218 / 308
〈冒険者編〉
284. 指名依頼ふたたび 3
しおりを挟む「お久しぶりですわね、ナギさん」
獣人の街、ガーストではエイダン商会支店長のリリアーヌが直々に出迎えてくれた。
「リリアーヌさん! お元気でした?」
「うふふ。もちろん。ダンジョン都市ではお世話になりました」
商会肝煎りのパン屋の開店に、商会長の秘蔵っ子であるリリアーヌが奔走してくれたのだ。
父親譲りの商才と、流行に敏感でセンスが抜群な彼女のおかげで、とても素敵な店舗に仕上がっていた。
店のデザイン、看板、ディスプレイ。
どれも目を惹く素晴らしいアイデアだったが、特に話題を呼んだのはリリアーヌがデザインした制服だろう。
パン屋の工房は一部が外から見えるよう、ガラス張りになっている。
店裏の工房でパンを仕込んでいる職人の姿を眺めることができるのだ。
そのため、パン職人にも制服は支給された。
真っ白のコックコートと首元にはブルーのスカーフネクタイ。ネクタイはガーゼに似た生地で、汗を吸収してくれる、ひんやり素材を使っている。
同じ色の生地を使ったハンチング風の帽子が、さりげなくお洒落だと思う。
そして、店舗で売り子をしている女性店員の制服がこれまた素晴らしいと評判になった。
ナギもお仕着せられた、あのメイド風のエプロンワンピースだ。
濃紺色のパフスリーブのワンピースにフリルが付いた白のエプロンドレス。
フリルとレースで装飾されたヘッドドレスも制服の一部だった。
ちゃんと動きやすいようにデザインされているので、ナギも断りきれなかったのだ。
このエプロンドレスの制服は、男性客だけでなく、なぜか女性客にも人気だったらしい。
(女の子は、可愛いから自分でも着てみたいって憧れからみたいだけど……)
現在、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気店へと登り詰めたエイダン商会のパン屋は、店員を募集するとあっという間に枠が埋まるらしい。
高給を提示されているのもあるが、パン職人は腕を上げると、自分の店を持たせてくれるらしく、それもあって大人気だとか。
女性店員は高給プラス可愛い制服を支給される上に、賄いのパンが食べ放題という夢のような条件なため、こちらも倍率が恐ろしいことになっているようだ。
「おかげで良い人材が選び放題ですの」
ほほほ、と上品に笑うリリアーヌ嬢。
仕掛けたのは、間違いなく彼女なのだと思われた。
「ええと、人気なようで良かったです」
「この街でも、パン屋の営業を始めていますのよ。毎日大行列です」
「それは嬉しいですね!」
時間があれば、買い物に行きたかったが、大行列と聞いて諦めた。
それに今のところはパンの在庫はたくさんある。エイダン商会から譲ってもらった物と、コテツにパン作りを教えるついでにエドが焼いてくれたパンだ。
食事用のテーブルパン以外にも、お惣菜パンや菓子パンも作ってある。
「名残り惜しいのですが、お仕事に戻らなくては。冒険者ギルドから依頼されていた物資の受け渡しを致しましょう」
背後に控えていた従業員らしき女性に何事か囁かれ、リリアーヌが心底残念そうに腰を上げた。
ちなみに、ここはエイダン商会ガースト支店の応接室だ。ナギとエドの二人が店を訪ねると、すぐにここに案内された。
香り豊かな紅茶と焼き菓子が出されて、ナギは遠慮なく堪能した。
「紅茶とお菓子、美味しかったです」
「うふふ。ナギさんが売ってくださったダンジョン産の蜂蜜を使ったレシピですのよ」
蜂蜜の他にも、ダンジョン産のコッコ鳥の卵も使っているようだ。
たっぷりとバターを使っており、とても美味しい。
(パウンドケーキに近い焼き菓子ね。シンプルだけど、素材が良いから、紅茶と合っているわ)
販売しているのなら、お土産用にいくつか買っておきたい。
ともあれ、まずはギルドのお仕事が優先だ。従業員に案内されるまま、裏口から外に出て倉庫に向かった。
◆◇◆
「こちらが依頼の品です」
「わぁー。結構、ありますね」
