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〈冒険者編〉
228. 贅沢な卵料理 1
しおりを挟むハイペリオンダンジョン第一発見者の二人には、このダンジョン限定の【自動地図化】スキルがある。
フロア全体を見渡せる地図と、魔獣や魔物の位置と種類が分かる便利なスキルだ。
銅級のナギとエドは昇級間近の期待の冒険者だし、護衛の師匠二人は金級。
メイン探索役の『黒銀』は銀級揃いで攻守に優れている、良いパーティ。
もはや反則に近いスキルと彼らがいれば、ナギも安心して採取に励めると言うもの。
【自動地図化】を使えるエドは『黒銀』パーティに混じり、殲滅班に加わっている。
なので、ナギは師匠二人に挟まれた状態で黙々とフィールド内の果実や薬草を採取していた。
もちろん、先を歩く連中が倒して出現したドロップアイテムもしっかり拾いながら。
二階層、三階層はホーンラビットとコッコ鳥が現れる。
珍しくもない、弱い魔獣なので当初はスルーしようとした皆だが、ナギからフロアボスを倒すとレアな薬草と黄金の卵を落とすと聞いて、顔色を変えた。
レアな薬草はエルフであるミーシャが、黄金の卵は『黒銀』の連中が目の色を変えて探すのには驚いた。
ナギが思ったより、その薬草は希少な素材だったらしい。
黄金の卵は、知り合いの商人からちょうど依頼されていたようで、渡りに船だったようだ。
ちなみにラヴィルはコッコ鳥の巨大な卵狙いで、狩猟に協力していた。
「ノーマルなコッコ鳥の卵の倍の大きさなんでしょう? 丸々一個を贅沢に使った、ナギ特製のオムレツが食べたいの」
うっとりと表情を蕩けさせながら、そんな発言をかます白うさぎさん。
当然、食いしん坊なエルフも釣られる。
「たまには冴えていますね、ラヴィ。オムレツも良いですが、私はオムライスも素敵だと思います」
期待に満ちた翡翠色の瞳に見据えられ、ナギは早々に陥落した。
「はぁ……仕方ないなぁ。良いですよ。人数分の卵が手に入ったら作ります」
「やったぁ!」
「任せてください」
「何だか良く分からないが、大きな卵を見つけたら良いんだな?」
「ナギさんが美味しい卵料理を作ってくれるみたいよ、ルトガー」
「卵料理……」
「分かった、探そう」
全員が張り切ってコッコ鳥を倒し始めたのには驚いた。
護衛のはずの師匠二人まで、気配を追って駆け出して行ったのには呆れてしまったが。
「まだ三階層だぞ?」
「だよね、エド。どうしよう、これ」
幸い、このダンジョンは二度めのエドはまだ冷静だったので、ナギの護衛として残ってくれた。
「……とりあえず、セーフティエリアに移動しておこうか?」
「そうだな。そこまで広いフィールドじゃないし、遮蔽物も少ないから、すぐに見つけてくれるだろう」
狩猟は皆に任せて、二人でセーフティエリアに向かった。
ちょうど昼前なので、ランチの用意をして待っていよう。
自重をやめたナギはテントやタープを張らずに、そのままコテージを【無限収納EX】から取り出して設置する。
「オムレツよりオムライスの方がガッツリ食べられるよね。なら、チキンライスを作っておこうかな」
ちょうど先ほどドロップしたコッコ鳥の肉が大量にある。
これらの肉は食材として使っても良いと、リーダーのルトガーからお墨付きを貰っていたので、遠慮なく使うことにした。
エドにはサラダ作りをお願いする。今回の参加者はキャスを除いて、油断すると野菜を摂らない連中が多いのでなるべくサラダ類はテーブルに並べるようにしていた。
「師匠でも食べられるサラダ……ポテトサラダとか?」
「今から作るのは面倒じゃない? んー、海ダンジョンで手に入れたビッグクラブのほぐし身をマヨネーズで和えたやつを添えれば、ラヴィさんも食べるんじゃないかな」
カニカマではなく、本物の茹でたカニ肉を使った贅沢サラダ。
師匠二人はマヨネーズの虜なので、きっと食いついてくれるはず。
生野菜はたっぷりとね、とエドにお願いしておいて、ナギはチキンライス作りに集中する。
大きめの土鍋を四つ使い、コテージ備え付けのコンロと持ち歩き用の魔道コンロを駆使して、米を炊いていく。
残りのコンロではスープを仕込み、チキンライスを作るために使う。
玉ねぎとピーマン、ニンジンをみじん切りにして、一口サイズに切ったコッコ鳥の肉と玉ねぎをバターで炒めていく。
肉に火が通ったところで、他の具材を加えて塩胡椒で味を整え、ケチャップソースを加えた。
火を通すと、ケチャップの酸味が飛んでまろやかになるので、弱火で念入りに炒めていく。頃合いを見て、作り置きのご飯を投下。
「こっちのは使わないのか?」
「今炊いているお米は明日用だよ。皆たくさん食べるから、多分こまめに炊かないと足りなくなると思う……」
土鍋を不思議そうに見ていたエドに説明すると、途端に眉を寄せた。
「……パンは足りるのだろうか」
「エドが暇を見つけてはたくさん焼いてくれたから、一週間は余裕だと思うけど……」
だが、自分たちを含めて大食漢揃いの探索メンバーなのである。
二人は無言で見詰め合い、ほぼ同時に頷いた。
「夕食の後、なるべく大量にパンを焼くようにしよう」
「私も土鍋ご飯とスープの作り置き、がんばるわ……」
真剣な表情で語り合いながらも、二人は手際よく調理を進める。
大きなオムライスを作るために、チキンライスも三人前は必要だ。
ここにいる全員、三人前くらいなら余裕で完食できるので、おかわり用のチキンライスも作らなければならない。
大皿いっぱいのチキンライスを人数分作ってよそい、冷えないように収納していく。
サラダ作りが終わったエドがスープを見ていてくれている間にナギは大量のチキンライスを作り上げた。
「疲れた……」
「少し休んでいろ」
「うーん……でも、何となくデザートも要求される気がするのよね」
「ああ……」
野菜たっぷりのコンソメスープを作り終えたエドが同意のため息を吐いた。
女性陣はもちろん、男性連中も甘い物が好きそうなので。
「さすがに簡単な物にするわよ? 大森林内で見つけたリンゴを使いましょう」
「ああ。大きくて甘酸っぱくて美味かったな」
「うんうん。やっぱり大森林産の果物は最高に美味しいよね」
その大森林の中に現れた食材ダンジョン産の果実もまた格別なのだ。
このデザートを食べたら、採取も手伝ってくれるかも?
