異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

196. ハイペリオン・ダンジョン 3

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 二階層、三階層は草原エリアで、出没するのはホーンラビットとコッコ鳥。
 この階層に宝箱はなかったが、どうやらフロアボスらしき特殊個体の魔獣を倒すと、レアアイテムがドロップした。
 ちなみに二階層のホーンラビットは珍しい薬草をドロップし、三階層のコッコ鳥は黄金の卵を落とした。
 ダチョウサイズの巨大な卵を鑑定すると、食用(美味)と表示される。

「黄金のたまご、食べられるんだ……」
「殻の部分が黄金らしいな。中身は普通の卵だぞ」
「殻だけ売れるのかしら?」
「たぶん、中身ごと売った方が高いんじゃないか? 金持ち連中はこういう、目に見えて特別そうな食い物が好きなんだろ」
「身も蓋もないけど、たしかに好きそう。パーティで出したら盛り上がりそうだもんね。自分たちで食べても良いけど、せっかくだしリリアーヌさんに査定してもらう?」
「ああ、彼女なら信用できる」

 このハイペリオン・ダンジョンのドロップアイテムがどのくらいの価値ある物なのか、客観的に知りたいナギには良い人脈だ。
 きっと彼女なら、水蜜桃も高く買い取って上手に売り抜けてくれることだろう。

「コッコ鳥の卵はたくさん手に入ったし、次の階層へ行きましょう!」
「ああ。今日中に十階層まで到着しておきたい」

 浅いダンジョンでも三十階層まではある。
 この食材ダンジョンがどれほどの深度かは分からないが、十階層以降になると出没する魔獣や魔物のランクは一気に上がるはず。
 ドロップアイテムや宝箱にかなりの期待が持てる。
 転移扉で四階層へ向かうと、そこは森林エリアだった。食材になり得る魔獣ならば、草食の物だろう。二人の予想は当たり、ワイルドディアが四階層の主だった。

「ドロップアイテムは肉と魔石。たまにハーブが落ちるわね。さすが食材ダンジョン」
「ツノや毛皮が全くドロップしない。低階層だと稼ぐのは難しそうだ」
「私たちには美味しいダンジョンなんだけど、たしかに普通の冒険者には厳しいかも……」

 収納スキル持ちやアイテムバッグがなければ、嵩張る肉は持ち帰りにくい。
 毛皮や牙などの素材の方が持ち帰りやすくて、高値で売れるのだ。
 ランクの高い魔獣の肉なら、もちろんその限りではなく、良い値段で買い取って貰えるが、それも十階層以下での話だろう。

「じゃあ、冒険者ギルドに報告しても、野良ダンジョンとして放置されるかなぁ……?」

 せっかく面白そうなダンジョンなのに、もったいない。ナギが肩を落としてぼやくと、エドが小さく笑う。

「いや、まだ下層を確認していないから、何とも言えない。レアドロップアイテムや宝箱の中身も気になるし、もう少し詳しく調査してみよう」
「うん、そうだね! 食材ダンジョンだもの、きっとすごいお宝があるに決まっているわ!」

 ぱっと顔を輝かせるナギ。
 笑顔のまま、突進してくるワイルドディアを風魔法で細切れにする。

「倒し方を気にしなくて良いなら、レベル上げに最適ね。素材や肉の状態が気になって、今まではかなり気を遣っていたもの」

 毛皮に傷が付かないよう、肉が傷まないように。
 ナギが「食べられる」魔獣や魔物を倒す際には細心の注意を払って、水魔法や風魔法を駆使していたのだ。

「ここでなら、火魔法も思い切りぶつけることが出来るわね!」
「……火事さえ起こさなければ良いんじゃないか」
「うん! 消火魔法も覚えたし、水魔法もあるから大丈夫! それでも危なかったら、エドの氷魔法をお願い」
「分かった」

 魔力量でゴリ押しするナギの魔法は厄介だ。なにせ、初級の火魔法でアイアンゴーレムが弾け飛ぶ。
 ミーシャに教わった省エネ魔法を普段使いに大人しくダンジョンでは放っていたが、今は周囲にエドしかない。
 
「ストレス発散にも良さそう。思い返せば、盗賊団を倒す時にも殺さないように気を付けて手を抜いたし、ちょっとモヤモヤしていたのよね」
「…………ナギ?」
「じゃあ、全力でいくね!」
「ナギ、ちょっと待っ」

