151 / 312
〈冒険者編〉
217. 好き嫌いとは少し違う
しおりを挟む「海鮮親子丼美味しい……」
「……っ…!」
ほうっとナギがため息を吐く横で、エドは無言で丼を持ち上げて、掻き込むようにして食べている。
言葉もなくがっついている様子から、よほど口に合ったのだろう。
川に遡上して産卵する鮭の身は痩せ細り、あまり美味しくはないと、前世の記憶ではあったが、このダンジョン内の生き物はたっぷりと魔素を孕んでいるおかげか、卵も親もどちらも美味しかった。
ちゃんと脂も乗っており、身も詰まっている。そして、魚卵も艶々で栄養たっぷりだ。
舌で潰すとぷつりと弾けるイクラは酢飯との相性も抜群だ。
「筋子の塩漬けも美味しいけど、イクラの醤油漬けはやっぱり格別よねー」
大好物のイクラは、前世日本では贅沢品だった。
なので、渚は生筋子を購入して自分でイクラの醤油漬けを作って食べていた。
生筋子は閉店寸前に半額になる魚屋でギリギリまでねばって購入していた記憶がある。
イクラの醤油漬けは冷凍保存が出来たので、安い時期に大量に購入するのだ。
塩を入れたぬるま湯で生筋子を丁寧に洗いほぐし、膜の切れ目に指を入れて裏返すとばらけやすい。
意外と潰れにくいので、渚は親指の腹で扱いたり、目の粗いザルを使ってこそげ取ったものだ。
卵を取り出したら、白っぽい薄皮や血合いを丁寧に取り除き、ザルで水あげする。
水分を切ったら調味液に漬けておくだけなので、とっても簡単。
「食材ダンジョンで手に入ったからねー。薄口の醤油とみりん、あとは日本酒を混ぜた調味液! まだちょっと浅い時間だけど、充分美味しく漬かったみたいね」
丼サイズの深皿にいっぱい、魔道冷蔵庫で冷やしてある。
朝食の時間には、ほどよく味も染みていることだろう。
「朝からイクラご飯。なんて贅沢……!」
「んっ、いいと、思う」
もぐもぐと美味しそうにおかわりした海鮮丼を食べながら、エドが相槌を打ってくる。
のんびりしていたら、用意しておいたサーモンとイクラが食べ尽くされそうだ。
ひとまずは、この美味しい海鮮親子丼に集中することにした。
「あっ、汁物を出すのを忘れていたわ!」
サーモンイクラ丼に夢中になるあまり、せっかく作った味噌汁を忘れてしまっていた。
小鍋を二つテーブルに出すと、エドが首を捻っている。
「二種類あるのか?」
「うん。食べたくて作ってみたんだけど、ちょっと特殊な食材だから。エドが食べられないかもと思って……」
「好き嫌いはあまり無い方だが」
戸惑うエドに鍋の中身を見せてみた。
片方はサーモンのアラ汁だ。小葱を散らして食べると美味しい。
もう片方が問題で、ナギはそっとエドを上目遣いで伺った。
「えーと、こっちも味噌汁なんだけど、サーモンの白子を具にしています」
「しらこ……」
「アキラに聞けば分かると思う」
「…………しら、こ?」
聞いてみたのだろう。
顔色があまり良くない。そっと小鍋から視線を逸らしている。
「それは……食べ物、なのか?」
「食べ物です。そこそこ高級品です」
「ニホン……っ!」
低く呻く少年の様子から、やはりダメだったかと苦笑するしかない。
「ほら、無理に食べなくて良いから。エドはアラ汁をどうぞ」
「すまない……まだ勇気が出ない」
「だから、無理して食べなくて良いってば! 白子料理はね、日本人でも苦手な人が結構いるしね?」
「そうなのか……。その、ナギは平気なのか?」
気遣わしげな視線を向けられてしまった。
「平気どころか、美味しく頂いちゃうわよ? 鮭の白子よりは鱈の白子が好物だけど」
