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〈冒険者編〉
199. 希望の実
しおりを挟む木の魔物トレントの弱点は【鑑定】によると、火だ。残酷なようだが、燃やし尽くしてしまうのがいちばん早い。
なので、ナギは直径1メートルほどの巨大な炎の塊を魔力で練り上げて、トレントたちに投げ付けた。
ぶつけて終わりではなく、魔力は喰うが、炎の塊を維持して、群がるトレントたちを次々と燃やしていったのだ。
「わぁ……これは胸が痛い光景かも」
気分的にと言うか、放火に近い光景が目の前に広がっていた。森林に火を放ち、山火事を起こそうとしているようで、ナギはそわそわと落ち着かない。
土と氷の二重の盾の影から、二人は攻撃を続けた。エドも今回は火矢を使っている。
魔道武器の弓を手に、火魔法を纏わせた矢でトレントを射抜くのだ。
動かない普通の木々に燃え移った火はこまめに消火したので、必要以上の延焼はないはず。
【自動地図化】スキルでも点滅する魔物の存在が地図上から消えたことで、ようやく殲滅ができたことを知り、二人はほっと息を吐いた。
「疲れたね……」
「これは、地道に一匹ずつ倒していった方が楽だったかもしれないな」
消火しながら気を遣って戦うのは、想像以上に体力を使う。
ナギも炎の塊を維持するのは大変だったので、エドに同意した。
ステータスを確認すると、魔力をごっそり消耗していることに驚く。
(まだ半分以上MPは残っているけど、気を付けないと)
やはり上級魔法は燃費が悪い。
初級か中級魔法の威力を底上げして連発する方が楽だし、効率が良さそうだ。
今回は実験的な意味合いもあったので、結果オーライか。
「倒したトレントのドロップアイテムを回収しておくね」
奥の転移扉を目指して歩きながら、目視でアイテムを回収していく。
トレントのドロップアイテムは魔石と上質な木材が多い。さすがに木材の使い道はないので、魔石ともども売り払うつもりだ。
植物の魔物だが、残念ながら食材は落とさないようだった。
「丘の上の大木がてっきりフロアボスだと思っていたけど、違ったみたいね?」
「らしいな。【自動地図化】スキルによると、あの大木に転移扉があるようだ」
「そうなのね。じゃあ、あの木になっている実は採取しても良いのかな……」
「良いと思うぞ。ちゃんと鑑定はしろよ? たまに毒のある厄介な果実があるらしいから」
「もちろん! 鑑定は必須よね。食用でないのなら、採取をするつもりはないし」
珍しい薬効のある実だったら、師匠であるエルフのミーシャのお土産にするかもしれないが。
ブレないナギの発言に、エドは仕方なさそうな微苦笑を浮かべた。
◆◇◆
丘の上の大樹の根元には木製の転移扉が隠されていた。
周辺はセーフティエリアになっていたので、転移前にここで休憩することにした。
二人とも魔力を消費したので、かなりお腹が空いている。
ナギは手早く【無限収納EX】からコテージを取り出して設置した。
「エドは先に休んでおく?」
「いや、折角だし俺も手伝おう。何の実なのか気になるし、採取するにも二人の方が楽だろう」
「そうね。意外とたくさん実っていたから助かるわ。ありがと、エド」
見上げた大木の枝の先の実はかなり大きい。見た目はヤシの実に近い。
バレーボールサイズの大きな実が、ざっと確認しただけでも百個以上はたわわに枝を揺らしている。
採取するにしても、下の方に生っている実だけになるだろう。
「さて。この実は何なのかしらね? 美味しい食材だといいなぁ……【鑑定】っと」
視界の端に鑑定結果が表示される。
──ヒシオの実。調味料の一種。熟すと、殻の中身が発酵状態になり、味に深みが増す。異世界『日本』では、その実の中身は味噌と呼ばれている。
「……えっ? この木の実が味噌……⁉︎」
鑑定結果に驚くナギの傍らで、エドが素早くヒシオの実をもぎった。顔を寄せて、すんと匂いを嗅いで何やら確かめているようだ。
「たしかに、独特の香りがする。これが味噌なのか? ナギがずっと欲しがっていた」
「ちょっとシオの実の醤油と同じで我が国とは成り立ちが違うからアレなんだけど……とりあえず味見してみよう!」
調理用のテーブルとまな板、包丁を収納から取り出して、さっそく確認だ。
ナギから包丁を取り上げると、エドが慎重に木の実を割っていく。
殻は容器の代わりのようで、中にはみっしりと味噌らしきものが詰まっていた。
色合い的に赤味噌だろうか。
どきどきと胸を高鳴らせながら、スプーンですくって舐めてみた。
「うん。味噌だ! 念願の味噌だよ、エド!」
「これが味噌……。匂いはキツいが、醤油よりはまろやかそうだな」
「全部回収! ……は流石に無理そうだから、手の届く範囲のヒシオの実は全部採取しよう!」
「了解。リポップすると良いな」
「それ! しばらく、ここで様子見をしても良いかな? なるべくたくさん確保したいし」
「もちろん。採取も手伝おう。だから、ナギ。先に食事を作ってくれないか。腹がへった」
「……あ……そうだね……! じゃあ、採取は任せてもいい? その間に味噌を使った、美味しいご飯を用意するから!」
「任された」
互いに良い笑顔で頷き合う。
ナギはとりあえず確保したヒシオの実を大事そうに抱えて、コテージに駆け込んだ。
念願の味噌をゲットしたのだ。
作る料理は決まっている!
