異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

217. 好き嫌いとは少し違う


「海鮮親子丼美味しい……」
「……っ…!」

 ほうっとナギがため息を吐く横で、エドは無言で丼を持ち上げて、掻き込むようにして食べている。
 言葉もなくがっついている様子から、よほど口に合ったのだろう。
 川に遡上して産卵する鮭の身は痩せ細り、あまり美味しくはないと、前世の記憶ではあったが、このダンジョン内の生き物はたっぷりと魔素を孕んでいるおかげか、卵も親もどちらも美味しかった。
 ちゃんと脂も乗っており、身も詰まっている。そして、魚卵も艶々で栄養たっぷりだ。
 舌で潰すとぷつりと弾けるイクラは酢飯との相性も抜群だ。

「筋子の塩漬けも美味しいけど、イクラの醤油漬けはやっぱり格別よねー」

 大好物のイクラは、前世日本では贅沢品だった。
 なので、渚は生筋子を購入して自分でイクラの醤油漬けを作って食べていた。
 生筋子は閉店寸前に半額になる魚屋でギリギリまでねばって購入していた記憶がある。
 イクラの醤油漬けは冷凍保存が出来たので、安い時期に大量に購入するのだ。
 塩を入れたぬるま湯で生筋子を丁寧に洗いほぐし、膜の切れ目に指を入れて裏返すとばらけやすい。
 意外と潰れにくいので、渚は親指の腹で扱いたり、目の粗いザルを使ってこそげ取ったものだ。
 卵を取り出したら、白っぽい薄皮や血合いを丁寧に取り除き、ザルで水あげする。
 水分を切ったら調味液に漬けておくだけなので、とっても簡単。

「食材ダンジョンで手に入ったからねー。薄口の醤油とみりん、あとは日本酒を混ぜた調味液! まだちょっと浅い時間だけど、充分美味しく漬かったみたいね」

 丼サイズの深皿にいっぱい、魔道冷蔵庫で冷やしてある。
 朝食の時間には、ほどよく味も染みていることだろう。

「朝からイクラご飯。なんて贅沢……!」
「んっ、いいと、思う」

 もぐもぐと美味しそうにおかわりした海鮮丼を食べながら、エドが相槌を打ってくる。
 のんびりしていたら、用意しておいたサーモンとイクラが食べ尽くされそうだ。
 ひとまずは、この美味しい海鮮親子丼に集中することにした。

「あっ、汁物を出すのを忘れていたわ!」

 サーモンイクラ丼に夢中になるあまり、せっかく作った味噌汁を忘れてしまっていた。
 小鍋を二つテーブルに出すと、エドが首を捻っている。

「二種類あるのか?」
「うん。食べたくて作ってみたんだけど、ちょっと特殊な食材だから。エドが食べられないかもと思って……」
「好き嫌いはあまり無い方だが」

 戸惑うエドに鍋の中身を見せてみた。
 片方はサーモンのアラ汁だ。小葱を散らして食べると美味しい。
 もう片方が問題で、ナギはそっとエドを上目遣いで伺った。

「えーと、こっちも味噌汁なんだけど、サーモンの白子を具にしています」
「しらこ……」
「アキラに聞けば分かると思う」
「…………しら、こ?」

 聞いてみたのだろう。
 顔色があまり良くない。そっと小鍋から視線を逸らしている。

「それは……食べ物、なのか?」
「食べ物です。そこそこ高級品です」
「ニホン……っ!」

 低く呻く少年の様子から、やはりダメだったかと苦笑するしかない。

「ほら、無理に食べなくて良いから。エドはアラ汁をどうぞ」
「すまない……まだ勇気が出ない」
「だから、無理して食べなくて良いってば! 白子料理はね、日本人でも苦手な人が結構いるしね?」
「そうなのか……。その、ナギは平気なのか?」

