異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
161 / 289
〈冒険者編〉

267. 同居ニャンです


『すごい、にゃっ! 大きくて広いお家!』
「ふふふっ。すごいでしょう? 部屋は余っているから、好きに使っていいのよ」

 キジトラ柄の猫の妖精ケット・シーを連れて自慢の我が家を案内する。
 ほてほてと歩く姿がとても愛らしい。
 一階のリビング、ダイニングとキッチン。バスルームとトイレは妖精である彼には必要ないので、そこはスルーで。
 母が使っていた別荘は豪華過ぎず、居心地良く暮らせるように考え尽くされた家だ。
 家具や調度品は派手さはないが、質の良い物が揃えられている。
 色合いやデザインは落ち着いた物が多く、目にも優しい。
 かと言って、地味すぎるわけでもなく、遊びの部分もちゃんとある。
 母のセンスの良さは、ナギの密やかな自慢だった。
 自慢といえば、書斎もそう。

『本がいっぱい!』

 書斎を案内すると、目を丸くして驚かれた。壁全体が本棚になっており、ぎっしりと雑多なジャンルの本が飾られている。
 読書家だった母がこつこつと集めた本だ。そこに、辺境伯邸の図書室の中身をごっそり持ち出したナギが、空いているスペースに本を詰めていったのだ。
 入りきらなかった本は、自室の本棚やエドの本棚、客間にも分散して置いてある。
 本は財産だ。物によっては、一冊の値段が金貨に相当する。

「コテツくんも本を読むの?」
『絵のある本ならスキ』

 文字はあまり好きではないようだ。
 絵のある本ということは、絵本や図鑑のことだろうか。

「図鑑なら、この棚に集めてあるから、好きな本を読んでもいいわよ」
『ん、読むにゃ』

 本の匂いが気になるのか、ひとしきり室内を探検すると、満足そうにおヒゲをぴんと立てた。

「じゃあ、次は二階ね」

 階段は危ないので抱き上げて運んであげたかったのだが、そこは猫。
 トトトっと軽やかな足音を立てながら駆け上がっていった。

「抱っこできなかったわ。残念」
「猫はよほど気を許した相手しか、抱かせてくれないだろう」
「うぅ……。前世でニャンコまっしぐらだった猫オヤツが手元にあったらなー」

 どれだけシャーシャー怒り狂う野良猫でも、あのオヤツを前にしたらイチコロだった。懐かしい。

「似たようなオヤツを開発しよう……」
「そこまでか」
「だって、猫だよ? あんなにもふもふの可愛い猫さんたちを前にして、我慢とか無理!」
「…………」

 きっぱりと断言すると、何故だかエドが押し黙った。
 むう、と端正な眉を寄せて、何やら不機嫌そう。

「エド?」
「……じゃないか…」
「え? なぁに?」
「もふもふなら、アキラがいるだろう」
「……ッ」

 ぼそりと呟かれた一言に、ナギは身悶えしそうになる。我慢、我慢だ。

「もちろん、エドのもふもふは素敵だわ。とても得難い、素晴らしい手触りよ」
「……」

 ぴくり、と三角の獣耳が揺れる。
 うん、少し機嫌が浮上したようだ。この瞬間を見逃すわけにはいかない。

「でも、さすがにエドは抱っこできないじゃない? そのお耳やふわふわの尻尾を触るとセクハラになっちゃうし……」
「──少しだけなら、触ってもいい」
「えっ、本当! いいの?」
「二人きりの時、家の中だけなら」

 これは思わぬ棚ぼた展開だ。
 ナギは心の中で力強く拳を握り締める。
 
『なぎ、勝手に見ていいの、にゃ?』

 と、二人がなかなか上がって来ないことに焦れたコテツに尋ねられた。
 慌てて、階段を早足で駆け上る。

「ごめんごめん! すぐに案内するね」

 珍しいエドの嫉妬心から、もふもふを触っても良しとの言質を得たナギは、さっそく今夜コテツが寝静まった頃、存分にモフろうと心に誓った。


 母が使っていた主寝室を今ではナギが使っている。続き部屋である子供部屋はそのまま残していた。
 水色を基調にしたレースとフリルで可愛らしく整えられた部屋には愛着もあったが、煌びやか過ぎるため、たまにしか使っていない。

