126 / 289
〈冒険者編〉
232. ローストディアとなめらかプリン 2
「土産だ」
黒クマ獣人のデクスターがぼそりと呟いて、背負っていた麻袋を床に置いた。
大楯使いの巨漢なのに、気配を殺して音を立てずに歩くことが出来る彼は天性のハンターだ。
大きな麻袋に詰められた肉の山の殆どを相棒であるゾフィと二人で狩ったらしい。
「大量の鹿肉! さすがですね、皆さん」
綺麗な赤身のブロック肉はありがたく頂戴し、さっそく【無限収納EX】に保存する。
「私もたくさん狩ったのよー? ほら! 褒めて褒めて?」
「はいはい、ラヴィさんもありがとうございます。このモモ肉なんて、すごく立派ですよ」
「黒胡椒もゲットしたわ! 私、ステーキが食べたい」
「じゃあ、明日のディナーは決まりですね」
ラヴィルの戦利品はミーシャが【アイテムボックス】に収納していたようで、黙々と目の前に積み上げられた。
ドロップした黒胡椒は全部で五つ。小瓶サイズだが、充分な収穫だ。
換金すればそれなりの稼ぎになるはずだが、皆揃ってナギにお土産だと寄越してくれた。
にこにこと満面の笑みを浮かべる連中にナギは苦笑するしかない。
「約束通り、ちゃんとお土産を使ったご馳走を用意しますから」
「よし! 頑張った甲斐があったな、皆!」
「そうねっ。とっても楽しみ!」
わっと盛り上がる大人たちを少年少女たちは生暖かい眼差しで見守った。
この食欲に支配された連中は皆、黄金や銀級の上位冒険者のはずなのだが。
「食いしん坊キャラがどんどん増えてない……? 大丈夫かな、ダンジョン都市の冒険者ギルド」
「ナギの飯が美味いから仕方ない」
真顔で断言するエド。褒められるのは悪い気はしない。
ご飯を作ることも食べることも好きだが、作った料理を美味しいと笑顔で食べてくれる様を眺めることも大好きなのだ。
肉や胡椒などのドロップアイテムの他に、ミーシャが採取したブルーベリーも籠いっぱい貢がれた。
大粒のブルーベリーは宝石のようにキラキラと艶めいていて、食べ応えがありそうだ。
(うん。明日のオヤツにブルーベリータルトを焼こう)
にんまりと口元を緩めながら、ありがたくブルーベリーを籠ごと収納していると、誰かのお腹の虫が盛大に鳴いた。
振り返ると、デクスターが腹を押さえている。眉根を寄せて困ったようにこちらを見据えてきた。
いつもは凛々しくキリッとした眉がへにょりとしている様子を目にして、ナギは小さく息を呑む。
寡黙な大男がぼそりと呟いた。
「すまない。腹が限界だ」
「あっ、そうですよね! すぐに食事にしましょう!」
はっと我にかえり、慌ててテーブルの準備をする。
エドが手慣れた様子でパン籠を置き、スープの配膳を手伝ってくれている合間に【無限収納EX】からローストディアを取り出した。
皆、健啖家なのでそれぞれの席に大皿に盛り付けた肉料理を並べていく。
普段は無口でクールキャラなデクスターが意外と可愛らしくて、つい観察してしまったことを反省しながら夕食の席を整えた。
(でも、よく考えたら普段は無口でクールビューティなミーシャさんもご飯を前にした時の姿はギャップ萌えよね……? 冒険者仲間のマッチョ連中も意外と甘党揃いだし)
美味しい食べ物は普段隠している本性をほんの少し垣間見せてくれる手助けをしてくれるのかもしれない。
ともあれ、今はお腹を空かせた皆の腹を満たすことを優先しなければ。
「メインの肉料理はローストディアです。そのまま食べて良し、サラダと一緒にパンに挟んで食べるのも美味しいですよ。スープはおかわり自由なので好きなだけ。ただし、食後のデザート分の余裕を持って食べてくださいね?」
全員テーブルに着いたところで、ナギが説明すると、笑顔で頷かれた。
「では、どうぞ。召し上がれ」
「いただきます!」
わっと歓声が上がり、賑やかな宴が始まる。皆、期待に満ちた表情で真っ先にローストディアに手を伸ばした。
甘酸っぱいベリー風味のソースには肉汁に香辛料をたっぷりと使っている。隠し味には味噌を少々。
ほどよい塩気と甘み、さっぱりとしたベリーの酸味が肉の味を引き立ててくれていた。
