異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

248. スイートポテト

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 ブラックゴートの肉、ミルクにチーズを使った料理はとても美味しかった。
 ヤギ肉は少しばかり不安だったけれど、丁寧に煮込んでアクを取ったからか、赤ワイン煮はまろやかでコクもあり、皆から絶賛された。
 ヤギチーズ入りのサラダは特に女性陣に受けが良かったように思う。
 新鮮な生野菜サラダにチーズとオリーブオイル、塩と黒胡椒のみでシンプルに仕上げたサラダだったけれど、濃厚なチーズのおかげで食べ応えがある一品に仕上がった。
 
「意外と美味しかったわね、ブラックゴート」
「野生の山羊肉は独特の臭みがあって、あまり食用には向いていないのですが。ダンジョン産の魔獣だと、ここまで食べやすくなるのですね……」

 ほう、とため息混じりのラヴィルの一言にミーシャも頷きながら感想を述べている。
 寸胴鍋いっぱいに煮込んであった赤ワイン煮をぺろりと平らげた面々は満足そうな表情で、デザートを口にしていた。
 ちなみにデザートはブラックゴートからドロップしたミルクと精霊が見つけてくれたサツマイモを使ったスイートポテトだ。
 スプーンですくって、ぱくりと口に含んだキャスが幸せそうに瞳を細めている。
 
「この、イモを使った焼き菓子。これもとっても美味しいわ」

 スイートポテトには温めたヤギミルクに蜂蜜を落としたホットミルクを添えてある。
 甘い焼き菓子は女性陣には特に人気で、皆喜んで食べてくれた。
 キャスの感想に、黒クマ夫婦もこくこくと頷いている。

「イモがこんなに甘いとは知らなかった」
「蜂蜜の甘さだけじゃない。イモの優しい甘さが格別」
「ふふふっ。精霊さん達が教えてくれたサツマイモが濃厚な甘さを誇る、上質なお芋さんだったので!」

 ナギが胸を張って主張する。
 王国から大森林、そしてダンジョン都市のある共和国まで旅をして来たけれど、この世界でサツマイモを目にしたことはない。
 ジャガイモや里芋に似た種類のイモはあるが、今のところサツマイモを市場で見かけたことはなかった。
 だから、てっきりこの世界にはサツマイモは無いのだと諦めていたのだが。

(さすが食材ダンジョン! しかも、味が濃厚でねっとり甘い日本産ブランドのサツマイモが手に入るなんて……!)

 焼き芋にするだけでも美味しいが、今回はヤギミルクを一緒に味わうためにスイートポテトをメニューに選んだ。

「ちょっと手間は掛かるけど、美味しいよねスイートポテト」
「そうだな……。この人数分作るのはかなり面倒だったが」
「ごめんね、エド。いつもお世話になっております」

 お礼として、他の皆よりも二個多めにスイートポテトを渡してある。
 舌触りが滑らかなスイートポテトを作るために、エドにはサツマイモを潰したり、濾したり、練り上げたりと面倒な作業をたくさんお願いしたのだ。
 おかげで、とっても美味しいデザートが完成したので感謝しかない。

「あの作業は【身体強化】スキルを使うと、微妙に大変だった……」
「あー……スキルを使うと、逆に道具を壊しそうになるって言っていたものね」
「壊さないように神経を使って、そっちの方が疲れた。まぁ、良い鍛錬にはなったが」
「エドの脳筋思考にいつも支えられております……」

 いつもありがとう、と。とりあえず拝んでおく。
 だが、美味しいスイートポテト作りには欠かせない作業工程なのだ。
 サツマイモは加熱することでデンプンが糖に変わり、甘みが深まる。
 更に甘さを引き出すには、低温でじっくりと時間を掛けて加熱する必要があった。
 コテージのキッチン備え付けの魔道オーブンで一時間ほどサツマイモを焼いて、熱い内に皮を剥き、手早く潰していく。
 ここにバターとヤギミルク、生クリームを加えて、更に練り込まなければならない。
 サツマイモだけの甘さでも充分だったけれど、ナギはここで少量の蜂蜜を投入。
 ダンジョン産の蜂蜜なので、味は確かだ。この蜂蜜のおかげで、味の深みは一気に増したと思う。

