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〈冒険者編〉
218. 新商品の提案
しおりを挟む「思ったよりも稼げたわね」
「そうだな。とびきりの贅沢をしなければ、二ヶ月は余裕で暮らせそうな額だった」
南の冒険者ギルドを後にした二人は弾むような足取りで家路を急ぐ。
海ダンジョンで入手した物は、食材以外は全て買取りをお願いした。
シーサハギンの宝箱や大粒の真珠、ブラウンキラーベアの素材など。
魔石もそれほど大きな物はないが、大量に手に入ったので全て放出した。
金貨二十枚以上の儲けになったので、二人ともご機嫌だ。
二泊三日の食材確保ツアーのつもりだったので、思ったよりも稼げて嬉しかった。
「シーサハギンのお宝は稼ぐにはもってこいよね」
「ビッグシェルの真珠も査定担当者が大喜びしていた」
「そう言えば、ビッグシェルの真珠はドロップ率がそんなに良くなかったんだっけ」
「ナギのスキルのおかげで、うちのドロップ率は100%だがな」
「美味しい貝柱が欲しかっただけなんだけど、真珠の副産物はありがたいわね」
意外だったのは、帝国金貨が高く売れたことか。
この世界では金貨だけは他国発行の物であっても額面通りの金額で使えるものだと書物からの知識で理解していたので、まさか二倍の値が付くとは思わなかった。
帝国金貨には皇帝の肖像が描かれている。代替わりする度に鋳潰され、新たな皇帝の顔が刻まれるらしい。
今回、シーサハギンの宝箱から出た帝国金貨は三代前の皇帝の肖像が描かれた物で蒐集家に人気の希少な品だったようだ。
どこにでもマニアはおり、気前良く支払ってくれるらしい。
「帝国製のティアラや指輪も高く買い取ってもらえたし。今日はちょっとだけ贅沢したい気分!」
「ハイオークのトンカツは贅沢品だぞ?」
「そうだけど、どうせならもっと贅沢してみたくない? たとえば、カツカレーとか」
「ハイオーク肉を使ったカツカレーだと……?」
エドがひゅっと息を呑んだ。
琥珀色の瞳を見開くようにして、ナギを凝視する。
一言も聞き漏らすまいと、狼耳がこちらに向けられて、ぴんと立っていた。
「いや、そんなに驚くようなこと?」
「だって、あれほどスパイスを切り詰めて使っているナギが!」
「そりゃ、気兼ねなく使っていたら、あっという間に使い切っちゃうもの。カレーは美味しいし」
ナギもエドも健啖家だ。
冒険者は大抵が良く食べる方だが、魔法やスキルを使うと、どうしても腹が空くので仕方がない。
ついでに二人とも、まだまだ食べ盛り。
随分と成長したエドだけでなく、ほっそりとした肢体の持ち主であるナギでさえ、成人男性二人前の食事をぺろりと平らげる。
現役の高ランク冒険者であるラヴィルなど、五人前は余裕だ。
なぜか、引退しているはずの元冒険者のミーシャも五人前を涼しい表情で完食するが。
「寸胴鍋いっぱいに作ったカレーでも、一日しかもたないもの。二日目以降のカレーが美味しいのに……」
「すまない。だが、カレーが旨すぎて我慢できる自信はない」
「正直でよろしい」
お昼に仕込んだカレーは昼食と夕食の二回で綺麗に完食される。
飽きないようにナンを添えたり、カレーライスにしたり、カレーうどんにメニューを変えて出すようにしているが、どれもエドの好物で。
もちろんナギも自分が食べたくて作っているため、遠慮なく口にした。
大きめサイズの特注寸胴鍋で作るカレーは二十皿分はあったはずだが、その日の内に二人と一匹の腹に綺麗に収まってしまう。
(カレーは飲み物。知ってた)
そして、エドの大好物であるオークカツ。その上位種であるハイオーク肉を使ったカツとカレーの夢のコラボ。
この日のカレーも秒で消えたのは言うまでもない。
◆◇◆
こっそりと確保しておいたカレー三人前を、ナギは朝食で提供した。
朝カレーである。さすがにオークカツはなく、普通のカレーライスだ。
テーブルに並べる前に別の鍋に移し替えて、死守した二日目のカレーの美味しさにエドは衝撃を受けていた。
「うまい……。昨日のカレーも美味かったが、なんだ……? 舌触りが変化している気がする」
「美味しいでしょ? 二日目のカレーは野菜やお肉の旨味が増えるみたいなのよね。ジャガイモが溶けて、とろみと甘みが増して、コクが深まるって聞いた覚えがあるわ」
鍋ごと魔道冷蔵庫で冷やしておいたので、まろやかになったカレーは絶品だった。
