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〈冒険者編〉
205. カレーコロッケでお片付け
しおりを挟むすじ肉カレーに舌鼓を打った夜から、きっかり十日間。
張り切った仔狼とエドに急かされるように、ナギはひたすらダンジョンで食材集めに励んだ。
フロアボスがリポップするのは翌日なため、めぼしい食材や調味料を求めてダンジョンを周回した。
おかげでカレー用のスパイスボックスも十セット手に入った。
頻繁にカレーやスパイス料理を楽しんだとしても、一年は保つ量だ。
スパイスの他にナギが欲しがったのは各種調味料だ。
醤油や味噌はもちろんのこと、みりんにお酢に日本酒、蜂蜜にメープルシロップはどれだけあっても困ることはない。
ごま油や焼酎、ベーキングパウダーに餅米も確保した。
焼酎は果実酒を漬けるのにちょうど良い。大きめの瓶にたくさん手に入ったので、全て使い倒す予定。
二年後に成人したら、エドと二人で存分に楽しむため、毎年こつこつと果実酒作りに励んでいるのだ。
今回、梅の実も手に入れたので、梅酒も漬けることができる。
果実酒では梅酒が何よりも大好きだったので、今から楽しみだった。
「アボガドやカカオもたくさん採取できたし、良いダンジョンだったわね、エド」
「そうだな。魔獣肉も良質な物が多かったし、何よりブラッドブル肉が大量に手に入ったのは素晴らしい」
たくさんの戦利品を手に、二人はほくほくと喜びながら、ようやくハイペリオンダンジョンを後にすることを決めた。
さすがに一ヶ月近く、拠点を離れていると、皆に心配を掛けていることだろう。
狩猟と採取に励んだ、この十日間。
ダンジョンは拡張し続けた。
ブラッドブルのフロア、三十二階層から三つの階層が増えている。
現在、三十五階層まで繋がっているが、やはりここも最下層ではなさそうだった。
「さすがナギの魔力を根こそぎ奪って拡張しているダンジョンだけあるな……」
「エド、言い方」
「師匠に報告したら、飛んで来そうだ」
「あー……」
想像に難くない。
エルフのミーシャは知的好奇心が旺盛なので、未発見のダンジョンだと知ると大喜びで調査に出向きそうだ。
戦闘民族の疑いのある白兎族のラヴィルは美味しいお肉と強い敵が何よりの好物。
それに二人は美味しいご飯が大好きなので、食材ダンジョンと知れば、更に目の色を変えることだろう。
「帰ってすぐに、またここまで遠征するのは嫌だよね……?」
「流石にしんどいな」
顔を見合わせて、はあっとため息を吐く。
お互い、優秀だけどちょっぴり癖の強い師匠には苦労しているのだ。
「んー……まだ改変中だから、せめて半年後くらいで、って説得するとか?」
「それしか無さそうだな……。どちらにしろ、冒険者ギルドに報告したら、発見者の俺たちがダンジョンまで案内する必要があるだろう」
「あー……そうだった……」
がくりと肩を落としてしまう。
ナギ好みのとても素晴らしいダンジョンだが、いかんせん拠点から遠すぎるのが難点なのだ。
「まぁ、またスパイスや調味料、珍しい食材が手に入ると思えば、それも良し、かな」
「そうだな。ギルドからの派遣調査にも準備が必要だろうし。その頃にはまたダンジョンが拡張して、珍しい食材や調味料が手に入るんじゃないか」
「そっか。そうだよねっ? それを楽しみに乗り切りましょう!」
いつまでも先のことを考えて頭を悩ませていても仕方ない。
明日の朝にはダンジョンを発つ予定なので、美味しいご飯を食べて、お風呂でのんびりして、今夜は少し早めに休もう。
「じゃあ、夕食はコロッケでも良い?」
「ああ。手伝おう」
◆◇◆
エドにはジャガイモを大量に茹でてもらった。その間にナギは下準備をする。
「シンプルなミンチ肉入りのコロッケをメインに揚げるつもりだけど、今回はこの他にも残り物コロッケを作りたかったんだよね」
まずは、作り置きのポテトサラダを収納から取り出した。
生野菜サラダの付け合わせにしたり、サンドイッチの具材にしたりと、ポテトサラダは二人とも好んで食べている。
それがちょうど少し大きめの深皿分、残っていたものをリメイクするのだ。
「ポテトサラダにホワイトソースと塩胡椒、刻んだチーズを加えて、よーく混ぜて魔道冷蔵庫へ」