「そこから、また滑らかになるようにひたすら練り混ぜてもらったんだよね」
「サツマイモの繊維? あの、ボソボソした感触が消えるまで延々と練った……」
「おつかれさまです。ホットミルクのおかわりいる……?」
「いただこう」

 すかさず蜂蜜をたっぷり入れたホットミルクをエドに手渡しておく。

 生地が滑らかになったところで卵黄を追加して練り、鍋に入れ替えて弱火で熱しながら、再び練り練り。練りまくりである。
 ここで水分を飛ばして甘さを凝縮することで、サツマイモの生地はまるでカスタードクリームのように柔らかく、滑らかな極上の食感に変化するのだ。
 あとは粗熱を取ってから固めて、卵黄をヘラで塗りつけてオーブンで焼き色を付ければ完成だ。

「随分と手間暇が掛かっていたのですね。これだけの美味しさなので納得ですが」

 感心したように頷くミーシャと「良くやったわね、弟子!」とエドの髪をくしゃっと撫でるラヴィル。
 エドは迷惑そうな表情で乱れた髪を直している。その様子が触られた箇所を毛繕いをする猫のようで、何となくおかしい。
 ほのぼのとした師匠と弟子のやりとりの背後では、なぜか黒クマ夫妻が落ち込んでいる。

「……覚えたか?」
「無理。やることが多すぎる」
「イモを潰して焼くだけじゃダメなのか……」

 どうやら、スイートポテトのレシピを覚えて自作したかったようだ。
 工程の面倒臭さにすっかりやる気を無くしたらしい。さもありなん。
 ナギだって、エドのお手伝いがなければ、潔く焼き芋をデザートにしたと思う。

「うーん……。自分で作るのは大変だから、いっそ誰かに託せば良いのかな?」
「誰かに託すとは?」

 ナギがぽつりと呟くと、エドがばっと顔を上げた。少し緊張──と言うか、怯えた表情に気付き、慌てて首を振る。

「違う違う! 別にエドに任せるつもりじゃなくて。この食材ダンジョンがギルド主導で軌道に乗ったら、サツマイモをたくさん採取してもらって、レシピと一緒に料理人に託してスイートポテトを作って貰ったらどうかなって思ったの」

 ダンジョン都市で、ドワーフ工房のミヤと共に開発したキッチン用品をレシピ込みで販売した時のように、レシピを公開すれば。

「そうしたら、お金を払うだけで美味しいスイートポテトを食べられるようになるじゃない?」
「なるほど、そうしよう」
「エドの判断が早い」

 よほど、ひたすら練る作業が辛かったのか。速攻で頷くエドにむしろ感心した。
 ナギの提案に、美味しいスイートポテトが食べられると『黒銀くろがね』のメンバー達も大喜びだ。

「この味なら、多少高くても払う価値はあるな」
「そうね。週に一度の贅沢として堪能したいわ」
「自分達では作れないから、とてもありがたい」
「毎日でも食べたい……」
「それは勘弁してくれ、ゾフィ」

 ここまで手放しで褒められると、ナギも嬉しくなってしまう。
 なので、つい「なら、また別のサツマイモのお菓子を作りますね」などと口をついてしまい、エドに怯えられてしまったのは反省しています。
 ちなみに、ミーシャには何故か感心された。

「さすがですね、ナギ。このダンジョンの価値を上げるためにそこまで考えているとは」
「えっ……? いえ、別に……単に自分が面倒だったからで、」
「謙遜しなくても良いわよぉ? あの、スイートポテト? ギルドマスターに食べさせてやれば、きっとすぐに陥落するわよ。あんな顔して大の甘党なんだもの」

 くすくすと笑いながら、ラヴィルに耳打ちされてしまった。
 ギルドマスターは甘党。覚えました。
 みっしりとした筋肉を鎧のように纏った巨体のトラ獣人。とても迫力のある彼が、まさかの甘党。生肉に齧り付きそうなご面相の彼が、大の甘党だとは。

(良いこと聞いちゃった。何かあったら、ギルドマスターに甘いお菓子を手土産にして、おねだりしよう!)

 ニヤニヤ笑うラヴィルと笑みを交わして、ナギはそっと心に誓った。

 遠いダンジョン都市で苦手な書類仕事に囲まれたギルドマスターが大きなクシャミをして、サブマスターのフェローに眉を顰められていることをナギは知らない。
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