あ、口に出てた? ごめんね」
生ハムもチーズもちゃんと【無限収納EX】内に収納してあるので、夕食には出せる。
エドが案内してくれる場所でナギはせっせと果実を採取した。
餌場を荒らされ怒り狂う魔獣たちはエドが綺麗に始末して、本日も大量の食糧を手に入れることができた。
その日の拠点としてコテージを設置した周辺で、ようやく目的の物を見つけた。
スモモサイズの真っ黒な実。
シオの実だ。
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