量が少ないため、二人と一匹それぞれが一杯ずつしか食べられなかったが、二日目のカレーの良さはエドにしっかりと伝わったようだ。
「この旨さをまた味わいたいから、次のカレーはちゃんと翌日分を残すことにする……」
悲壮な表情でそう宣言していた。
うん、さすがに食べ過ぎだったから、改善してもらえるなら良し。
仔狼も大喜びで朝カレーを堪能した。
食後のハーブティーを楽しむナギにエドが訊く。
「今日の予定は?」
「ドワーフ工房のミヤさんのところへ発注に行く予定よ」
「アレを頼むのか」
「うん。アキラにも協力してもらったし、売れると思うのよね」
「売れると思う。特に冒険者に。野営が続く商人たちにも」
「そうだと良いわね。エドも行く?」
「もちろん。俺はナギの護衛だからな」
頼もしい言葉に、ナギは口許を綻ばせた。
◆◇◆
「面白いね。さっそく試作してみるよ」
ナギが手掛けた新商品の図解を、ハーフドワーフのミヤが興味深そうに眺めた。
複雑な作りの物は無いので、数日で試作品は完成させる、とミヤが請け負ってくれたのでホッとする。
「なら、食材ダンジョンに発つ前には間に合いそうね。良かった」
「また出掛けるのかい?」
「はい。一ヶ月か、……二ヶ月くらい?」
自信なげにナギは首を傾げた。
そう言えば、はっきりとは日数を確認していなかった。
明日はギルドマスターとの面会日なので、詳細はそこで教えてもらえるはず。
「なんだい、あやふやだね。まぁ、冒険者なんてそんなものか。怪我しないように気を付けて行っておいで」
「はーい」
「……それにしても面白い発想だねぇ。野営に便利な調理道具シリーズか。これはエドが言うように売れそうだ」
「先日、初めて護衛任務を受けた時に思い付いたんです。私みたいに収納スキル持ちじゃない冒険者の人たちの需要がありそうだなって」
今回、ナギが工房に依頼したのは、前世で見かけていたキャンプツールだ。
小鍋にもフライパンにもなるクッカーは持ち手を取り外しできるように。
シェラカップはリュックにぶら下げておけるので、便利だと思う。
折り畳み式の調理ナイフやスプーン、フォークも提案しておいた。
無くてもどうにか過ごせるが、あれば便利で快適な品がキャンプツールだ。
「ナギの調理器具と同じく、ダンジョン産の軽金属で作れば、重さも気にならないだろう。たしかに野営に特化した調理器具だね」
「多少は嵩張るんですけど、こう……一番大きなクッカーに外した持ち手やカトラリー類を収納すれば、スペースは取らないですよね?」
「うん、いい考えだ。このクッカーも大きさを変えれば幾つも重ねて持ち運べるね」
「そうなんですよ! 一人旅用とパーティ用と大きさを変えて売り出したら、それぞれ選べるし便利ですよね?」
スタッキング型にすれば、一つの容器に重ねられる。
クッカーは皿代わりにも使えるので、荷物を減らすことができるはず。
それに、木皿よりは軽金属の方が断然、軽いのだ。
「俺はシェラカップが便利だと思う。川の水を沸かして飲めるし、火に掛けられるから、カップでスープも作れる。冒険者連中は川の水をそのまま皮袋に詰めて飲むから、よく腹を壊すんだ」
「あれは危険よね。綺麗な湧き水もあるけど、ちゃんと沸騰して飲んだ方がいいもの」
自分たちには浄化魔法があるし、水魔法で綺麗な水を作ることができるが、収納スキルがなければ、安全な水の持ち運びは難しい。
低スキルレベルの水魔法で作る水は不純物が多すぎて不味いとも聞く。
「野営の際に温かい飲み物があれば、見張り番も辛くないとガーディも言っていた」
スキンヘッドの強面先輩冒険者、ガーディ。
面倒見の良い銀級冒険者の彼と護衛任務が一緒になった時に、キャンプツールをミヤに依頼しようと思いついたのだ。
食は大事だ。栄養はもちろん、温かくて美味しい食事は大きなエネルギーになる。
干し肉や堅パンだけの食事が続く旅は味気が無さすぎるだろう。
ナギが作ったシンプルなスープをうまいうまいと大喜びで食べていた彼らに、もっとマトモな食生活を送って欲しいと切実に思った。
「軽くて嵩張りにくくて、使いやすい野営用調理器具。ミヤさん、是非とも完成させてください」
好評だったら、ダッチオーブンや持ち運びができるミニサイズのバーベキューコンロなどを頼むのも良いかもしれない。
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