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〈冒険者編〉
195. ハイペリオン・ダンジョン 2
しおりを挟むダンジョンにはそれぞれ特色がある。
たとえばダンジョン都市にある東のダンジョンは『肉ダンジョン』として有名だし、南は文字通り、無人島内の『海ダンジョン』と呼ばれている。
変わり種としては『鉱石ダンジョン』か。ドロップするのは鉱石や宝石などの資源系のみという、特殊ダンジョンだ。
出没する魔物もゴーレムが中心で、下層フロアでは稀少な金属が発掘できるらしい。金銀のみならず、ミスリルやオリハルコンの鉱脈が眠っていると聞いた。
(もしかして、ドワーフが鉱石ダンジョンの第一発見者だったとか?)
魔道具がよくドロップするダンジョンも気になるが、ナギ的には『肉ダンジョン』と『海ダンジョン』がお気に入りだ。
文字通り、とても美味しい戦利品が手に入るので。
「食材ダンジョンってことは、肉ダンジョンと海ダンジョン両方の性質を備えているってことかしら……?」
「それもあるかもしれないが、ナギが半日寝込むほどの魔力を使って改変されたダンジョンが、そんなありきたりな内容だとはとても思えない」
ありきたりかなぁ、とナギは疑問に思ったが、神妙な面持ちのエドを前に口にするのは止めておいた。
「もしかして、下層はかなり強力な魔物が発生しているかもしれない。くれぐれも攻略しようなどと、簡単に考えるなよ、ナギ?」
「ふぇっ? や、もちろん! そんな、ダンジョン攻略とか私には無理だもん」
慌てて首を振ると、エドはほっと安堵の息を吐いている。
そんなに信用されていなかったのか、と複雑な気分だ。
「でも、食材ダンジョンか……。レアドロップアイテムや宝箱が気になるよね」
「……そうだな」
「食材ってことは、食べ物がドロップするんだよね? お肉に魚介類、もしかして野菜や果物もドロップしたりして」
「ありうるな。レア魔物からは稀少な食材が手に入る可能性が高い」
「あの憧れのブラッドブル肉がドロップしたりして? 黒毛和牛並みに美味しい、あの牛肉が!」
「そうだな。下層に出現するかもしれない」
「ふわぁー……あれ、すごく美味しかったんだよね。なかなかお肉屋さんに卸されないから、手に入らないけど、自分たちで狩れたら、食べ放題だね!」
「ブラッドブル肉が食べ放題……」
とても心躍る想像に、二人はうっとりと瞳を細めた。
最高品質の高級魔獣肉、ブラッドブル肉なら、ステーキ、焼き肉、カツにすき焼き、どれも美味しく調理できるだろう。
「あの綺麗な赤身肉なら、ローストビーフにしても絶対に美味しいよね……?」
「美味いに決まっている。ユッケや牛刺しにしても最高の肉だと思うが」
「あああ……! それも最高。間違いないわ。生肉をこう、ワイルドにガッツリ味わってみたいわね!」
想像すると涎が溢れそうだ。
こほん、と咳払いすると、ナギはエドをまっすぐ見詰める。見つめ返してくる琥珀色の瞳も真剣だ。二人は笑顔で頷き合った。
「ねぇ、エド。ちょっとだけ、ダンジョンの中を確認してみない……? 攻略じゃなくて、飽くまで確認ね。危険だもの」
「そうだな。攻略は危険だが、少しだけ確認するのは悪くないと思う。いずれギルドに報告するにしても、少しは確認しておかないといけないしな」
にこりと笑い合う二人。
こうなるとは思っていたけどね、と仔狼がため息を吐いた気配がしたが、エドは知らない振りをした。
そんなわけで、二人はウキウキとダンジョンに挑戦することになった。
二人が放り込まれた、この草原だけの空間は厳密には一階層ではなかったようだ。
フロアまるごとセーフティエリアで、改変中、第一発見者チームを守るための空間なのだろう。
なので、ぽつんと設置されていた転移扉に手を繋いだ二人が触れると、一階層へ転移することが出来た。
出口にも向かえたようだが、今のところはこの新しい遊び場を満喫したい。
「一階層は、洞窟?」
「どうやらスライムしかいないようだな」
第一発見者特典として二人に与えられたスキル【自動地図化】がさっそくお役立ちだ。
エドの言う通り、ナギの眼前に現れた透明な画面には一階層の地図と敵の居場所を教えてくれている。
青い二つの点がおそらくは自分たち。点滅する赤い点がスライムなのだろう。位置はもちろん、何匹潜んでいるのかも丸分かりだ。
