異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

211. パンケーキとアボカドサンド

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 デザートにはベーキングパウダーを使ってパンケーキを焼いてみた。
 大森林で採取したナッツとベリーを散らし、コンポートにした黄金林檎を添えてある。
 そこにドロップしたメープルシロップをたっぷりと回しかけた。
 パンケーキの皿をテーブルに並べていくと、ミーシャとラヴィルは目を見開き、こくりと喉を鳴らしている。
 パンケーキを凝視しながら、ミーシャが呟いた。

「これは禁断のスイーツ……!」
「楽しくて、つい盛り過ぎちゃったので、カロリーが恐ろしいデザートになりました。なので、これはおかわり禁止です」
「えぇっ?」
「そんな……おかわり、ダメなの?」

 潤んだ翡翠色の瞳で訴えられても、ナギはきっぱりと首を振った。

「ダメです。食べ過ぎると、太ってしまいます! 病気になるかもしれないし……」

 治癒魔法で糖尿病や虫歯が治るのかどうかは不明だが、ダイエットに効果がないことは確実だ。
 
(前世の記憶を取り戻した十歳の頃も、怪我や病気は治せたけど、栄養失調は治せなかったものね)

「それに、美味しい物は食べ過ぎずに、もうちょっと欲しいなってところで止めておいた方が、次回の楽しみにも繋がりますよ?」
「……つまり、また次回も作ってくれるってことかしら?」
「もちろん。お二人が食材ダンジョンの調査協力をして下さるなら、そのお礼も込めて、また作りますよ」
「絶対に同行するので、よろしくお願いします」

 上目遣いでおねだりしてくる白うさぎさんに頷いて見せると、エルフさんがそっとナギの手を握り締めてきた。

「ふふっ。了解です! さ、どうぞ。パンケーキを食べてください。遠慮していると、エドに食べられちゃいますよ?」
「ああっ! 絶対にダメよ、オオカミくん⁉︎  師匠の分は残しておきなさいよ?」
「パンケーキ、美味いぞ。いつもより、ふわふわの食感だ」

 おかわり禁止令に女性陣が騒いでいる間、エドはしれっとパンケーキを味わっていた。
 慌ててフォークを掴む二人をよそに、ナギものんびりとパンケーキを口にする。
 一口サイズに切って、メープルシロップをからめて、ぱくり。うん、美味しい。
 ナッツは小さく砕いて火に炙ってあるため、香ばしい。ラズベリーとブルーベリーの酸味もパンケーキには最適だ。

「蜂蜜も美味しいけれど、メープルシロップはパンケーキにぴったりね」

 花の蜜を集めた蜂蜜と違い、メープルシロップは樹液を煮詰めたもの。
 メープルシロップの方が甘さも控えめで、クセが少ないため、食べやすい。
 砂糖の代わりとして料理に使うなら、蜂蜜が最適だと思うが、お菓子に使うならメープルシロップが使いやすそうだった。

「ふぅ、美味しかった。次はバニラアイスにメープルシロップを垂らして食べたいかも」

 オレンジジュースにタンサンの実を入れた物を楽しみながら、ふと顔を上げて。
 ナギはそっと視線を逸らしてしまった。

「ナギ……」
「何も言わないで、エド」
「だが、師匠たちが」
「見なかったことにしましょう。あと、意識が戻ってくる前に速やかに撤収!」
「分かった」

 すっかりパンケーキの虜になったミーシャとラヴィルがうっとりとメープルシロップを指ですくって舐めている間に、愛弟子二人はそっと家を抜け出した。
 隣接する宿へと急いで移動する。
 遅い時間のため、宿には灯りがない。
 ランタンを取り出そうか迷うナギを、エドはひょいっと抱きかかえると、階段を駆け上がった。

「部屋に着いたぞ」
「ありがと、エド……。急に抱え上げられて、ビックリした」
「すまない。急いだ方が良いと思って」

 ミーシャが提供してくれた部屋は、以前二人が使っていた馴染みの部屋だ。
 ほっと息を吐きながらも、しっかりと部屋の鍵を掛けた。

「さすがに、あの二人でも宿の部屋までは押し掛けて来ないよね……?」
「そうだな。明日は早めにここを出よう」
「ん。早く我が家でのんびりしたいわ」

 ダンジョン都市に戻って、骨休めが出来たのは一日だけなのだ。
 一ヶ月以上、放置していた庭の様子も気になる。
 魔獣避けの簡易結界の魔道具は発動させておいたが、さすがに魔力を使い切っていたようで、鳥や獣に荒らされた跡があったのだ。

「野菜を荒らしたのは、シカやイノシシだろう。足跡は小さかったから、普通の獣だ。果樹は小鳥だな。ベリーは完熟したのを狙ってやられていた。賢いな」
「動物って、ちゃんと一番美味しい収穫時を理解しているわよね」

