異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
157 / 308
〈冒険者編〉

223. 見張り番はスープと共に

しおりを挟む

 結界の魔道具は発動させたが、見張り番は交代で行うことになった。
 成人前の二人が最初の二時間の担当だ。
 あとは二人一組で交代しつつ、見張りをすることに決まった。
 
「ここの休憩所は人が多いから、野盗は滅多に出ないが」
「現れるとしたら、ゴブリンかウルフくらいね」
「手に負えないようなら、すぐに起こせ」

 少年少女がよほど頼りなく見えたのか。『黒銀くろがね』の連中が助言してくれる。
 師匠たちはこちらを気にすることもなく、さっさとそれぞれのテントや馬車に引っ込んでいった。
 信頼されているからこその態度だと思いたい。

「ナギは休んでおくか? 見張りは俺だけで充分だが」
「んー。せっかくだから、見張り番は頑張る。ついでに明日の仕込みをすれば、後で楽が出来るし」
「そうだな。なら、ナギが料理をしている間、俺が周囲を見張っておこう」
「うん、お願い」

 音を立てないように気を付けながら、ナギは【無限収納EX】から調理台や調理器具を取り出した。
 大鍋を焚き火に掛けておき、たっぷりのお湯を沸かしておく。
 
「ミネストローネも好評だったし、やっぱり具沢山のスープは野営と相性が良いメニューよね」
「ん、旨味が凝縮されていて、腹にたまるスープはありがたい。欲を言えば、もっと肉が食いたいが」
「うーん。スープにはパンかなって思ったけど、もしかして串焼き肉の方が良いのかな?」
「多分、みんなに聞いたら両方食いたいと言われると思う。ちなみに俺も両方食いたい」

 素直なエドにはご褒美のハーブティーを進呈する。眠気覚ましの効果のあるハーブを使った、さっぱりとしたお茶。
 食材ダンジョンで新しく見つけたハーブはミーシャ曰く、少し苦味があるが、気分がすっきりとする茶葉になるらしい。
 一口すすったエドの琥珀色の瞳が見開かれた。その理由は続けて味わったナギにもすぐに知れた。

「これ、緑茶の味に近いね。おいしい……」
「懐かしい味がする」

 ミーシャが言うほどに苦味は感じなく、むしろ爽やかな味わいだ。
 お茶に使ったハーブは発酵させずに、【乾燥ドライ】させた物を淹れてみたのだが、とても美味しい。

「冷やして飲んでも美味しそう。このハーブはダンジョンでたくさん確保しておきたいね」
「ああ。麦茶も嫌いじゃないが、緑茶は和食に合いそうだ」
「そうだね。お茶漬けも出来そう」

 海の幸はたっぷりあるのだ。
 食欲が落ちる真夏のご飯に、鮭茶漬けをさらりと掻き込むのも良さそうだと思う。

(まぁ、私たちはこれまで炎天下でも食欲が落ちたことはないけど)

 健康的な十代の胃腸はとっても頑強だ。
 それはそれとして、夏に食べる冷やした緑茶のお茶漬けは最高に美味しいと思う。

「美味しいと言えば、エドのパンも大好評だったね。どこで買ったパンなのかって『黒銀くろがね』の皆が真剣な表情で迫ってきた時にはびっくりしちゃった」

 特に、黒クマ獣人夫妻の迫力たるや!
 とって喰われるかと思うほどに怖かった。
 二人ともラヴィルの軽やかな蹴りで地面に倒されていたが。

はダメよ、コグマちゃんたち?』

 宝石みたいに綺麗なルビー色の瞳で冷ややかに見下ろすラヴィルに、リーダーのルトガーが慌てて頭を下げて、事なきを得たのだが。
 クマ二頭を秒で昏倒させる白ウサギさん凄すぎます。

「そのくらい、エドの食パンが美味しかったんだろうね?」
「いや、ナギのホットサンドが旨かったからだと思うが。……褒められるのは、まぁ悪くない気分だった」

 ハード系の固めなパンが主流なこの世界で、もちもち食感の日本風なパンは食べた皆に好評だった。
 特に肉食系の種族の獣人は固めの食べ物が好きだと聞いたが、やわらかなパンも口に合ったようである。

「明日は焼かずに、ふわふわのサンドイッチを出してあげようっと。きっと、またエドに群がるわね、皆」
「やめてくれ……」

 げんなりと肩を落とすエド。
 どこで手に入れたパンなのかと必死な様子の『黒銀くろがね』の連中にあっさりとエドが作ったパンだとバラしたのはミーシャだ。
 慌てたラヴィルがミーシャの口を塞いだのだが、時既に遅く。
 エドは四人にパンを譲ってくれと懇願されて、顔を引き攣らせていた。

「売り物じゃないと説明したが、それでもしつこかったな。今回の調査任務の間は食わせると約束したら、ようやく引き下がってくれたが」
「ふふ、おつかれ。でも、エドの作ったパンは美味しいもの。仕方ないわ」

 軽口を叩きながらも、ナギは調理の手を休めていない。
 沸騰した湯に半分に切った玉ねぎを投入して、くつくつと煮込んでいく。
 その傍らでボア肉を薄く切って、スライスしたニンニクと一緒にごま油で炒めた。
 良い匂いだ。少しばかり飯テロになってしまったようで、他の見張り番たちから恨めしそうな視線が投げかけられてしまう。
 申し訳ないが、気が付かないふりをして、スープ作りを続行する。
 ごま油風味のボア肉とニンニクを大鍋に移し、細切れにしたキャベツも投入する。
 肉を入れると灰汁が浮くので、こまめに掬い上げた。透明に近い、黄金色のスープになるよう、面倒だけど手を掛けていく。
 あとは焦げ付かないように弱火でじっくり煮込んでいくだけだ。

