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〈冒険者編〉
200. 味噌料理
しおりを挟む二人が真っ先に手を伸ばしたのは、味噌汁だ。
味噌漬けしたオークの焼肉の香りは暴力的なまでに誘惑してきたので、てっきりエドは肉料理に箸を伸ばすと思っていた。
なので、いただきますと同時に味噌汁のお椀を手に取り、香りを堪能しながら口をつけたエドに驚かされたのだが。
「…………旨いな」
一口すすって、エドは小さく息を吐いた。
瞳を細めて、もう一口。ゆっくりと飲み干していく。合間に白飯を口にして、噛み締めるように咀嚼した。
じんわりと味わう姿に釣られて、ナギも味噌汁を飲んでみる。
本当は豆腐の味噌汁を食べたかったけれど、今回の具材はじゃがいもとニンジンだ。
ほっくりとした甘みのある根菜は食べ応えがある。
すまし汁やコンソメスープも美味しいけれど、やはりソウルフードである味噌汁にはほっとさせられた。
「あー…しみる……」
「匂いは独特だが、醤油ともまた違った味で面白いな」
「ふふっ。でしょう? んー、肉や魚を味噌漬けにすると白飯が進むわー」
オーク肉の味噌漬けはお行儀が悪いが、ご飯の上に載せて、わしわしと食べるととても美味しい。キャベツの千切りにも合いそうだ。
サバの味噌煮もお米泥棒である。
これは圧力鍋を使ってじっくりと煮込んで缶詰風にしてみたいかも。こっちの世界だと瓶詰めか。
保存食としても、海から遠い地域で歓迎されそうだと思う。
「美味しい……。懐かしいなぁ……」
味噌汁が温かったからか、鼻先が真っ赤だ。エドがさりげなくハンカチを手渡してくれる。
ありがと、と顔を上げると神妙な表情でこちらを見つめていた。
「エド……?」
「味噌を使った料理、旨かった。ごちそうさま。……これは、アキラと一緒に食べるといいと思う」
「あ、……」
宣言するや否や、エドは獣化した。
イスの上には散らばった衣服と小さな膨らみが残される。
もぞもぞと布の山から顔を出した仔狼がふう、とため息を吐いた。
『……なんだか気を遣われたみたいですけど。正直、すっげぇ食べたかったから嬉しいです』
「ふっ、ふふっ。うん、分かった。すぐにお代わりを用意するね」
たっぷりと三人前は作っていたので、すぐに仔狼の分は用意できた。
オーク肉の味噌漬け焼きは最初から白飯にのせて丼スタイルでの提供だ。
たっぷりの味噌汁と丁寧に骨を抜いてほぐしたサバの味噌煮も並べてあげた。
『うわー…! ほんとだ、懐かしい味噌の匂いだぁ……。いただきます!』
「どうぞ召し上がれ」
彼も二人と同じく、まずは味噌汁に口をつけた。火傷しないように、少し温めの味噌汁にしておいたので、がふがふと噛み締めながら飲んでいる。
前脚はテーブルに乗せて、イスの上に仁王立ちした体勢で一息で飲み干した。
『美味しかったです、センパイ! ちょっと溶けたじゃがいもが甘くてニンジンのシャキシャキした食感も良かったですっ』
「野菜たっぷりのお味噌汁も美味しいよねぇ。家に帰ったら、豆腐を作らなきゃ! ワカメと豆腐の味噌汁が食べたい。お揚げ入りの大根のお味噌汁もいいなぁ……」
『わあああセンパイ食べたくなるからやめてー! 俺、ナスや玉ねぎの入ったやつも好きです!』
「あー美味しいよねぇ。とろっとろに煮込んだやつもシャキシャキの玉ねぎも大好き。貝のお味噌汁も飲みたいから、また海ダンジョンに潜りましょう」
『賛成! 昆布やワカメもたくさんゲットしましょうね! あっ鰹節も作りましょう!』
さすが元日本人。ナギの考えなどお見通しらしい。お言葉に甘えて、海ダンジョンでは頑張ってもらおう。
仔狼はオーク肉の味噌漬けも気に入ったようで、ぺろりと平らげた。
サバの味噌煮も味わいながら食べている。
お味噌汁のおかわりをねだられたので、ナギは自分の分も入れてテーブルに戻った。
