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〈冒険者編〉
206. 商談
しおりを挟むハイペリオンダンジョンで大量の食材や調味料を手に入れて、二人は帰途についた。
帰りは採取のための寄り道なし、最短距離を突っ切ったので、行きよりも早く進むことが出来た。
大森林を抜けてからはゴーレム馬車を使って、とある集落を目指す。
三年前、エドと二人で見習い行商人として訪れた、レモン農家の集落だ。
一日だけ集落に滞在していた二人を、住民たちは覚えてくれていた。
男装をやめたナギの姿に驚いていたが、少女に長旅が危険なことは理解してくれていたので、納得したようだった。
「ナギちゃんは男の子の姿でも可愛かったからね。仕方ないよ。無事に目的地に辿り着けたなら良かったわ」
「今は冒険者なんですよ。それなりに強くなったので、もう男装はやめたんです」
「そうかい。それは良かった。オオカミの子も立派に育ったねぇ」
歓迎されて、素直に嬉しい。
以前訪れた際に宿代わりに使わせてもらった集会所は売店に変わっていた。
売店ではイートインスペースもあり、なんとナギが教えたレモネードを売っている。
氷がないため、ホットオンリーだが、人気商品なのだと教えてもらった。
ナギは集落の特産品であるレモン石鹸とレモンの精油、レモン皮を使った臭い消し袋などをたくさん買い込んだ。
自分用のもあるが、大半は女性陣へのお土産用にするつもり。
品質の良さは三年前のナギが確認済みのため、心置きなく買い物を楽しんだ。
買い込んだ商品を肩にかけたショルダータイプのアイテムバッグに詰め込み、ふと顔を上げたナギはそれに気付いた。
売店の奥の木棚に並ぶ、ガラス瓶。
「あ! この蜂蜜、もしかして……?」
「おお、気付いたか。坊ちゃん、ではなかったな。嬢ちゃんが売ってくれた養蜂の本を参考にして、集落でも蜂蜜作りに挑戦してな」
三年前よりも白髪とシワが増えた長老がニヤリと笑う。
「一年目は失敗だった。二年目にようやく、いくつか巣を構えてもらえるようになって。今年ようやく成功したんじゃよ!」
「わぁ……! おめでとうございます!」
「これも嬢ちゃんたちのおかげじゃ。行商人にも好評で、高値で買って貰えておる」
「レモンの花の蜜、とっても美味しいのよ?」
長老の娘さんも笑顔で、蜂蜜を垂らした小皿を手渡してくれた。
味見をさせてくれるらしい。ありがたく木の匙ですくい、蜂蜜を口に含んでみる。
滑らかな舌触りの蜂蜜は蕩けるほどの甘さとレモンの微かな風味が後味に残された。
くどすぎない甘さと、爽やかなレモンの香りが混じり合い、とても美味しい。
「すごい……。蜂蜜というよりも、完成されたスイーツみたい。美味しいです」
「ああ。これだけでいくらでも食えそうだ」
エドも気に入ったらしい。
上品な香りと味を誇るレモンの蜂蜜。
三年間の研究の成果を手放しで褒められて、集落の人々も嬉しそうだ。
「これ、私たちにも売ってくれますか? 馴染みの行商人さんに差し障りがないなら、あるだけ欲しいです!」
ジャムがわりに食パンに付けるだけでも美味しそうだ。パンケーキはもちろん、バニラアイスとの相性も良いはず。
ナギの提案に長老は苦笑しながら、棚に並んでいるレモン蜂蜜を全て売ってくれた。
普通の蜂蜜の三倍ほどの値がついていたが、希少な品なので納得の上で購入する。
「来年からは採れる蜂蜜の量が増えそうだから、もう少し安く売れるようになるじゃろ」
「楽しみにしてます!」
食材ダンジョンには頻繁に通うことになりそうなので、こちらの集落へも足を運べる。
レモン蜂蜜のお土産は、きっと師匠二人も大喜びしてくれるだろう。
(ミーシャさんは特に蜂蜜が大好物だったから、一気に舐め尽くさないように見張っておかなきゃ)
クールな美女エルフだが、ナギが提供する甘味と美味しいご飯の前では最弱なのだ。
「じゃあ、また来ますね!」
先を急いでいるため、買い物を済ませると、二人はすぐに集落を後にした。
次に目指すのは獣人の街、ガースト。
リリアーヌが采配する、エイダン商会が次の目的地だった。
◆◇◆
エイダン商会、会頭の長女であるリリアーヌ嬢はナギとエドを歓迎してくれた。
支店とは言え、大商会。大店ひとつを任せられた才女とすぐに商談が出来るとは、二人とも考えていなかった。
まずは商会の店頭でアポを取るつもりで訪れたのだが、ちょうどリリアーヌ嬢の弟、ジョナードが店先に立っていたのだ。
齢十才の少年は商会の仕事を覚えるため、店頭で売り子をしているらしい。