 青褪めたエドの制止は間に合わず、フラストレーションを発散するかのようにナギは笑顔で魔法を連発し、大量のドロップアイテムをゲットした。



「ふぅ、スッキリしたぁ! フロアボスが落としたのは何かなー? んん? これは香辛料の瓶? 黒胡椒だ!」

 ウキウキしながら、目視で【無限収納EX】内に回収していったドロップアイテムを確認する。ボスが落としたのは、小瓶に詰められた黒胡椒ブラックペッパーだ。金貨一枚分ほどか。
 ドロップアイテムの九割が鹿肉だ。部位に違いはあるが、大量の立派な枝肉が手に入った。

「さすがに多すぎるから、半分くらいは売っちゃおうか?」
「…………そうだな」
「? エド、疲れてる?」
「氷壁をずっと張っていたから、それなりに」
「あ……。ええと、ちょっと、私の火魔法の威力が強すぎた……?」
「ここがダンジョン内で良かったと心底思ったぞ」

 ダンジョン内は魔法やスキルで破壊しても、時間が経てば自然と修復される。
 薬草や果実などを採取してもリポップするように、魔素で元通りに自動修復するのだろう。
 魔獣を灰にして、延焼した木々は消火魔法──風魔法で真空状態にして、どうにか消し止めたが。
 最初の火魔法の攻撃で、隣に立つエドにまで熱風が襲い掛かってきたようだ。
 発動した本人を傷付けることはないのが、この世界の魔法の不思議なところだった。

「ごめんね。やっぱり火魔法は危なかったよね」
「いや、こちらも良い鍛錬になる。気にするな」

 分厚い氷の壁を咄嗟に作り出したのだが、これは良い盾になりそうだ、とエドは密かに嬉しそうだ。
 結界の魔道具は常時身に着けてはいるが、相応のダメージがあれば壊れる消耗品なので、自衛できる魔法があれば慣らしておきたいらしい。

「じゃあ、次の階層でも思い切り魔法を使っても良い……?」

 そっと上目遣いでしおらしく訊ねるナギに、エドは軽く顎を引いてみせた。

「もちろん」
「やった! ありがとう、エド! レベル上げ頑張るね!」

 この場にいたのが仔狼アキラだったら、センパイあざとい! と引っ掛からなかっただろうが、ナギの騎士ナイトを自認するエドは、ほんのり頬を染めて頷いたのだった。


 そうして、五階層、六階層と続けてナギが「ちゅどん!」ととんでもない勢いの初期魔法をぶっ放していき、大量の戦利品を手に入れた。

「魔石と肉が山ほど。ハーブや香辛料もかなり落としたようだな」
「うん。ハーブや薬草は結構珍しい種類の物が多いから、ありがたいね。香辛料は質も良いし、まとめて売ればそこそこの儲けになりそう」
「売るのか?」
「ううん、うちで使う!」
「だと思った」

 良く食べる二人と一匹で暮らしているし、たまに遊びに来る師匠二人の健啖家。
 調味料や香辛料の減りは早いのだ。

「胡椒も色んな種類があるからね。今のところブラックペッパーがドロップしているけど、もしかして他の種類の胡椒も手に入るかも!」

 肉料理に良く合う黒胡椒ブラックペッパーが、ダンジョン都市では良く出回っている。

「白身魚やシチューに合うのはホワイトペッパーなのよね。繊細な風味付けに合っていて、上品な香りがするし」
「あまり市場では見掛けないな」
「こっちの世界では高級品扱いだから。リリアーヌさんちの百貨店になら置いてあるかもね」

 鮮やかな緑色のグリーンペッパーは爽やかな香りが特徴的だ。ホールのままで使うこともあり、調味料というより食材として利用されているのを見たことがある。
 赤胡椒ピンクペッパーはたしか、三種類あった。完熟した胡椒の実とナナカマドの実、コショウボクの実だ。酸味や苦味が特徴的でサラダやデザートで使われていた。

 どれも前世での知識。
 こちらの世界に同じ胡椒があるかどうかも分からないが、このダンジョンで手に入れば料理の幅は広がりそうだ。

「同じ黒胡椒ブラックペッパーのドロップでも、こっちの瓶のは粒のままのホールで、こっちは粗挽き。用途別に使えて便利だけど、さすが食材ダンジョンね!」

 手に入った見事な胡椒を使い、今日は鹿肉ステーキを作ろう。
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