異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈掌編・番外編〉

14. お餅料理

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 ダリア共和国は南国なため、温暖な気候に恵まれている。
 夏の陽射しはかなりキツいが、日本のように湿度が高くないので、意外と過ごしやすい。
 日中、冒険者はダンジョンに潜り、街の住人も日陰に避難したり、昼寝シェスタで一番暑い時間帯をやり過ごしていた。
 陽が沈めば汐風が慰撫するように街中の熱を鎮めてくれるので、風がない夜以外はそれなりに居心地よく過ごせるのだ。

 首都であるダンジョン都市も一年を通して温暖な気候だが、さすがに冬は気温も下がる。
 前世日本人の記憶があるナギからしたら、とても過ごしやすい十五度前後の気温なので、気分的には秋に近い。

「前世の記憶はもちろんだけど、北国の、しかも寒さの厳しい辺境住まいだった『アリア』の記憶があるからか、冬でも全然寒くないわね」

 シャツの袖を捲り上げて、ナギはボウルの中を覗き込む。
 ハーフドワーフのミヤ特製の軽金属を使ったキッチンボウルの中身は、炊き立ての餅米だ。
 一番サイズが大きくて、深めのボウルを使い、作っているのは年始の風物詩。

「冬らしくないとは言え、やっぱり年明けにはお餅を食べないとね!」
「アキラも言っていたな、それ。だが、これは死人が大勢出る危険な食い物なのだろう? 大丈夫なのか」
「あー。お年寄りや小さい子供は危険だけど、よく噛んでゆっくり食べれば大丈夫だよ。すごく美味しいんだから」

 こちらもエプロン姿で腕捲りした、準備万端のエド。
 さすがにきねうすは用意が出来なかったため、キッチンボウルに土鍋で炊いた餅米を入れて、すりこぎで突いていくことにしたのだ。
 力仕事は非力なナギに代わって、エドが担当してくれる。

 本当は年末に準備しておきたかったのだが、年末は年末で忙しかったのだ。
 ご馳走作りに奔走したクリスマス明けから、お蕎麦を打ったり、こちらの食材だけでお節料理作りにも挑戦していたので。

「食材ダンジョンで調味料がたくさん手に入って、本当に良かったわ」

 お醤油にお味噌、本みりん。日本酒は料理酒として大活躍だったし、やはりビネガーよりもお酢の方がまろやかで使いやすい。
 年末年始にはご馳走でお祝いをしたかったので、合間に海ダンジョンにも潜り、新鮮な海鮮類も手に入れて来た。

「豪華な、なんちゃって海鮮お節料理、美味しかったよねぇ……」

 今朝食べた、海鮮お節を思い出して、ナギはうっとりとため息を吐く。
 伊勢海老の代わりのロブスターに、脂のたっぷり乗ったサーモンの刺身にはいくらを添えて華やかに。
 鮑ステーキにウニ、数の子も用意した。
 カニの親ヅメはさっと塩茹でして、ほぐした身とミソはよく混ぜて、甲羅で網焼きにしておいた。
 他にも甘く煮付けたエビに昆布巻き、小魚の田作りも添えてある。
 黒豆は見つからなかったので、ふっくらした豆を甘く煮詰めて金時豆風にしてみた。
 カツオのタタキにホタテのステーキも美味しかった。
 ダンジョン産の美味しい蜂蜜を使った栗きんとんはかなりの自信作で、エドとアキラにも大好評だった。


 そんなわけで二人は現在、お節を摘みながら、のんびりと年始の挨拶を交わした後で、餅つきに取り掛かっている。
 本当は朝に雑煮を食べたかったのだが、年末までに用意が出来ず、正月早々の餅つきと相成っていた。

 エドは器用にすりこぎで餅米を潰し、よく捏ねてから突いていく。
 粒が消え、粘りが出てきたらナギの出番だ。米粉をまぶしたバットに中身を上げて、手早く餅を丸めていく。

