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〈冒険者編〉
280. パン職人? 1
しおりを挟む「今日はエイダン商会にパンを引き取りに行こう」
手作りの猫じゃらしで子猫二匹と遊んでいると、エドがそう提案してきた。
どうやら、パンの在庫が心許ないようだ。
お惣菜パンは休日にまとめて焼いているが、食パンが残り少ないとのこと。
エイダン商会にパンのレシピを売った際の取り決めで、ナギたちにはパン工房で焼いたパンを優先的に回してもらえるのだ。
ハイペリオンダンジョンでドロップした食材入りの木箱には空間拡張機能が付与されていたので、それをエイダン商会に預けている。
そこに焼き立てのパンを詰めておいてもらい、ナギたちは好きな時に回収に行ける取り決めとなっていた。
魔法の木箱は収納容量が二倍となっていたが、ナギがこっそり手を加えたため、容量は三倍だ。
箱の中身は劣化の魔法で時間停止されているため、パンが傷むことはない。
いつでも焼き立てのパンが食べられる。
「じゃあ、これから出掛ける? 今から向かえば、昼食に間に合うわね」
「そうしよう。コテツはどうする?」
「一緒に行く?」
雑貨屋で購入した毛糸を使った猫じゃらしを横目でちらちらと眺めていたキジトラ柄の猫に尋ねると、こてんと首を傾げられた。
『おるすばん、する』
今日は子猫と一緒に遊ぶことを優先するようだ。もしかしたら、毛糸の猫じゃらしが気になって仕方ないのかもしれないが。
「じゃあ、お留守番をお願いね」
「チビたちを頼んだぞ」
「ニャッ」
良い子の返事をする兄貴分の真似をしてか、子猫二匹が「ピャ」「ミヤッ」と小さく鳴いた。
◆◇◆
エイダン商会系列の店舗で販売されているのは、食パンとクロワッサン、バゲット、フォカッチャ。バタール、カンパーニュにイングリッシュマフィンだ。
このうち、食パンとクロワッサンに関してはホテルとレストランのみでの提供となっている。
どれもそれぞれ人気があり、よく売れているらしい。
パン工房ではなく、エイダン商会の裏口から招き入れられ、魔法の木箱を手渡された。
商会の従業員が千客万来だと嬉しそうに報告してくれる。
「パン生地が柔らかく、とても美味しいと評判ですよ。パン工房は朝から閉店ギリギリまで、ずっと稼働してパンを焼いていました」
「閉店ギリギリまでって……売れ残らないの?」
「焼き立てが食べられると、むしろ好評で。客も閉店間際に残りを全て買い取ってくれています」
「そうなんですね。たくさん売れているなら良かったです」
言葉少ないエドだが、パンが美味しいと褒められて嬉しそうだ。
パン工房では大口の注文がレストランや定食屋、屋台などから続々と入っているという。
「じゃあ、ダンジョン都市内のお店で、エドのレシピのパンが食べられるんですね!」
顔を輝かせるナギを、エドが何とも言えない表情で見やる。不思議そうな、照れくさそうな、微妙な表情だ。
エド的には「家で食べれるのに何を言っているのだ?」といったところだろうか。
どちらの気持ちも瞬時に汲み取った従業員が苦笑混じりに頷いた。
「そうですね。これだけ美味しいパンなんです。すぐにダンジョン都市中に出回りますよ」
「楽しみです!」
エイダン商会とは今後、月に二、三種類のパンのレシピを販売する約束を交わしてある。
来月はロールパンとバターロールのレシピを伝授する予定だ。
そのうち、主食になるパンだけでなく、お惣菜パンやクリームやジャムなどを包んだ甘い菓子パンのレシピも渡したい。
「では、こちらに受け取りのサインをお願いします」
「はい、ありがとうございます。次回は、一週間後くらいになるかと」
「お待ちしております」
にこりと微笑み合い、ナギは手渡された魔法の木箱を【無限収納EX】に収納した。
高級ホテルで供される焼き立ての食パンを食べるのが、今から楽しみだった。
食パンはお高い小麦粉を使っていると聞く。きっと前世の高級食パンのような食感に仕上がっているに違いない。
「では、また来週!」
スキップしそうになるのをどうにか我慢して、ナギは笑顔で手を振った。
◆◇◆
「そんなわけで、本日のランチはこの高級食パンを食べます!」
