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〈冒険者編〉
222. ミネストローネとホットサンド
しおりを挟む荷物なし、冒険者のみでの移動は、前回のエイダン商会の護衛任務と比べて倍の速度で進んでいる。
荷物が軽いことも大きな理由のひとつだが、休憩の度にナギとミーシャが交代で馬に【回復魔法】を掛けていることも大きい。
【回復魔法】は【治癒魔法】より緩めの初期魔法だ。怪我や病気を治すことは出来ないが、疲労を軽減出来るので、地味に便利な魔法だと思う。
たくさん走ってくれた馬たちに水を与え、砂糖を舐めさせて労ってやったので、ご機嫌で駆けてくれていた。
何度かの休憩を挟みつつ、順調に馬を走らせて、初日は街道途中にある広場で野営をすることになった。
「ナギ、荷物を出してくれるか」
「はーい! 『黒銀』の皆さんの荷物は纏めてここに置いておきますね」
リーダーのルトガーにお願いされ、皆の荷物を【無限収納EX】から取り出していく。
広場には何組か、商人らしき馬車と冒険者グループを見かけた。ルトガーは律儀に一組ずつ挨拶に出向いている。
その間、『黒銀』の他のメンバーは慣れた手付きでテントを組み立てていた。
ポップアップ式の魔道テントではないが、しっかりとした造りの四人用テントで天幕に近い。
「私たちもテントを張りましょう」
ミーシャに促され、ナギもテントを設置する。持っているのは辺境伯邸から持ち出してきた魔道テント。
さすがに、いつもの立派なテントは遠慮して、小型テントを出した。
とは言え、魔道具なため、空間拡張機能付きで中はゆったりとしている。
あらかじめ寝具等は設置しておいたので、あとは結界用の魔道具を発動させるだけだ。
「俺がやっておく」
「ありがとう、エド」
念のため、テント用ともう一つ広範囲の結界の魔道具も渡しておく。
馬や馬車に何かがあっても困るので、防御は念入りに。
黙々とテントを張るミーシャに気付き、ナギは手伝いに向かった。
支柱を何本も重ねて縛り付け、そこを起点に張るタイプのテントで、縦長三角形デザインが可愛らしい。
きっちり建てたところで、ミーシャが魔力を流しているのが見えた。空間が広がるのが魔力の流れで分かる。
「──これ、魔道テントなんですか?」
「ええ、そう。ダンジョンのドロップアイテム。かなり昔の魔道具だから、最近の魔道テントと違って設置が面倒だけど、気に入っているから」
「中を見てもいいですか?」
あまり物欲のなさそうなミーシャが気に入っているというテントが気になり、お願いしてみた。
頼まれたのが意外だったのか、ミーシャはきょとんと翡翠色の瞳を見開いていたが、柔らかな微笑を浮かべると「どうぞ」とナギの手を引いて招いてくれた。
年代物らしき、皮製のテントの中は四畳ほどの広さがあった。
「わぁ……!」
ミーシャのテントは、まるで秘密基地のよう。物が溢れていたが、あまり気にならなかった。
コットや寝袋の代わりに中央にハンモックが吊るされている。
木箱をテーブル代わりに使っているようで、魔道ランタンや本、羽根ペンが無造作に置かれていた。
はみ出した衣服のせいで閉じきれていないトランク。
乾燥された薬草や何かの素材のような物がそこかしこに散らばっており、雑然としている。
が、不思議と居心地が良かった。
気分が落ち着くハーブのような香りがするからかもしれない。
テント素材の魔獣の皮に空間拡張機能が付与されており、中の荷物も一緒に収納しているようだ。
「ハンモックを使っているんですね、ミーシャさん」
「揺れて眠るのが心地良いのです。夏は涼しいし、虫に悩まされることもないし。湿った地面に寝転ぶより、よほど快適」
「そうかも。雨の後のぬかるんだ場所にテントを張るしかない時とか、ハンモックは良いアイデアだわ」
冬は寒そうだが、幸い、ここは南国。
夜の大森林は涼しいけれど、途中の街道は真夏にはあまり通りたくないほどの酷暑に見舞われるのだ。
「あ、そう言えばラヴィさんの荷物を渡さないと!」
頼まれなかったので、すっかり忘れていた。慌ててテントから出て行くナギを、なぜかミーシャが苦笑まじりに見送ってくれた。
「ラヴィさん! すみません、荷物を返すのを忘れていて……。すぐにテント張りを手伝いますっ!」
馬車の馭者席に腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らしていたラヴィルに駆け寄ると、こてんと首を傾げられた。
「テント? 持って来ていないわよ?」
「え? あれ? ラヴィさん、もしかしてミーシャさんのテントに泊まるんですか?」
「まさかぁ! 落ち着いて眠れないわよ。私は今回、馬車を寝床にするの」
