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〈冒険者編〉
257. 猫と家庭菜園
しおりを挟むブラックゴート狩りに参戦すると宣言した猫の妖精のコテツ。
ナギどころか、エド──否、もしかしなくても二人の師匠であるラヴィルやミーシャよりも高レベルなキジトラ柄のニャンコは自信たっぷりに頷いている。
『このダンジョン、弱いのしかいないから、ぼくだけでダイジョーブ』
下層の魔獣や魔物はそこそこ強い方だと思うが、彼に掛かれば殆どの生き物が『弱いの』なのだろう。
『ドロップアイテムもぜんぶ、なぎにあげる』
「えっ? いや、それは悪いわよ。コテツくんが倒した分はコテツくんのもの。横取りは冒険者としてカッコ悪いわ」
『おれい……』
ナギが遠慮すると、しょぼんと猫が項垂れた。悲しそうに瞳を潤ませている。それはずるい。
「う……えっと、じゃあ、お裾分けしてくれたら、その材料でご飯を作ってあげる。それなら良いんじゃないかな?」
「そうだな。持ちつ持たれつ。対等だ」
こくこくと、エドも真顔で頷いての援護射撃。ぱあっとニャンコが笑顔になった。
『わかった! おすそわけ、するね。なぎのごはん、おいしいからすき』
「っっ! ありがとう」
可愛すぎる反応に、叫び出したくなる。
ここは我慢だ。
『でも、それだけじゃ、おれいにならない。ここに畑つくってもいい?』
きゅるん、とつぶらな瞳を煌めかせながら、小首を傾げる猫の姿に抗える者などいようか?
ナギは『ここに畑』というパワーワードをうっかり聞き流して、デレデレしながら「うんうん。いいよー」と軽く頷いてしまっていた。
『じゃあ、つくるね!』
我が意を得たり、とばかりに嬉しそうに立ち上がったコテツは二足歩行でぺたぺたと離れた場所に歩いて行く。
「えっ歩けちゃうの? 可愛いすぎる……」
「ああ、可愛いな。だが、何を作るって──」
無言でガン見していたエドも可愛いと見惚れていたようだ。
コテツはキッチンやリビングスペースから離れた、『スキルの小部屋』の隅っこに移動すると、そこでお座りした。
ぺたんと尻を地面につけて、前脚は器用に持ち上げた体勢のまま何やらニャゴニャゴと呟いている。
すると、何もなかった場所にいきなり大量の土が現れた。
「ふぇっ⁉︎」
「ナギ!」
驚いて飛び上がったナギを、慌ててエドが抱き寄せる。
警戒する二人をよそに、コテツは土の質や量を確認するように、四つ足で踏みしだいていた。
『うん。ふかふかで良い土。次は、タネ』
「あ……それ、収納魔法?」
コテツが前脚をちょい、と動かした際に空間の揺らぎを感じ取ったナギはようやく、それに気付いた。
急に土が現れたのも、コテツが収納から取り出して敷き詰めたのだ。
「驚いた……」
「まさか、猫が【アイテムボックス】のスキル持ちとは」
『ぼくはケットシーだから。モノをしまうのも、植物を育てるのもトクイなんだ』
ふすん、と嬉しそうに鼻を鳴らして、コテツは【アイテムボックス】から取り出した野菜のタネを蒔いていく。
風魔法で満遍なく散らし、土魔法でちょうど良い深さに植えて。ミストシャワーのような細やかな水で土を濡らし、最後に光魔法。
光魔法と共に、別の魔法が発動されるのに気付いた。ナギにはない属性だが、何となく覚えがある。
(これは、たまにミーシャさんが使っている精霊魔法だ……)
猫の妖精は精霊魔法が得意なようだ。何となくだが、エルフであるミーシャのそれよりも強い力を感じる。
キジトラ柄の猫は種を蒔いた畑の周辺を二足歩行でよちよちと歩いていた。
(どこかで見た覚えがある動き……。あ、そういえば前世で見たアニメの!)