冷やしている間に、コロッケ用のミンチ肉を用意する。牛肉コロッケが食べたかったので、ブラッドブル肉を使うことにした。
すき焼き用の肉を切り出す際にできた端肉をミンサーで細かくして、フライパンでざっと火を通す。ここはナギの好みで砂糖と醤油でほんのり味を付けてある。
「うん、良い匂い」
「そぼろ肉か。旨そうだ」
「コロッケの具材だからね?」
とは言え、獣耳が哀しそうに寝ていると、ナギの心は呆気なく乱れてしまう。
木の匙にほんの少し、味付けした肉をすくってエドの口元に運んでやった。
「ちょっとだけだからね? ちゃんと味見して」
「ん、美味い。ブラッドブル肉をミンチ肉にするとは贅沢だと思ったが、これは旨味がすごいな……」
「ほんとね。今度、ブラッドブル肉でハンバーグステーキを作ってみたくなるね、これは」
「良い考えだと思う。大きいのがいい」
「はいはい。エド、ジャガイモは火が通ったの?」
「ああ、竹串が通ったぞ」
「じゃあ、さっそくコロッケを作ろう!」
茹でたジャガイモを半分ずつ担当して、エドにはシンプルな牛肉コロッケ作りをお願いした。
ジャガイモをマッシュして具材と混ぜて塩胡椒で味付けまでを頼んだ。
「ナギは何のコロッケを作るんだ?」
「ふっふっふ。じゃーん!」
笑顔で【無限収納EX】から取り出したのは、先日牛すじカレーを作った際に使った大鍋だ。完食した鍋を洗わずにそのまま収納しておいたのだ。
驚くエドにナギは胸を張る。
「この鍋にこびりついたカレーを再利用してカレーコロッケを作ります!」
「再利用……」
「そう。美味しいコロッケも作れて、さらに鍋も綺麗になるんだから、一石二鳥よね」
不思議そうにこちらを眺めてくるエドの前で、ナギはさっそく茹でたジャガイモを大鍋に放り込んだ。
後はマッシャーでひたすらジャガイモを潰していく。
木製のターナーで鍋のカレーをこそげるようにジャガイモと混ぜていくと、もうそれだけでも美味しそうなコロッケ生地の完成だ。
「ほら、鍋が綺麗になったでしょ?」
「……なるほど。たしかに、鍋に残っていたカレーはもったいないと思っていた」
まさか舐め取るわけにもいかないので、エドは諦めたらしい。
ナギはもともと残り物コロッケで使うつもりだったので、浄化魔法で大鍋を洗わずに、こっそり収納しておいたのだ。
「あとはこれを成形して、小麦粉と卵液をくぐらせて、パン粉をまぶして揚げるだけ。ほら、エドも牛肉コロッケ作りを頑張ってね?」
「む。分かった」
せっせとコロッケを成形するエドに後は任せて、ナギは魔道冷蔵庫で冷やしておいたポテトサラダを取り出した。
「うん、良い感じね。こっちも同じように小麦粉と卵液、パン粉をまぶして揚げれば、ポテサラ風クリームコロッケになります」
「おお……!」
エドの目が輝く。
クリームコロッケは美味しいので、その反応も織り込み済みだ。
ここにカニのほぐし身を入れてカニクリームコロッケにしたくなるが、本日のメインはブラッドブル肉なので我慢する。
揚げ物はエドが担当してくれた。
ナギは成形した生地に衣をまぶして油に投入する係を受け持つ。
からりと綺麗なキツネ色に揚がったコロッケを二人で味見したが、思わず笑顔になる素晴らしい出来栄えだった。
テーブルには炊き立てのご飯とお味噌汁、キャベツの千切りにトマトを添えて。
あとは大皿いっぱいに盛り付けた揚げたてのコロッケでの夕食となった。
「ブラッドブル肉のコロッケ、肉汁のおかげか、ソース要らずですっごく美味しい……」
ナギがうっとりと感想を漏らせば、エドも笑顔でカレーコロッケを頬張った。
「肉コロッケはもちろん美味いが、カレーコロッケは素晴らしいな。香りも味も最高だ。旨味が凝縮されている。コロッケとカレー両方を堪能できるとは」
「ポテサラ風味のクリームコロッケも面白い味に仕上がってるわよ。ホワイトクリームとチーズが溶けて滑らかな風味でほっとする味かも」
「ソースを少し垂らすと更に美味いな」
このカレーコロッケを食べたくて、ちょっぴり鍋に多めにカレーを残しておいて良かった、とナギはこっそり思った。
エドはもちろん、仔狼にも絶賛されたので、我が家でカレーを作った日の翌日はカレーコロッケを食べる日と決まったのは言うまでもない。
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