「うちは母方の親戚が四国出身だから、丸餅なんだよね。お雑煮も白味噌だし」

 八割ほどの量をシンプルな丸餅に丸め、残りはあんこ入りの餅にした。つぶ餡とこし餡を半分ずつ。ナギはどちらも美味しく食べられるタイプなので。
 
「ちょっとだけ味見してみようか。エドはあん餅ときなこ餅どっちが良い?」
「俺はつぶ餡入りの餅がいい」
「じゃあ、私はこし餡にしようっと」

 つきたてのお餅は柔らかくてほんのり温かくて、とても美味しい。
 エドが丁寧についてくれたので、きめ細かくて滑らかな食感に仕上がっていた。

 年始にお餅を食べる楽しみを味わいたくて、ナギは食材ダンジョンで手に入れた餅米はおこわご飯にしか使っていなかったのだ。
 初めて食べる餅の食感に、エドは目を白黒させている。
 牙にひっついたようで、少しだけ焦っていたが、やがて奥歯でゆっくりと味わいながら噛み締めることを覚えて、幸せそうに咀嚼していた。

「美味いな、モチ」
「そうでしょう。シンプルに食べても美味しいけど、いろんなアレンジができるから、楽しみにしておいてね?」

 まずは昼食用のお雑煮作りだ。
 仔狼アキラから、実家の雑煮レシピを聞き出し、それぞれの家の雑煮を用意することにした。
 渚の実家は丸餅で白味噌味、具材はニンジンと大根のシンプルな雑煮。
 アキラの実家は角餅で出汁醤油味、具材は鶏肉や青葉にシイタケ、かまぼこなど多彩な雑煮だった。
 角餅が丸餅になったが、どうにかそれっぽく作れたと思う。
 一杯目は懐かしい味の雑煮、二杯目は相棒の家の味の雑煮を食べて、美味しいねと笑顔を交わした。


「本当はうちの実家のお雑煮、あん餅入りなんだよね」
『……マジですか? え、罰ゲーム?』

 小さく切った餅を入れた雑煮を美味しそうにはむはむ食べていた仔狼アキラがぎょっとする。

「失礼な。ちゃんと故郷の味です! ……まぁ、故郷でも最近はあまり食べないみたいだけど。我が家は一個目に普通の白餅、二個目はあん餅で食べていたんだよね」

 慣れると意外と美味しいのだ。
 丁寧に出汁をとった、優しい白味噌の風味に甘い餡はほど良い甘じょっぱさが癖になる、とナギは思っている。

「まぁ、たぶん全国でも屈指の変わりだね雑煮みたいだから、無理強いはしないけど」
『あー……結構ネタ扱いされてますもんね、あれ』
「職場で話題に困った時のテッパンネタだったわよね。お雑煮話は」
『ですねー。出身地もバラバラだから、面白かったですよ』
 
 隣の県なのに、具材がかなり違ったりして、レシピを聞くだけでも楽しかった覚えがある。

『センパイの母方の実家があん餅雑煮の県ということは、ひょっとして年越しそばは……』
「さすがに、お蕎麦だってば! まぁ、我が家は年明けうどんも堪能していたけど?」
『やっぱりか……! さすが、うどん県!』


 そんなわけで、夕食はうどんである。
 せっかくのつきたてお餅があるので力うどんにした。
 お出汁を丁寧に引いて、お祝いなので大きな海老の天ぷらも入れておく。
 一応、紅白にはなっているけれど、大根おろしと梅干しも添えて。

「美味い。贅沢なうどんだな」
「紅白で綺麗でしょ? 夜食はきなこ餅にする? それとも磯辺揚げがいいかな。シンプルに砂糖醤油で食べるのも好きなんだけど」
「アキラは大根おろし入りの出汁で食べたいと言っているな」
「おお、それも美味しそう!」

 どうせなら、色々な味を用意して、少しずつディップしながら食べるのも良いかもしれない。

「……餅とは、色々な食べ方があるのだな」
「そうなのよ! 美味しいアレンジレシピもたくさんあるから、今から作るのが楽しみだわ」

 餅とチーズや明太子、バターとのコラボもぜひエドに味わって欲しい。
 餅入りのお好み焼きやピザ、大福やチョコ餅、餅入りグラタンにあん餅パイ。
 きっとエドも気に入ってくれるに違いない。
 腹持ちが良くて、おかずにもおやつにもなる素晴らしいお餅だが。

「唯一の欠点が太りやすい、なのよね……」
「太りやすい?」
「そういうわけで、三が日があけたら、近場のダンジョンにしばらくこもるわよ、エド」
「え?」
「ダンジョンブートキャンプダイエットです」

 真顔のナギに、エドは賢く口を閉じ、そっと頷いてみせる。
 お餅は美味しいけど、太りやすい。
 またひとつ、エドは学んだ。
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