焼き加減も上々。硬く引き締まった鹿肉の思いも寄らぬ柔らかさに、『黒銀』のメンバーが驚きの声を上げる。
「んんっ? なんだ、これ! 本当にディア肉なのか⁉︎」
「信じられない……。柔らかくて、肉の味も濃くてとっても美味しいわ。これがディア肉……?」
ルトガーとキャスが目を輝かせて味わう隣で、黒クマ夫婦は無言でひたすら肉を口に運んでいく。
エドが籠から取った、スライスしたフランスパンにローストディアとサラダを挟み、マヨネーズを塗り付けてかぶりついている様子を目にしたゾフィが感心したようにパンを手に取った。
「ん! んんっ!」
ローストディアサンドを口にしたゾフィがぱっと顔を輝かせて、夫であるデクスターの背をバシバシと叩く。
(すごい音。痛そう……)
ぎょっとしたナギだが、叩かれた当人はけろりとした表情で妻が夢中で貪るサンドイッチを見て、こくりと頷いている。
見様見真似でパンにローストディアを挟み、マヨネーズをたっぷりとまぶして、大きく口を開けてかぶりついた。
野菜を一切サンドしていない、ある意味とても潔い鹿肉サンドイッチをデクスターは目を閉じて味わいながら食べている。
「うまい。パンと一緒に食べると腹に溜まっていい」
唇の端についたマヨネーズを親指の腹でぬぐい、満足そうにため息を吐いた。
相方のゾフィも瞳を細めて、サラダをもりもり食べている。
「このカリカリの肉、気に入った」
「オーク肉のフライドガーリック! 美味しいですよねっ。生サラダはもちろんパスタやスープに浮かべても合うんですよ」
「これは米にも合うと思います」
「あ、分かります? ミーシャさん。ふりかけ代わりに炊き立てご飯にまぶすと最高なんですよー!」
「私はこれだけを貪り食べたいわ」
「ラヴィさんは、さすがエドの師匠ですね。同じこと言ってましたよ……」
フライドガーリックのおかげで、野菜サラダも好評のようで嬉しい。
あれほど焼き上げたローストディアは綺麗に平らげられ、スープの大鍋も空になったところで、本日のもうひとつのメインの出番だ。
魔道冷蔵庫から取り出した、冷えたプリンをトレイごとエドがテーブルに運んでくれる。
「ダンジョン産のコッコ鳥の卵と蜂蜜、スライムゼリーを使ったデザートです。一人三個ずつですからね?」
念押しをしておいて良かった、とナギは痛感しながら、すごい勢いで食べ尽くされる様を呆然と眺めた。
ローストディアは何度かご馳走していたため、まだ余裕で味わっていた師匠二人だったが。
「なにこのプリン……! 口の中で蕩けちゃっている! おかわり!」
「滑らかで濃厚な卵と蜂蜜、乳の味。素晴らしいです。この味を生み出しただけで、このダンジョンは合格だと思います」
やたらとテンション高く盛り上がる白うさぎさんと早口で何やらグルメレポを呟くエルフさん。
ちなみに『黒銀』のメンバー四人は目の色を変えてプリンを貪り食べている。ほとんど、飲む勢いだ。
あっという間に三個食べ切り、陶然とした様子で放心している。
「なんだこのダンジョンすげぇ……」
「食材ダンジョン、素晴らしいわ……」
「ルトガー。ここを『黒銀』のホームにしよう」
「ん、賛成。この二人もパーティメンバーに誘おう」
「えっ? えっ?」
ゾフィにぽん、と頭を撫でられてぎょっとする。エドの肩をがしりと掴むのはデクスターだ。
「断る。ナギも俺もダンジョン都市に家がある。たまに食材を入手しに来るとは思うが、拠点は向こうだ」
ぺしっとデクスターの手を払いのけたエドが、ゾフィから奪うようにナギの手首を引いて背に庇う。
慌てたのはルトガーだ。
「こら、お前ら! 勝手に勧誘するんじゃない! ……すまないな、二人とも。あんまり美味い飯だったから血迷ったようだ」
潔く頭を下げるリーダーの姿に、エドもすぐに矛を下げた。
「いや、気持ちはありがたかった」
実力主義な黒クマ夫婦に戦力として認められたことは、エドとしても悪い気はしなかったのだろう。
(まぁ、私は確実に料理担当としてのスカウトだろうけど)
何にせよ、なめらかプリンも大好評だったので、ナギとしては満足だった。
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。