「馬車を? あ、エイダン商会の馬車みたいに座席をベッドにするんですね!」
座席をフラットにした馬車内はセミダブルベッドほどの広さがあり、なかなか快適そうだった。
ぷっ、とラヴィルが噴き出した。
「まさか。あんな大商会の馬車みたいに豪華じゃないわよ、ギルドの馬車は」
身軽く馭者席から飛び降りると、ラヴィルはナギを手招いた。
馬車の扉を開けて、木製のベンチ部分の下方に手を入れたラヴィルが何かに触れると、カチリと音がして折り畳まれていたテーブルのような物が現れた。
それを組み立てると、向かい合わせのベンチタイプの座席シートがフラットになった。
「これが私のベッドね。テントより簡単でしょ?」
くすくすと楽しそうに笑うが、ナギの目には木製のテーブルにしか見えない。
「あの、ここに布団を敷くんですか……?」
「まさか。毛布にくるまって、そのまま寝るわよ?」
「背中痛くなりません?」
「慣れたわ。冒険者だもの。どんな場所でも熟睡できるってもんよ」
「えー……」
快適な暮らしを熱望するナギには到底受け入れられそうにない。
なので、【無限収納EX】から予備の敷布団を取り出して、そっとラヴィルに差し出した。
「使ってください、ラヴィさん。あ、昼間使ったクッションも出しておきますから、枕代わりに。毛布はあるんですよね? 預かった荷物、渡しておきますね!」
「気を使わなくても良かったのに。でも、ふかふかで気持ち良いわ。ありがと」
布団の感触が気に入ったのか、すりっと頬を寄せて微笑んでいる。
同じく、冒険者活動の長かったミーシャが寝心地を重視してハンモックを使っているので、一概にどちらが正しいとは言えないが。
「……少なくとも私は無理だわ。大きな狼形態のアキラがクッション代わりになってくれたら別だけど……」
巨大な黒狼を枕に眠った夜を思い出し、ナギは自然と口許を綻ばせていた。
◆◇◆
初日の夕食はミネストローネとホットサンドにした。
ミネストローネは寸胴鍋いっぱいに煮込んでおいた、自慢のトマトスープだ。
玉ねぎとニンジン、キャベツにジャガイモ、セロリとニンニクをたっぷり投入したコンソメ風味のミネストローネ。
もちろん野菜嫌いの師匠二人が絶望しないように、お肉も大量に入っている。
「今回はコッコ鳥のモモ肉入りです! 食べやすいように野菜は柔らかく煮込んでありますから、ちゃんと残さず食べてくださいね?」
「ん……」
「お肉だけでいいのにぃ」
微妙そうな表情のミーシャと唇を尖らすラヴィルにエドがスープボウルを手渡す。
「師匠、このスープ旨いぞ?」
「……貴方がそう言うのならそうなのでしょう。……ん、もぐ……美味しい」
スプーンで一口、食べたミーシャがぱっと顔を輝かせる。
「ほんと? セロリの匂いがするのに、ほんとに美味しいの?」
「クセのある野菜は溶けているから気にならないわ。深みのある味のスープでとっても美味しい……」
ほうっとため息を吐くミーシャの様子を眺めて、ラヴィルもスープに口をつけた。
一口飲み込んで、コッコ鳥を噛み締める。
「ほんとだ。美味しい……お肉がほろほろと崩れるぅ……」
「皆さんもどうぞ。たっぷり用意したので、おかわりも遠慮しないでくださいね!」
テーブルを並べるのは目立ちそうだったので、今夜はそれぞれ地面に腰掛けての夕食だ。
一応、小さめのローテーブルを用意して、お皿やカトラリーを並べてある。
皆がミネストローネを食べている間、ナギは主食を準備した。
ミヤに作って貰った自慢の野営ツール。ホットサンド用のフライパンが大活躍だ。
エドが焼いてくれた食パンでハムと卵のホットサンドを人数分焼いていく。
「このスープ、本当に旨いな」
「ええ。とっても美味しいわ。まさか野営でこんなに具材たっぷりの贅沢なスープが味わえるなんて」
ルトガーとキャスがうっとりとミネストローネを堪能する横で、黒クマ獣人のデクスターとゾフィ夫婦は黙々と中身を空けてはおかわりを繰り返している。
「旨い」
「いくらでも食べられる」
物凄い勢いで平らげていく様子に、師匠二人とエドも慌てておかわりに参戦する。
ちゃんとナギの分は多めに取り分けてくれているエドは良い子だ。
「はーい、ホットサンドが焼けましたよ。熱いので気を付けて」
「俺が配ろう。ナギは食事をしろ」
「ん、ありがと。いただきます」
ルーキー時代に街中依頼の一環で、レストランで働いたことのあるエドの給仕は手慣れたもの。
マヨネーズを使ったホットサンドは毎日食べたいと『黒銀』のメンバーに真剣な表情でお願いされるほどに大好評だった。
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