ナギはお椀を持ち上げて、白子入りの味噌汁をじっくりと堪能する。
「うん、美味しい。白子自体に味はほとんどないのよ? 楽しむのは、この食感かな。ふわふわっとした舌触りが堪らないのよねー」
「食感……」
「ウニやカニ味噌みたいに、ちょっとクセがあるけど、ハマると美味しいのよ。味噌汁も好きだけど、さっと茹でてポン酢と大根おろしで食べるのが大好き!」
シンプルだけど、ぷりぷりの食感が堪らないのだ。
「白子は天ぷらも美味しいのよね。衣はさっくり、中身はトロっとしていて。フォアグラに近いかも」
「フォアグラ……アキラがめちゃくちゃ美味しいと訴えてきている」
「お、アキラはフォアグラが好きなのねー。なら、白子もイケそうだけど、こればかりは生理的に受け付けるかどうかだものね」
「そうだな」
真顔でエドが頷いている。そんなにか。
無理して食べさせるつもりは毛頭ないが、少しもったいない。
「クリームと合わせてグラタンやパスタにしても美味しいんだけどなー。ムニエルやフライにしても絶品! ……やだ、食べたくなってきちゃった……」
捕獲したサーモンにはオスもたくさんいたから、白子も大量に確保してある。
自宅に帰ったら、色々と作ってみよう。
「ミーシャさんやラヴィさんも好きそうよね。お酒のお供に最高だし。今度、ご馳走してあげよう」
ウキウキしながら提案すると、エドが小声で「ほどほどにな……?」と囁いた。
◆◇◆
「美味しかったねー。サーモンとイクラ、どっちもたくさん確保したから、しばらく楽しめそうよ」
「ああ。素晴らしかった。醤油漬けにしたイクラがあんなに美味いとは」
「ふふっ、みりんと日本酒のおかげで、醤油だけで味わうよりも深みとまろやかさが加わって食べやすくなるのよね」
あまりの美味しさに、つい食べ過ぎてしまった。
さすがに今夜はデザートはおあずけだ。
椰子の木に吊るしたハンモックに揺られながら、のんびりと食休み中。
「イクラの醤油漬けはおにぎりの具にしても美味しいんだよ?」
「! ナギ、明日の朝食は」
「はいはい。具沢山のおにぎりとお味噌汁にしましょう。海ダンジョンでの収穫物はおにぎりと相性が良いし」
シーサハギンの宝箱に入っていた、昆布や鰹節、マグロのおかげでしばらくは具材に困りそうにない。
魚のアラもたっぷり手に入ったので、アラ汁も楽しめる。大根と一緒に煮付けて食べるのも良さそうだ。
食材ダンジョンでゲットした、みりんや日本酒、お酢が大いに役立つことだろう。
「さて、目当ての品は確保したし、明日には帰りましょうか?」
「そうだな。三十階層のリトルクラーケンに挑戦したいところだが、イカはたくさん獲ったからな……」
「うん。イカもタコも在庫はたくさんあるわね。しばらくシーフード祭りが出来そうなくらい」
「シーフードは美味いが、肉も食いたい」
二泊三日、ずっと海産物を食べていたので、さすがに少し飽きたらしい。
「ふふっ。分かってるわよ。明日はとっておきのハイオーク肉を食べましょう」
「カツが良い」
「了解! ハイオークカツね」
ナギに否やはない。
トンカツならぬオークカツは育ち盛りの身には最適のご馳走だ。
「じゃあ、明日の午前中に果物を採取してから、のんびり帰ろっか」
「ああ。昼前なら南のギルドも空いているだろう」
この二泊三日の海ダンジョンキャンプでは、シーサハギンの宝箱やビッグシェルの大粒真珠、魔石も大量に入手できた。
金貨何枚分の儲けになるか、今から楽しみだった。
1,207
あなたにおすすめの小説
【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。