「これ、めちゃくちゃ便利なスキルじゃない……?」
「そうだな。【気配察知】スキルよりも優秀かもしれない」
「フロア全体の地図と魔獣や魔物の数と位置が見えるものね……」
感知するには半径五十メートル以内、などの縛りがある【気配察知】スキルと比べたら、チート級に思えてしまう。
「しかも、この星マークの場所って……」
「……ああ。多分、宝箱の場所だな」
そっとナギが指差した星マーク、タップすると『宝箱・罠なし』という説明文まで表示された。
「点滅する赤い点をタップすると、何の魔獣なのかご丁寧に教えてくれたぞ。一階層にはスライムしかいないようだ」
もはやカンニングに近い気がして、落ち着かない。【自動地図化】スキルが示す通りの場所で接敵したスライムを、エドがさくさくと倒していく。
ドロップするのは水色の魔石とスライムゼリー。
「スライムゼリー? え、これって今までドロップしたことはなかったよね?」
ダンジョン都市の南の街で流行している、人気のスイーツ。フルーツゼリーは生きたままのスライムを削り、手に入れたスライムゼリーが原料だ。
スライムは核を壊すと、魔石だけ残して消えてしまうので、慎重に核を避けてゼリー部分を削り取らないといけない。
地味に面倒な入手方法だが、そこそこ買取額は良いので、冒険者見習いたちの良いお小遣い稼ぎになっていると聞いた。
「……食材ダンジョンだから?」
「そうかもな。スライムの半分くらいの大きさのゼリーがドロップしている」
ゼリーは薄く透明な皮膜に覆われている。これに包まれている間は乾燥や劣化はしにくいし、何より中身の食材が清潔に保たれているのでありがたい、ダンジョンの謎物質だ。
「あ、二匹目。エド、私が倒しても良い?」
「ああ、任せる」
ナギは慎重に狙いを定めて土魔法の石礫でスライムの核を撃ち抜いた。
ドロップアイテムに変化する前にスライムごと【無限収納EX】内に目視収納をしようとしたのだが──
「え……あれ? 収納できない……?」
何故だか、目視で収納ができなかった。倒したスライムは淡く光ってドロップアイテムに変化する。
「もしかして、収納スキルが使えなくなった⁉︎」
慌てて【無限収納EX】を確認してみるが、リストの中身は無事だし、取り出すことも可能だった。
「……どういうことだ?」
「分からない。今、取り出した物も普通に収納はできたね」
「ということは、目視収納だけが出来なくなっているということか?」
エドから指摘されて、ナギははっとする。足元に落ちている石ころは目視で収納できた。
「……使える、みたい?」
色々と試して確認してみたところ、倒した魔獣や魔物がドロップアイテムに変化する前の状態のものだけが目視収納できないようだった。
「つまり、いつもの丸ごと収納、全素材ゲット作戦が通用しないということね」
「ドロップアイテムになるまで待たないと、素材は手に入らないのか」
待機してドロップアイテムに変化したものは目視で収納ができたので、つまりはそういうことだろう。
「今までのようなズルは出来なくなるということだな」
「うん。残念だけど、その分ドロップアイテムに期待が持てそうだね」
「そうだな。スライムゼリーは南国のダンジョン都市では大人気素材だし、俺たちの好物でもある」
「ん、いっぱい手に入れよう!」
地図ボードは便利だが、視界を占領されると動きにくい。縮小化して右上に固定してダンジョンを進むことにした。
ゲーム画面のようで面白い。きっと今頃、仔狼は興奮しているに違いなかった。
地図を確認しながら、先へ進む。
宝箱が隠された小部屋に寄り道をしてからは、最短距離で二階層への扉を目指した。
一階層はスライムだけだったので、銅級の二人はさくさくと進むことができた。
ちなみに宝箱の中身は水蜜桃だった。
「水蜜桃か。珍しい果物だけど」
「うちの庭でも実っているからな……」
エルフのミーシャから貰った水蜜桃の種はすくすくと育ち、今ではエドの身長を越えて美味しい実りを与えてくれている。
とは言え、水蜜桃じたいは稀少な果物なので、銀貨数枚で買い取ってもらえるだろう。
一階層の宝箱の中身的には、かなり美味しいお宝だ。
「ちょっとワクワクしてきたね?」
「そうだな。二階層は何があるのか楽しみだ」
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