◆◇◆
「今日は昆布とかつお節で丁寧に出汁を引こう」
どちらも海ダンジョンで手に入れた物をナギが加工して使っている。
昆布は乾燥し、乾燥させた物を大量に確保していた。
なにせ、ドロップアイテムにある昆布はそれまで冒険者たちに捨てられていた『ハズレ』アイテム。
自力でたくさん手に入れるのは面倒だったので、師匠たちに相談すると簡単な解決法を教えてくれた。
曰く『自分たちで冒険者ギルドに依頼を出せば良い』──たしかに、簡単で確実な方法だった。
依頼を受けることしか意識がなかったが、冒険者ギルドへの依頼自体は誰でも出すことは可能なのだ。
少し色を付けて依頼を出すと、すぐに希望の量が手に入った。
かつお節もナギが自作した。
ハーフドワーフの職人であるミヤに頼んで作ってもらった、かつお節用の削り機で、エドが大量に削っておいてくれた自慢のかつお節。
「昆布は三十分ほど水に浸けておかないとだから、その間に他の料理を仕込んでおこう」
せっかく味噌が手に入ったので、味噌汁と味噌漬け料理を作りたい。
オーク肉の味噌漬けとサバの味噌煮あたりが食べやすいか。
まずはオーク肉を漬け込もう。
味噌と酒、砂糖とすりおろし生姜を混ぜて作ったタレにオーク肉を漬けて揉み込んでおく。魔道冷蔵庫で十五分放置。
その間にサバの味噌煮を仕込んでいく。
まずサバは皮に切れ目を入れて、沸騰した湯でサッと湯通しをする。
あとはフライパンで煮込み、アクを取り除きながら味噌ダレを作った。
味噌と醤油と酒、砂糖で味見しながら整える。こちらもオーク肉と同じく、生姜で臭み消しが必要。
すり下ろさずに、生姜は薄切りにして使う。味噌ダレをサバに加えて濡れた布巾で落とし蓋にし、弱火で煮込んでいく。
「うん、良い味。ご飯に合いそう」
完成したサバの味噌煮は皿に盛り付けて、【無限収納EX】に仕舞っておいた。
「お味噌汁の具は何にしようかな。豆腐とお揚げの作り置きがないから、野菜系にしよう。じゃがいもとニンジンでシンプルに!」
昆布汁にかつお節で丁寧に出汁を引き、具を投入する。くつくつと煮込んでいくと出汁の良い匂いが腹の虫を切なく泣かせてきた。
味噌汁作りの合間に魔道冷蔵庫から取り出した味噌漬けオーク肉をフライパンでじっくりと焼いていく。
「匂いの暴力!」
味見の誘惑に耐えつつ、ナギは調理に励んだ。ヒシオの実は殻が入れ物として優秀なのでそのままスプーンですくって使っている。
実ひとつで500グラムは味噌が詰まっていそうだ。
今のところ、この食材ダンジョンでしか手に入らない調味料なので、滞在中に出来るだけ確保しておかなければと思う。
ちょうど食卓の準備が整った頃、ヒシオの実を採取していたエドがコテージに戻ってきた。
切なそうに眉を寄せて腹をさすっている様子から、彼がかなり飢えていることが見て取れる。
空腹の辛さを身に染みて理解しているナギはもったいぶることなく、エドを食卓に招いた。
テーブルいっぱいの味噌料理を前に、笑顔で宣言する。
「さぁ、召し上がれ!」
私たちの、ソウルフードだ。
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