小さな狼の鼻は真っ黒なので赤くなっているかどうかは分からないが、彼が感激しているのは明白だった。
ふさふさの尻尾が忙しなく揺れている。
ナギも二杯目のお味噌汁を味わいながら、目尻に滲む涙をハンカチで拭った。
「えへへ……。変だよね、お醤油の時も嬉しかったけど、こんな風な気持ちにはならなかったのに。お味噌汁はダメだねぇ。ソウルフードすぎるわ」
『仕方ないですよ。味噌汁なんて、家庭の味の代表格ですもん。俺だってホームシックになりそうです』
泣きそうなナギに気付いてくれた仔狼は優しい。
言葉は少ないけれど、ちゃんと気持ちを汲み取ってくれる相棒には感謝しかない。
「しばらくはお味噌汁尽くしになりそうだね」
『さすがに三食ずっと続くと飽きると思いますっ!』
「一日一食、和食の時だけにします! でも、しばらくは味噌料理を作りたいかも。味噌煮込みうどんとか、味噌カツとか」
『いいと思います! あっ、味噌味のぼたん鍋も食ってみたいですセンパイ!』
「お、いいわね。ボア肉は大量に在庫があるから任せて!」
この三年間、ずっと食べたかった料理を一人と一匹で指折り数えながら、のんびりと夕食を平らげていく。
お腹と一緒に胸もいっぱいだ。
日本での家族を思い出して、ちょっとだけ泣いてしまったけれど、気持ちは晴れやかだった。
◆◇◆
翌日の朝食も味噌汁を作った。
仔狼からのリクエストにあった、玉ねぎの味噌汁だ。
主食は焼きおにぎり。いつもは醤油味だが、今回は味噌味に挑戦してみた。
肉も欲しい、とねだられたので仔狼には味噌ダレで焼いた串焼きを皿に盛り付けてやった。
「味噌味の焼きおにぎり、美味しい……」
『ちょっと焦げたとこが好きです! ほんのり甘辛くていくらでも食べられますねっ』
お砂糖と麺つゆで味噌を伸ばしてハケで塗った焼きおにぎりなので、ほんのり甘い味なのだろう。
ネギ味噌味にして焼き上げても香ばしくて食が進みそうだ。
「肉味噌をたくさん作り置いておけば便利そうだね。白飯やおにぎりに合わせてもいいし、ディップにすればエドも野菜をたっぷり食べてくれそう」
狼獣人のエドは甘い菓子やパンも好きだが、やはり肉は格別らしく。
前世の食育の記憶があるため、どうにか野菜は食べているが、率先して手を伸ばすことはない。
肉野菜炒めやスープに入れてどうにか食べやすいようにナギも工夫して調理しているが、どうせなら美味しく食べて欲しい。
『肉味噌。もうその名前だけで美味しそうです。きっとエドも気に入りますよ!』
パタパタ、と尻尾が振られる。
味噌ダレの串焼き肉も絶品だったようで、物凄い勢いで平らげた。
エドの分は取り分けてあるので、昼食のお弁当に出してあげよう。
「ごちそうさま。今日の予定はどうしよう? ヒシオの実がリポップしていたら採取するとして……」
『とりあえずは先に進みましょうよ! この食材ダンジョン、センパイの欲望から成り立つみたいだし、きっと地球の食材がドロップするはずです』
「言い方!」
『ええと、このまま攻略していけば、きっとセンパイ熱望のカレー用のスパイスが手に入るんじゃないですか?』
「ダンジョンを攻略しましょう! 狙うは特殊個体とフロアボスよ!」
『……やっぱり欲望ダンジョンなんじゃ』
張り切るナギを横目に、仔狼はふすん、と鼻を鳴らした。
◆◇◆
コテージから外に出て、丘の上の大木を確認する。昨日あれだけ採取したヒシオの実は、ちゃんとリポップしていた。
ありがたく採取して、二人はダンジョンの下層を目指す。
エドが木に登り、たくさん採ってくれたので、数年は味噌に困ることはないだろう。
(味噌や他の食材が欲しくなったら、またこのダンジョンに来れば良いしね!)
今は、まだ見ぬスパイスや諸々の食材を期待して食材ダンジョンを楽しもう。
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