不思議な生き物が種を蒔いた畑の周辺で踊っていた映像の断片が脳裏に浮かんだ。
畑が芽吹くように、お祈りをしているのだろう。
(めちゃくちゃ可愛い……。頑張ってる姿が尊い……)
エドと二人で口許を抑えて、喜びに震えながら見守っていたのだが。
「……え?」
ふいに作りたての畑から、何かの気配を感じて戸惑った。
違和感のある方向をじっと凝視していると、畑の土がうぞうぞと蠢いている。
ナギは小さく肩を揺らした。
(まさか、ミミズ⁉︎ ……いや、そんなわけないわ。私の【無限収納EX】ならともかく、【アイテムボックス】には生き物が収納できないんだから)
植物はなぜか例外として、虫や微生物を収納することは不可能なのだ。
だから、コテツが【アイテムボックス】から取り出した土に虫や爬虫類が紛れ込むことは無いはず──
「あ……違う、虫でもミミズでもない……」
蠢いていた柔らかな土の下から顔を覗かせたのは、小さな緑の双葉だった。
「まさか、もう発芽するなんて」
「精霊魔法のひとつ、植物魔法というやつか?」
エドと二人、固唾を呑んで見守っている間にも、その双葉はぐんぐんと育っていき、青々とした葉を茂らせていく。
さすがに花を咲かせるまでには成長しなかったが、数ヶ月分の成長を早回しで一気見した気分だ。
『んー…まだ、お野菜できない。ざんねん』
しゅん、と項垂れる猫の姿が見ていられずに、ナギは慌ててフォローする。
「充分よ? もう数日したら、新鮮で美味しい野菜が実りそうだし! そうそう、植物なら私も確保しているのがあったわ」
収納リストをざっと確認して、根っこごと収納しておいた果樹を取り出した。
ダンジョン内で見つけて、こっそり引き抜いて【無限収納EX】に寝かせていた、水蜜桃だ。
魔素が濃い場所でないと育てにくいとミーシャに聞いたことがあったので、確保しつつも植樹は迷っていたのだが。
『あまい実の木! これなら育つ、ニャッ』
「ほんと? 嬉しいな」
『せいれいに、たのめばいいの』
再びニャムニャムとコテツが呟くと、水蜜桃の木は根を伸ばし、畑から少し離れた場所に落ち着いた。
足りない分の土を足してくれたのか、果樹は畑よりも一段高い小山のような場所に根を生やして植っている。
『実がなっているの、そのまま植えるの、良い考え。ぼくもする』
「ん? それは、小芋か」
『オークの集落で育てていたの。これを植える』
コテツが【アイテムボックス】から取り出したのは、まだ土がついたままのジャガイモだった。
根っこや葉っぱ付きの様子から、土ごと収納したのが分かる。
集落を潰し、オークキングを倒してから、落ち着いて採取しようと考えていた、ミニサイズのジャガイモだ。
ちゃっかり回収していたらしいコテツのおかげで、期せずして小芋畑が手に入ってしまった。
『これ美味しいの』
「コテツくんはグルメだね。明日は、小芋をふかしてバターで食べようか」
『たべたい! じゃがばたー!』
「あら。じゃがバターを知っているのね」
「あれは良い物だからな」
「美味しいよねぇ」
なぜか『スキルの小部屋』に家庭菜園と果樹園が出来たが、白を基調にした殺風景な風景だったので、悪くはない。
「良い光景ね。まだスペースはあるし、今度はお花でも植えてみようかしら?」
「それも悪くないが、ここのダンジョンでしか見かけない植物を植えるのも良いんじゃないか? ダンジョン都市では目立つ可能性もあるが、ここなら俺たちしか来られないし」
「あ……アボカド!」
あれはこの食材ダンジョンでしか見かけたことがない。
サラダやサンドイッチにと使い勝手も良いし、何より『森のバター』と呼ばれるように、栄養価がとても高いのだ。
ただ、前世の記憶で引っ掛かる点がある。アボカドの栽培には大量の水が必要で、さらに土地の栄養分を食い尽くすと言われており、社会問題になっていた。
(……でも、ダンジョンでは普通に育っていたわよね? 周囲の植物が枯れた様子もなかったし。もしかして、この世界のアボカドは魔素が栄養素だったりして)
その検証のためにも、ここで栽培するのは悪くない考えかもしれない。
「俺はカカオも育てたい。チョコレートを使った菓子パンを存分に作りたいから」
『菓子パン! 甘いやつ食べたい!』
コテツがぱっと顔を輝かせて、エドの肩に飛び乗った。
そういえば、プリンも喜んで食べていた。
猫の妖精は甘いお菓子が好物なのだろう。
「じゃあ、私はイチゴを栽培しようかな。イチゴのショートケーキにイチゴ大福。色々と作ってみたいもの」
『ぼくも食べたいー! いちご、手伝う!』
「ふふっ。ありがとう。お手伝いよろしくね」
ナギの肩へと移ってきたキジトラ猫が頬にすり寄ってくる。よしよし、と首筋を撫でてやり、ナギは顔を上げた。
「さて。名残り惜しいけれど、ここを出ましょうか。子猫ちゃんたちのためにヤギミルクをたくさん確保しないとね」
『ヤギ、たおす!』
「行くか。コテツは子猫たちを見ているか?」
エドの問い掛けに、コテツはきっぱりと首を振った。
『ううん。なぎ、まもる。ヤギもたおす』
そうか、と頷きながら、エドが口許を微かに綻ばせた。
何とも頼もしい発言にナギの口角もだらしなく弛んだ。
「子猫ちゃんたちはお腹がいっぱいになって熟睡しているみたいね。じゃあ、少しの間お留守番してもらいましょう」
肩にキジトラ猫を乗せたまま、エドと手を繋いで『スキルの小部屋』から外に出る。
(さぁ、久しぶりのブラックゴート狩り!)
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