護衛任務で顔見知りになった少年のおかげで、二人はすぐにリリアーヌ嬢の執務室まで案内された。
そうして、さっそくハイペリオンダンジョンで手に入れた品を彼女に検分して貰ったのだが。
「素晴らしいですわね。まずは、水蜜桃。濃厚な魔素のもとでしか育たないため、エルフにしか栽培できないと噂の、幻の果実。しかも、傷ひとつない立派な実です。これひとつで金貨二枚を支払っても惜しくはありませんわね」
「金貨二枚……!」
日本円にすると二十万円ほど。
確かに瑞々しくて美味しい桃ではあるが、実ひとつにそんな値段がつくとは思いもしなかった。
「その甘露が美味なことに加えて、男性には精力がつき、女性は美肌に良い成分があると鑑定されていますからね。他国の貴族や裕福な方々には人気の商品なのですよ」
美しい黒髪の縦ロールを掻き上げながら、リリアーヌが微笑する。
同席した弟のジョナードはテーブルに置かれた黄金林檎に興味津々だ。
(一日一個のりんごは医者知らず、だったっけ。懐かしいな)
前世日本でよく祖母がそう口にして、りんごを剥いてくれたことを思い出す。
黄金色のりんごには病への耐性がつく効果があるらしい。
病人を治療する力はないが、風邪などの感染症に罹りにくくなるため、小さな子供のいる家庭では人気な果実だと言う。
「黄金林檎は銀貨五枚でうちの商会では引き取っています!」
ジョナード少年が帳簿を手に笑顔で教えてくれた。
たしか、以前にダンジョンで見つけた黄金林檎は冒険者ギルドの買取額は銀貨四枚だった。手数料や税金を考えると妥当な金額だろうけれど、ナギ達にとっては商会での買取額がありがたい。
「水蜜桃と黄金林檎は人気商品ですから、ぜひ引き取らせてください。ダンジョン都市で仕入れた商品はこの街まで流れては来ますけど、新鮮な食材、特に傷みの早い果実は希少なんです」
「そうなんですね。良いことを聞きました」
ハイペリオンダンジョンでは、果実はたくさん採取できる。わざわざダンジョン都市に運ぶよりも、ここガーストで買い取ってもらった方が高値で売り払えることが分かった。
ちなみに日本の新高梨にそっくりの梨も銀貨一枚で買い取ってもらえた。
黄金林檎と違い、特に効用もない果実だったが、その大きさと美味しさでの価値らしい。
ひとつが一万円の梨は贈答用として販売されるようだった。
果実はもちろんのこと、予想通りリリアーヌ嬢が目の色を変えて喜んだのは、琥珀糖だ。
ハイペリオンダンジョン内のジャイアント・アントからドロップした琥珀糖は見た目は宝石とそっくりだった。
「ひとつひとつ、色が違うのですね。宝石のようにカットされており、どれも美しいです」
ほうっとため息まじりに琥珀糖を眺めるリリアーヌ嬢に、ナギはバイオレットカラーの琥珀糖を差し出した。
「色もですけど、味も微妙に違うんですよ。お二人で味見してみませんか?」
「まぁ、それではありがたく」
「食べられる宝石なんて、不思議です!」
上品な仕草で琥珀糖を口にしたリリアーヌはふわりと笑みを浮かべた。
ジョナード少年も柔らかな頬を押さえて、うっとりとしている。
「美味しいです。これは葡萄の味かしら?」
「リリアーヌさん、正解です! こっちの赤い琥珀糖はラズベリー風味で、緑の琥珀糖はメロン、黄色はレモン味でした」
「なんて素敵なんでしょう! 見た目も綺麗ですけれど、味も色々と楽しめるなんて」
「こんなドロップアイテムがあるとは、ダンジョンって不思議ですね」
盛り上がるエイダン姉弟の様子から、買取額はかなり期待が出来そうだ。
スパイス類は自分たちで使うので、その他の調味料や食材をエイダン商会に査定してもらった。
結果として、ハイペリオンダンジョンでもそれなりに稼げることが分かったので、大収穫だろう。
「フロアボスからドロップした宝石や宝飾品、金塊なんかも買い取って貰えたから、1ヶ月の稼ぎとしては上々じゃない?」
「そうだな。シオの実採取が目的だったから、これほど稼げるとは思わなかった」
魔獣肉は東のダンジョンで大量に手に入るので、食材ダンジョンは冒険者ギルドにとって興味を引かないかと心配だったが。
「目利き揃いのエイダン商会が高く買い取ってくれたもの。その価値は評価してくれそうよね?」
「ああ。帰ったらすぐに師匠たちとフェローさんに相談してみよう」
美味しい物が大好きな頼れる師匠たちと冒険者ギルドの有能なサブマスターなら、きっと良い結果に繋げてくれるはず。
「じゃあ、急いで帰りましょう!」
一カ月ぶりの我が家へ。
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