 食べられてしまったものは仕方ない。
 幸い、野菜の在庫はそれこそ売るほどあるし、果樹は木が損なわれていないなら、特に問題もないだろう。
 果実を摘んだ小鳥が種を運んでくれるので、何処かでベリーが増えるのは大歓迎だ。

「水蜜桃は収穫しておいたから被害なし。レモンは……全然被害がなかったわよね?」
「小鳥やシカも寄りついた様子はないな。どころか、虫もついていなかった」
「レモンって虫除けの効果もあったのねー……」

 虫嫌いのナギには朗報だ。
 家の周りにレモンの木を増やそう、と心に決める。

「あ、そう言えば。食材ダンジョンで手に入れたアボカドの種も植えてみたいな。育てるのが難しいって聞いたことがあるけど、栄養があって美味しい野菜だから」
「だが、またハイペリオンダンジョンにギルドの連中を連れて行かないといけないのだろう? 育てるのは、落ち着いてからが良くないか」
「そうだったわね……。ん、でも植木鉢に種を植えて、しばらくは様子見したいから【無限収納EX】で持ち歩くことにする」

 明日からの予定を決めて、今日のところはこのまま休むことにした。
 いつものように部屋の中の家具をナギの【無限収納EX】に片付けて、クイーンサイズのベッドを取り出す。
 仔狼に変化したアキラがてちてちと歩み寄って来たので、そっと抱き上げた。
 心地良い温もりを抱き締めると、すぐに睡魔に絡め取られる。

『センパイ、眠そうですね』
「んー…ちょっと疲れた、かも……」
『じゃあ、寝ましょう。おやすみなさい』

 鼻先をペロリと舐められると、ナギはふにゃりと微笑みながら、意識を闇に滑り込ませた。


◆◇◆


 翌朝、一の鐘が鳴る前に二人は『妖精の止まり木』からこっそりと抜け出した。
 ちょうど顔見知りの冒険者がいたので、ミーシャ宛の手紙と宿代を預けておく。
 
(また次回作るとは言ったけど、今日じゃないものね!)

 さすがに毎日パンケーキ作りをねだられるのは面倒だ。
 ふわふわのパンケーキと甘いメープルシロップの他にも、炭酸入りのオレンジジュースにも衝撃を受けていたようだし、二人ともハイペリオンダンジョンのドロップアイテムや採取品に対して高評価を付けてくれるだろう。

「師匠たちの推薦で、ハイペリオンダンジョンの価値を認めて貰えれば、人気のダンジョンにならないかしら?」
「稼げるダンジョンだと判定されれば、周辺の開発費用も出ると聞いたことがあるが……」
「稼げるかどうかは謎ね。美味しいのは確実なんだけど……」
「師匠たちみたいに、美食家グルメな冒険者は釣れるんじゃないか?」
「そうだと良いんだけど」

 ゴーレム馬車を走らせて、ようやく自宅に帰ることが出来た。
 慌てて宿を出たので、朝食も済ませていない。切なく腹を鳴らすエドのために、大急ぎで朝食を用意する。
 
「ここしばらく和食が続いたから、今朝はサンドイッチにしよう」

 種から育ててみたいので、アボカドを使うことにした。
 生海老をガーリックオイルで炒め、小さく切り分けたアボカドとマヨネーズで和える。
 そこにレモン汁と黒胡椒を加えただけの、簡単な具材を食パンで挟んで完成。

「シンプルだけど美味しい!」
「ん、ねっとりとした……不思議な食感だな。味は良く分からないが、海老マヨとの相性は良さそうだ」
「色んな食べ方が出来るから、色々と試してみたら良いよ。アボカドのディップなんてクラッカーやパンに添えて食べると美味しいんだから!」
「ん、楽しみにしている」


◆◇◆


 コンソメスープとサンドイッチで軽く朝食を済ませると、二人は庭に向かった。
 エドは荒れた畑の手入れに、ナギはアボカドの種を植えるために。
 アボカドの種は浄化魔法で綺麗にぬめりを取った。
 植木鉢を【無限収納EX】から取り出すと、土魔法で腐葉土を作り出す。

「アボカドの育て方なんて知らないし、とりあえずは種から苗になるまで植木鉢で育てることにしよう……」

 アボカドの種を植木鉢に植えて、そっと土をかぶせてやる。
 エルフのミーシャに教わった通り、水魔法でたっぷりと土を湿らせ、光魔法で成長を促してやった。

「お? 芽が出てきた……?」

 小さな緑の芽がぴょこりと土の合間から顔を覗かせる。成功だ。
 芽吹くために水分がたっぷり必要だったらしく、土が乾いていたので、慌てて水魔法でたっぷりと湿らせてやった。

「そう言えば、アボカドの栽培には水がたくさん必要だって聞いた覚えがある……」

 水魔法でたっぷり用意が出来るので、水の心配は不要。南国なので、基本的に常夏。
 アボカドの栽培にはダンジョン都市は意外と向いているかもしれなかった。
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