先程までリリアーヌの背後に控えていた秘書っぽい女性従業員が案内役になってくれた。
示された倉庫の中には、ぎっしりと荷が積み上げられている。
「こちらが食料。小麦粉に米、乾燥したトウモロコシなどの穀物類が詰められております。こちらは日持ちがする根菜類です」
大きな麻袋が三十袋ほど。これに穀物が入っているのだろう。十五個ある木箱に野菜が詰められているようだ。
その他にも調理器具に皿、カトラリーがそれぞれ二十人分ずつ用意されていた。
特に目立つ、大きな荷物はテントや工具類だ。寝袋にもなる毛布や衣服、布類も多い。
魔道具や日用品も梱包されている。
二頭立ての馬車の荷台、二つ分ほどはありそうな物量だ。
冒険者ギルドから預かった資材や各種道具類と合わせると、かなりの量を運ぶことになる。
従業員の女性は心配そうにナギを見やった。
「あの……大丈夫ですか?」
(うん、心配になるよね。この量は)
だが、そこはちゃんと準備をしてきている。ナギはにこりと笑うと「大丈夫です!」と胸を叩いて見せた。
「ハイペリオンダンジョンで手に入れたマジックバッグがあるので!」
じゃん、と取り出したのはダンジョンからドロップしたショルダータイプのマジックバッグ。
嘘はついていない。本物だ。
ただ、収納容量が控えめだったのを、ナギがちょちょっと手を加えてある。
空間を拡張させて、今ではこの30畳はありそうな広さの倉庫の中身が余裕で入る容量を誇っていた。
胸を張って収納容量の説明すると、絶句されてしまう。
「それは凄いですね……。そのクラスのマジックバッグがドロップするダンジョンなのですか」
「美味しい食材もたくさん手に入る、素晴らしいダンジョンですよ!」
「なるほど。商会長が資金提供する理由が分かりました」
たぶん、提供した資金はすぐに回収できると思う。
エドと二人きりだと、目視で【無限収納EX】に収納して終わりだが、今は従業員の女性がいるので、せっせとマジックバッグに詰め込んだ。
「でも、思ったよりは荷物が少ないんですね」
「そうだな。ダンジョン周辺の開発には時間が掛かりそうだが」
「初回の荷運びですからね。まずは職人や作業員、護衛の冒険者たちの拠点作り用の荷物だけなので」
第二弾、三弾と荷物は次々と運び込まれてくるようだ。まずはフットワークの軽いナギとエドが第一弾を運ぶ先行隊らしい。
「それと、嗜好品は商会が後ほど、現地入りして提供します」
有能そうな女性従業員がにこり、と微笑む。眼鏡の奥の瞳は笑っていない。ガチだ。
「さすが、商売人ですね……」
「当然ですわ。そのための資金提供です」
職人たちにはまとまった報酬の他、日給も出るらしい。
それを目当てに酒類などが販売されるようだ。抜け目がない。
「職人にはギルドとの契約で食事を提供致しますが、護衛の冒険者と作業員たちは有料での提供となります。食堂の他にも屋台などを出す予定ですので、よろしければお二人もご利用くださいね」
しっかり営業された。
いっそ潔くて、好感が持てる。
「楽しみにしていますね」
笑顔で手を振って、商会を後にした。
ガーストの街で宿泊するか迷ったが、どう考えてもコテージの方が快適そう。
物資もたっぷり収納してあるので、街中で買い物をすることなく、先を目指すことにした。
ゴーレム馬車で街道を駆け抜けて、野営は持参のコテージで。
お風呂で汗を落とし、疲労を洗い流して、ゆっくりと清潔で快適なベッドで眠りにつく。
もちろん、三食とオヤツはしっかり食べて英気を養いつつ、ハイペリオンダンジョンを目指した。
4,356
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
転生者だからって無条件に幸せになれると思うな。巻き込まれるこっちは迷惑なんだ、他所でやれ!!
柊
ファンタジー
「ソフィア・グラビーナ!」
卒業パーティの最中、突如響き渡る声に周りは騒めいた。
よくある断罪劇が始まる……筈が。
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。