ナギは手早くデザートを作っていく。
簡単だけど美味しい、リンゴのグラッセだ。
バターと蜂蜜だけで作るシンプルなレシピなので、エドでも簡単に作ることが出来た。
端っこの方を二人で味見してみたが、上出来だ。
冷やした方が美味しいので、魔道冷蔵庫にしまっておくことにする。
「疲れて帰ってくるだろうから、飲み物を用意しておこう」
ナギがソファに腰掛けてのんびり休んでいる間も、エドは積極的に働いてくれている。
魔道ミキサーを使い、せっせとオレンジジュースを作ってくれた。
もちろん、最初の一杯はナギに手渡してくれる。氷魔法でほどよく冷やしてくれたオレンジジュースは格別に美味しい。
「エドは良い旦那さんになるね」
ほうっとため息を吐きながら、何の気なしにこぼすと、エドの耳がピクリと揺れた。
悪い気はしなかったのか、自慢の尻尾が小刻みに振られている。
と、コテージの外から人の気配を感じた。エドが素早く動き、ドアを開ける。
先に帰宅したのは、師匠組だった。
満面の笑みを浮かべたラヴィルがコテージに足を踏み入れる。
「ただいまー! たっくさん獲ってきたわよぉー!」
「ラヴィさん、おかえりなさい」
「まったく、相変わらずエルフ遣いの荒い……」
「ミーシャさんもおかえりなさい」
「ただいま、ナギ。【アイテムボックス】の中身を渡しても良いかしら?」
「あ、はい! 預かりますっ!」
ミーシャからのお土産は大量のコッコ鳥の肉と魔石、そして巨大な卵が八個ほど。
フロアボスにも当たったのか、黄金の卵もあった。
「わぁ! すごい、人数分の卵が手に入りましたね」
「んっふふー! 楽しみすぎて、張り切っちゃった」
肉や素材は収納し、卵はさっそく料理に使うことにした。
とは言え、このサイズの卵をナギが割ることは出来ないので、エドにお願いする。
ナイフを使い、慎重に卵に切れ目を入れて大きなボウルに割り入れてくれた。
泡立て器で解きほぐした卵液は目の細かいザルで漉して、滑らかにしておく。
「味が濃くて、そのままでも美味しい卵だから、塩胡椒だけで良いかな」
普通の卵なら、ミルクや生クリームを混ぜるが、これは食材ダンジョン産のコッコ鳥の卵。簡単に味付けして、バターを落としたフライパンで焼くことにした。
使うのは、キッチン工房の主、ハーフドワーフのミヤ渾身の作の大きなフライパン。
十三歳のナギの手には余る大きさと重さだが、そこは【身体強化】スキルが物を言う。
小刻みにフライパンをゆすりながら、丁寧に卵を焼いていくナギ。
他の三人は息を呑んで、調理する少女とフライパンの中身を凝視している。
細かいスクランブルエッグを作る要領で卵液をかき混ぜ、半熟状態にした。
「エド、濡れ布巾を広げてくれる?」
用意してもらった濡れ布巾の上にフライパンを置き、トントンと上下に揺する。
こうすると、厚さが均一になるし、熱くなり過ぎたフライパンの温度を下げることができるのだ。
フライパンを奥に傾けるように少しだけ持ち上げて、ヘラを使い卵を折りたたんでいく。
奥に向かい、慎重に寄せていくのが大事。
それから、反対側の卵も中央に向けてそっとたたみ、ヘラで形成すると完成だ。
皆がほうっと息を吐き出したところで、コテージのドアが開いた。
大量の戦利品を抱えた『黒銀』のメンバーだ。
「おかえりなさい! ちょうど完成したところよ」
綺麗な形に焼き上げることができたナギが笑顔で皆を迎えた。
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