 気遣わしげな視線を向けられてしまった。
 
「平気どころか、美味しく頂いちゃうわよ? 鮭の白子よりは鱈の白子が好物だけど」

 ナギはお椀を持ち上げて、白子入りの味噌汁をじっくりと堪能する。

「うん、美味しい。白子自体に味はほとんどないのよ? 楽しむのは、この食感かな。ふわふわっとした舌触りが堪らないのよねー」
「食感……」
「ウニやカニ味噌みたいに、ちょっとクセがあるけど、ハマると美味しいのよ。味噌汁も好きだけど、さっと茹でてポン酢と大根おろしで食べるのが大好き!」

 シンプルだけど、ぷりぷりの食感が堪らないのだ。

「白子は天ぷらも美味しいのよね。衣はさっくり、中身はトロっとしていて。フォアグラに近いかも」
「フォアグラ……アキラがめちゃくちゃ美味しいと訴えてきている」
「お、アキラはフォアグラが好きなのねー。なら、白子もイケそうだけど、こればかりは生理的に受け付けるかどうかだものね」
「そうだな」

 真顔でエドが頷いている。そんなにか。
 無理して食べさせるつもりは毛頭ないが、少しもったいない。

「クリームと合わせてグラタンやパスタにしても美味しいんだけどなー。ムニエルやフライにしても絶品! ……やだ、食べたくなってきちゃった……」

 捕獲したサーモンにはオスもたくさんいたから、白子も大量に確保してある。
 自宅に帰ったら、色々と作ってみよう。

「ミーシャさんやラヴィさんも好きそうよね。お酒のお供に最高だし。今度、ご馳走してあげよう」

 ウキウキしながら提案すると、エドが小声で「ほどほどにな……?」と囁いた。


◆◇◆


「美味しかったねー。サーモンとイクラ、どっちもたくさん確保したから、しばらく楽しめそうよ」
「ああ。素晴らしかった。醤油漬けにしたイクラがあんなに美味いとは」
「ふふっ、みりんと日本酒のおかげで、醤油だけで味わうよりも深みとまろやかさが加わって食べやすくなるのよね」

 あまりの美味しさに、つい食べ過ぎてしまった。
 さすがに今夜はデザートはおあずけだ。
 椰子の木に吊るしたハンモックに揺られながら、のんびりと食休み中。

「イクラの醤油漬けはおにぎりの具にしても美味しいんだよ?」
「! ナギ、明日の朝食は」
「はいはい。具沢山のおにぎりとお味噌汁にしましょう。海ダンジョンでの収穫物はおにぎりと相性が良いし」

 シーサハギンの宝箱に入っていた、昆布や鰹節、マグロのおかげでしばらくは具材に困りそうにない。
 魚のアラもたっぷり手に入ったので、アラ汁も楽しめる。大根と一緒に煮付けて食べるのも良さそうだ。
 食材ダンジョンでゲットした、みりんや日本酒、お酢が大いに役立つことだろう。

「さて、目当ての品は確保したし、明日には帰りましょうか?」
「そうだな。三十階層のリトルクラーケンに挑戦したいところだが、イカはたくさん獲ったからな……」
「うん。イカもタコも在庫はたくさんあるわね。しばらくシーフード祭りが出来そうなくらい」
「シーフードは美味いが、肉も食いたい」

 二泊三日、ずっと海産物を食べていたので、さすがに少し飽きたらしい。

「ふふっ。分かってるわよ。明日はとっておきのハイオーク肉を食べましょう」
「カツが良い」
「了解! ハイオークカツね」

 ナギに否やはない。
 トンカツならぬオークカツは育ち盛りの身には最適のご馳走だ。

「じゃあ、明日の午前中に果物を採取してから、のんびり帰ろっか」
「ああ。昼前なら南のギルドも空いているだろう」

 この二泊三日の海ダンジョンキャンプでは、シーサハギンの宝箱やビッグシェルの大粒真珠、魔石も大量に入手できた。
 金貨何枚分の儲けになるか、今から楽しみだった。

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