じゃん! とナギが取り出したのは、魔法の木箱に詰め込まれていた焼き立ての食パン一斤。
綺麗なきつね色に焼けており、香ばしい匂いにうっとりする。
「せっかくの焼き立てふかふかのパンなので、まずはこのままちぎって食べましょう」
マナーなんて気にせずに、指先でちぎったパンを口に放り込む。
ふわふわのパンだ。ゆっくりと咀嚼すると、口の中に優しい甘さが広がる。
「……美味いな」
「うん、美味しいね。素材が違うと、こうまで差が出ちゃうかー」
我が家で作るパンは市場で購入する小麦粉を使っている。
だが、伝手や購買力のあるエイダン商会はパン生地向きの最高品質を誇る強力粉を何処からか手に入れて使用しているようだ。
バターもおそらくは一級品。
基本の材料とは別に、アレンジレシピとして伝えた生クリームも加えていると思う。
そのおかげで、期待通り──否、期待以上に美味しい食パンに仕上がっていた。
「一斤、銅貨四枚の食パン……納得の美味しさだわ」
「食パン一斤に四千円……」
「まぁ、これはエイダン商会が経営する高級ホテルでしか食べられないから、納得の金額じゃない?」
何も付けずに食べた食パンがこれだけ美味しいのだ。
この食パンを使ったサンドイッチやフレンチトーストは是非とも味わってみたい。
「とりあえず今日のところは、ジャムやバター。レバーペーストにツナマヨ、サーモンのパテをディップして食べましょう」
ディップだけでは口寂しいので、コッコ鳥のトマトソース煮込みとミートローフ、ひよこ豆とオーク肉を使ったチリコンカンなども用意してみた。
どれも、食パンと合うお惣菜だ。
今回は敢えてサンドイッチにせず、おかずをお供にした主食として食パンを食べることにした。
「サーモンのパテ、ツナマヨは合うな。予想通りだ」
「素のパンが美味しすぎるから、シンプルなバターとジャムでも贅沢な味に感じるわ」
『レバーおいしい!』
何も付けていない食パンを齧った瞬間、雷に打たれたかのように硬直していたコテツは、今はレバーペーストを塗りたくった食パンがイチオシのようだ。
大急ぎで作り上げたコッコ鳥のトマトソース煮込みも食パンとの相性は抜群だ。
ミートローフは作り置きしていた料理の一品で、肉の生地の中に半熟のゆで玉子が入っている。
赤ワインにケチャップやデーツを使った調味料を混ぜて作り上げた特製のソースが食パンと相性が良い。
『んみゃあ!』
感極まったように叫ぶコテツに、次々と皿を繰り出す。
ひよこ豆とオーク肉を使ったチリコンカンは、食材ダンジョンのおかげで作れるようになったレシピのひとつだ。
チリパウダーやクミン、ナツメグなどのスパイスのドロップには感謝しかない。
「んんっ、このピリ辛な味付けが食パンに合うわー。美味しい!」
「ん、うまいな。肉と豆がごろごろ入っているのがいい。食い応えがある」
二人の口には合ったが、ピリ辛料理は猫の妖精には厳しかったようだ。
『くさい、ニャッ!』
鼻の周りに皺を寄せて、顔を背けている。
ミートローフは美味しそうに食べているので、スパイスがダメだったようだ。
ちなみに、子猫二匹は何も付けていない食パンをうまうまと食べている。
肉食の猫だが、コッコ鳥料理よりも素の食パンが好みなのか。
ひととおりのおかずを試した後で、コテツも食パンのみを堪能している。
「んふふっ。このレベルの食パンがずっと食べられるのは幸せね。エドの作るお惣菜パンも大好きだけど」
「褒めても何も出ないぞ。……だが、午後からはご所望の惣菜パンを作ろう」
「やった! 菓子パンも食べたいなー」
「……分かった」
ふぅ、とため息を吐かれてしまった。
食いしん坊と呆れられても良い。エドのお惣菜パンは絶品なのだ。
と、コテツがこちらをじっと見つめてくるのに気付いた。
「どうした、コテツ」
『……パンを作るの?』
「ああ、そうだ。パン作りは俺の仕事だからな」
誇らしげに言い切るエドに向かい、コテツは片方の前脚を掲げて立候補ポーズ。
『ぼくも作りたい!』
「……猫が⁉︎」
唐突な爆弾発言に、エドは大きく目を見開いた。
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