 同じフロアにエドの部屋もある。
 彼はナギ以上に読書家で、既に書斎にあるめぼしい本はほとんど読み切ったらしい。
 冒険者活動で得たお金で、週に一冊だけ本を買うのを楽しみにしている。
 彼が好む本は、動植物や魔物の図鑑、引退した冒険者の手記や有閑貴族の旅行記など。
 歴史書や伝承をまとめた本も好きらしい。
 ナギが読んでも興味深い物が多く、たまに借りて読んでいる。

 ちなみにナギが良く買う本は貴族の料理番の手記や娯楽系の物語本が多い。
 レシピを期待して買ってみた料理番の手記は意外と面白かった。
 郷土料理のレシピは、自分たちの口に合うようアレンジしながら試しに作ってみたのだが、なかなか楽しい経験ができたと思う。

 エドはコテツにおすすめの動植物図鑑を貸してあげたようだ。
 読書する猫の姿を想像して、つい笑顔になってしまうナギだった。


◆◇◆


 家の中をひとしきり案内した後は、コテツの部屋を何処にするかで迷った。
 なにせ、大きなお屋敷なので、余っている部屋はいくつもある。

「たまに泊まりにくる、ミーシャさんとラヴィさんが使っている客間はそのままにしておいた方がいいよね?」
「そうだな。月に一度は押し掛けてくるから、着替えや荷物もうちに置いていっているらしいぞ」

 我が家の食事を楽しみに、月に一度、二泊三日ほど遊びに来てくれるのだ。
 宿賃として、しっかり扱かれている。
 朝晩の修行はなかなかキツいが、おかげで二人とも着々と力はついていた。

「二階のいちばん手前の客室を猫さん部屋にする?」
「そうだな。ドアを開け放っておけば、コテツも出入りができるし、いいんじゃないか」

 だが、そこで当猫のストップが入った。
 
『ここの部屋がいい、にゃ。広いし、日当たりもいい!』

 リビングでホットミルクを舐めながら、コテツがそう宣言したのだ。

「リビングを猫さん部屋に?」

 あらためて応接間リビングを見渡してみる。大きめの窓からは庭を眺めることができるし、日当たりも申し分ない。
 壁際に大きめの暖炉があり、重厚なソファセットの他にも一人用のソファが点在している。フットレスト付きの寛げるソファだ。
 ゲームを楽しむためのテーブルセットも隅に置かれてある。
 ボードゲームとトランプに似た木製のカードで遊ぶらしい。

「……広さは充分あるかな? 絨毯も敷いてあるから、滑ってケガをする心配はなさそう」
「だが、子猫だ。高価な絨毯や家具だけは収納しておいた方がいい」

 幸いというか、粗相の心配はいらないのが何より助かっている。
 王国製の絨毯はこの国では高く売れる財産だ。南国向きの物でもないので、これは撤去しておこう。

「ソファはどうしようかな……? 座り心地も良いし、猫さんたちのベッドにちょうど良いよね。これを撤去するのは寂しいかな……」
「なら、爪研ぎ用の家具を別に用意しよう。爪はそこで研ぐように説得すれば、ソファも無事で済むんじゃないか」
「おお! エド、賢い! その意見を採用しましょう。コテツくん、ソファとか壁に悪戯しないでくれるかな?」
『しないにゃ! ぼくはケットシー。賢い子にゃっ!』

 話せば分かるニャンコなので、あまり心配はしていない。

(それに、壊れたら壊れたで仕方ないものね。また買えばいいし)

 猫の爪痕がついた家具も、それはそれで愛着がわきそうだ。
 カーテンに登る子猫の姿だって、絶対に可愛い。繊細なレース部分に穴を開けられても笑顔で許してしまうと思う。

「じゃあ、ここを猫さん部屋とします!」

 リビングを片付けて、日当たりの良い壁際に猫用のベッドを設置する。
 にぃにぃと鳴く子猫たちはまだまだ小さい。が、ようやく自力でミルクが飲めるまで復活してくれた。
 口の周りをベタベタに汚してヤギミルクを飲む姿は微笑ましい。
 そっと抱き上げて、浄化魔法クリーンで綺麗にしてあげた。
 
 白い毛皮に薄いブルーグレーの柄付きのハチワレ子猫は女の子だ。
 みうみう、と可愛らしい鳴き方をするので、「ミウ」と名付けた。
 もう一匹は茶トラ柄の男の子だ。甘えん坊でコテツにしがみついて離れようとしない、この子はシンプルに「トラ」と名付けた。

「よろしくね」

 期間限定の、二人と三匹の生活が始まった。

あなたにおすすめの小説

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。