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〈冒険者編〉
238. オーク狩り
しおりを挟むあれからも探索は順調に進み、三日に一度の休日もしっかり満喫しながら到達した三十階層。
ここはオークが巣食う魔窟で、フロアボスはオークキングだ。
キング種がいると聞いた『黒銀』メンバーが気を引き締めたのが分かる。
師匠二人はいつもと変わらないように見えるが、緊張感は伝わるものだ。
心許ない気分で、何となくエドのシャツの裾をきゅっと握り締める。
気付いたエドが、ナギの手の甲を宥めるように優しくタップしてくれた。
それだけでホッとするので、我ながら単純だ。
「今日はこのフロアで休みましょう。キングを討ち取ったら、宴です」
凛とした声音でミーシャが宣言すると、皆がわっと歓声を上げる。
オークキングの肉を使ったパーティか。それは盛り上がるに決まっている。
「ちょうど明日は休日よね。せっかくだし、オーク肉の在庫も増やしちゃいましょ!」
「俺も手伝おう、師匠」
「ん、オオカミくんの良い修行場になりそうだし。たくさん狩るわよぉ」
脳筋な師弟が張り切っている。
当然、優秀な狩人でもある黒クマ夫婦のデクスターとゾフィもやる気満々で、フロアを見渡していた。
「オークの特殊個体からマジックバッグがドロップしたと聞いたことがあるわ。ルトガー、頼んだわよ」
「分かった。優先的に狙おう。キャスのオーダーを聞いていたな、二人とも」
こくりと頷く寡黙な大型夫婦に、リーダーのルトガーはニヤリと笑って見せる。
「旨い肉を狩ってくれば、ナギの嬢ちゃんが上手に料理してくれる。張り切って狩るぞ」
「おう」
「ナギの肉料理、楽しみ」
そんな期待の眼差しを向けられたら、ナギも張り切るしかない。
「たくさん狩って来てくれたら、今夜はオークカツを振る舞います。期待していて下さいね!」
「オークカツとは……まさか、ラヴィとミーシャ殿がさんざん自慢していた肉料理か!」
くわっと目を見開くルトガー。いつも冷静な彼にしては珍しかった。
あまりの迫力につい一歩下がってしまうほどに。
「ふふっ、その通り! オークカツは素晴らしい料理よ。ステーキでも美味しいオーク肉を油でさくさくに揚げる、最強の冒険者飯!」
何故か、胸を張って滔々と語り出すラヴィル。真っ白の愛らしい耳をぴるると揺らしながら、真っ直ぐ三十階層の奥を一瞥する。
真紅の眼差しはいつもより凛々しく、目を瞠るほどに美しかった。
そこへミーシャが歩み寄る。親友と肩を並べて立ち、銀の髪をさらりと指で払って小さく笑う。
『黒銀』のメンバー達を真っ直ぐ、その翡翠色の瞳で見据えるミーシャ。
「オークカツは数あるナギの得意料理の中でも随一のメニューです。一口齧ると、誰もがその虜。お腹がはち切れんばかりに食べても、まだ食べたいと脳が命じてくるほど中毒性のある肉料理です」
「そ、そんなに……?」
「どんな料理なのよ、オークカツ……」
ざわり、と皆が動揺する。
いくらなんでも大袈裟なと苦笑しながらエドを振り返ったナギはギョッとした。
しごく真面目な表情でエドが頷いているからだ。
「ちょっと、エド! やる気を煽るにしてもやり過ぎ、師匠たちも言い過ぎ!」
「いや、オークカツは至高。ボアの角煮も至高だが、初めて食べた時の衝撃は忘れられない。言い過ぎでも何でもないと思うぞ」
「うぅ……」
確かに、この世界。あまり揚げ物料理が発達していない。
バターで作るソテーやオイルで煮込むアヒージョに似た料理はあるが、コロモをつけて揚げたフライ系のメニューは見たことがなかった。
だから、宿で皆に振る舞った揚げ物料理はあれほどに喜ばれたのだろう。
「まだ『黒銀』の皆には揚げ物料理を出していなかっただろう?」
「うん……。早い時期にメニューに加えたら、続けてリクエストされそうで」
そう、まだ彼らは揚げ物を食べたことがない。唐揚げはもちろん、串カツも天ぷらもフリッターもおあずけ中だ。
ナギも揚げ物料理は大好きだが、さすがに毎日続くとキツい。サッパリとしたご飯が食べたくなる。
だが、身体が資本の冒険者たちは揚げ物料理を一度食べると、際限なくリクエストをしてくるのだ。
三食唐揚げでも良い、と魅了された連中に大真面目に口説かれたこともあり、げんなりしたものだった。
(だから、今回はなるべく早い段階では出さないで済むようにメニューを考えていたんだけど……。上質のオーク肉、しかもキングの肉を使う料理なら、絶対にオークカツが良い!)