「コンソメスープを足して、お醤油と味醂、塩胡椒を少し。……うん、良い味」
「ん、ごま油が加わると途端に味が変わって面白いな」

 味見してくれたエドにも好評。
 半玉ねぎがとろっとろに蕩けた頃がいちばん美味しいので、お玉で時折鍋の中身を混ぜながら、夜晩をこなしたナギだった。


◆◇◆


 仔狼アキラを抱っこして、テントで眠りについたナギは、ぺちぺちと頬を肉球で押されて目が覚めた。

『おはようございます、センパイ。朝ですよー』
「んー……もう朝かぁ……」

 手を伸ばして、きゅっとポメラニアンサイズのオオカミを抱き締める。
 相変わらずの、素晴らしい毛並みにうっとりしつつ、その後頭部に顔を埋めた。

「おはよ、アキラ」
『もう、寝惚けてないで! 誰かが起こしに来ちゃいますよ?』
「それはたいへん。着替えなきゃ」

 どうにか体を起こして、慌てて服を着替える。仔狼アキラも衝立の向こうに歩いて行った。
 皮鎧を装着し、邪魔な髪を無造作にまとめようとしたところで、優しい手付きで遮られる。

「髪は俺が整えよう」
「エド、おはよう」
「おはよう。よく眠れたようだな」
「ん。ぐっすり眠れたわ。やっぱりアニマルセラピーは効くわね」
「……そうか」

 複雑そうな表情のエドだったが、本日も器用にナギの髪を丁寧に編み込んでくれた。
 三つ編みにしたサイドの髪を後ろでまとめ、お団子にする。少ない数のピンできっちりと留めてしまうのが凄いと思う。
 いつもはリボンを飾ってくれるが、さすがに冒険者活動中は自粛。
 それでも、充分に可愛らしい髪型に仕上がった。
 
「ありがとう、エド! 今日もすっごく可愛いく仕上がったわ」
「どういたしまして。そろそろ行こう」

 上機嫌でテントから出ると、設置したまま【無限収納EX】に片付けた。
 さて、朝食の準備だ。
 振り返ると、ちょうどテントから出てきたところの『黒銀くろがね』の弓士、キャスが目を見開いていた。

「おはようございます、キャスさん?」
「あ、ああ……おはよう、ナギ。ごめんなさい、貴方の規格外の収納スキルにあらためて驚いてしまって」
「まさかテントを畳まずに、そのまま収納するとは。便利だが、圧迫されないのか」

 リーダーのルトガーは少し呆れた表情だ。
 ナギはにこりと何でもないことのように笑って誤魔化した。

「ちょっとばかり、他の人よりも魔力量が多いのが自慢なんです、私」
「ナギ、腹が空いた」

 二人の前に割り込むと、エドがナギの手を引いて開けた場所まで連れて行ってくれた。
 ありがと、と小声でお礼を言うと、ナギは張り切って朝食の準備に取り掛かった。


◆◇◆


「あのスープ、とっても美味しかった……」
「とろとろに溶けた玉ねぎって、あんなに甘くなるのね。よーく煮込まれたボア肉も柔らかくて絶品だった。野菜が多いのに美味しいスープ……」

 馬車の座席に乗り込んだ師匠二人はまだ朝のスープの余韻に浸っていた。
 味付けはかなりシンプルだが、長時間煮込んだ滋味豊かなスープはお腹にも優しいし、何より美味しいのだ。

「私はスープも好きですが、サンドイッチが最高に美味しかったわ! 昨夜のホットサンドが一番だと思っていたけど、ふわふわのパンがあんなに美味しいなんて」

 馭者席に座るキャスも興奮に頬を染めながら、朝食を絶賛してくれた。
 ちなみに今朝のメニューは昨夜、見張り番をしながら煮込んだ具沢山スープとサンドイッチ。
 マヨネーズで和えたゆで卵のフィリングとレタス、生ハムを具にしたシンプルなサンドイッチだったが、こちらも大好評だった。

「今回の特別任務、受けて本当に良かったわ。一カ月のダンジョン調査も、ナギの料理とエドのパンがあれば全力で挑めそうよ」
「そうね、二人がいれば三食オヤツ、全てが豪勢になるから!」
「ラヴィさん、ダンジョンでもオヤツをねだる気なんです?」
「なんならオヤツは十時と三時、あと夜食も追加してくれても構いませんよ」
「ミーシャさん……」

 自分たちの作った物を気に入ってもらえたのは嬉しいが、さすがに大喰らいの一日六食を人数分用意するのはキツい。
 だが───

「……私の欲しい食材や調味料をたくさん集めて下さったら、オヤツは作っても良いですよ?」
「「「「!」」」」

 なぜか、エドまでハッとした表情をしてナギを凝視してきた。馬車の外で併走していた馬上の三人も真剣な表情だ。

(いや、危ないので馭者席合わせて四人とも前を見てください!)

 やる気に満ちた皆を眺めて、今回も大量の食材が手に入りそうだと、ナギも口許を綻ばせていた。



◆◆◆

更新が遅くてすみません…!
ゴールデンウィークあっという間すぎる……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉が美人だから?

碧井 汐桜香
ファンタジー
姉は美しく優秀で王太子妃に内定した。 そんなシーファの元に、第二王子からの婚約の申し込みが届いて?

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

転生者だからって無条件に幸せになれると思うな。巻き込まれるこっちは迷惑なんだ、他所でやれ!!

ファンタジー
「ソフィア・グラビーナ!」 卒業パーティの最中、突如響き渡る声に周りは騒めいた。 よくある断罪劇が始まる……筈が。 ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。