おあずけだったのは、彼らだけでなくナギもなのだ。
十三歳、食べ盛りの少女にとっても揚げ物料理は特別なので。
「今回の三十階層で揚げ物料理は解禁にするわ。私も食べたいし。……それに三十二階層はアレがドロップするのよ?」
ハッ、とエドが息を呑む。
「アレか……! 確かに、あの肉は揚げ物にしたら更に美味かった……」
ブランドの黒毛和牛肉より遥かに美味しい、素晴らしい魔獣──ブラッドブルが三十二階層で待っているのだ。
「ステーキやすき焼きにしても絶品だったけど、牛カツは格別だったわよね……」
思い出すだけで、口の中に唾液が溢れそうになる。
さくさくの衣と赤身部分を残して、さっと揚げた牛カツは白飯泥棒だ。
さくりと噛み締めると、綺麗なサシの入った赤身肉は文字通りに蕩けた。
もっと口の中に留めて味わいたいのに、気付くと肉は消えてしまう。
「お肉は飲み物? って本気で考えちゃったよね。美味しかったなぁ……」
「そうだな。あれはまさに天上の食い物。最初に食う揚げ物料理がブラッドブルのカツだと、脳が破壊されるかもしれない。なら、オークカツで慣れておいた方が無難だな。オークカツも旨いが」
「順番だね。最初に食べるのはコッコ鳥の唐揚げが無難だったかもしれないけど……」
「いや、唐揚げはアレはアレで皆ハマると思う。冷えたエールとセットで出せば、大抵の冒険者は堕とせる」
「堕としちゃダメでしょ、エド」
こそこそと二人で会話していたが、ふと周囲が静かなことに気付いて我に返った。
「あれ……?」
『黒銀』のパーティメンバーだけでなく、師匠二人もすごい目付きでこちらを眺めている……?
「……ナギ?」
「ふぁ、ひゃいっ?」
ひんやりとした声音でミーシャに呼びかけられ、ナギはぴょんと飛び上がった。
にこりと微笑みかけられても、冷や汗は止まらない。
「とても興味深いお話でしたが、それはまぁ後で聞き出すとしましょうか」
「うう……はぁい……」
「オオカミくんも、後で聞かせてね? その特別に美味しい牛カツとやらのお、は、な、し」
「…………分かった」
エドも首を竦めて、こくりと頷いている。いつもは凛々しくピンと立っている耳がへにょりと垂れている様が痛々しい。
「凄まじく美味いと聞いていたオークカツより上だと……?」
「天上の味って、どんなのかしら」
「私はカラアゲも気になる」
つい、ブラッドブル肉に思いを馳せてしまい、余計な煩悩を生み出してしまったかもしれない。
と、黒クマ獣人のデクスターが巨体とは思えぬ素早さでふいに駆け出した。
「えっ? ……あっ、オーク!」
いつの間に、近くに寄っていたのか。
二十メートルほど先に潜んでいたオークを、デクスターの大楯が跳ね飛ばした。
凄まじいタックルにオークは即死したらしく、肉と魔石をドロップする。
「油断したわね。囲まれているみたい」
眉を寄せるキャスを庇い、ルトガーが槍を構える。大剣を背負ったゾフィが足取りも軽く、オークの元に向かって行く。
「あら、ちょうど良いじゃない。群れで来てくれたなら効率良く狩れるわ」
「ラヴィ、任せたわよ。私とナギは討ち漏らしを始末します」
頼もしい面々に、ナギも自然と笑顔になった。エドはさっそく師匠譲りの技でオークを蹴り倒している。
「今夜はオークカツ! 皆、狩り尽くすわよ!」
「おう!」
その掛け声で、30階層のオーク達の虐殺、もとい殲滅戦が始まった。
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