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〈冒険者編〉
284. 指名依頼ふたたび 3
「お久しぶりですわね、ナギさん」
獣人の街、ガーストではエイダン商会支店長のリリアーヌが直々に出迎えてくれた。
「リリアーヌさん! お元気でした?」
「うふふ。もちろん。ダンジョン都市ではお世話になりました」
商会肝煎りのパン屋の開店に、商会長の秘蔵っ子であるリリアーヌが奔走してくれたのだ。
父親譲りの商才と、流行に敏感でセンスが抜群な彼女のおかげで、とても素敵な店舗に仕上がっていた。
店のデザイン、看板、ディスプレイ。
どれも目を惹く素晴らしいアイデアだったが、特に話題を呼んだのはリリアーヌがデザインした制服だろう。
パン屋の工房は一部が外から見えるよう、ガラス張りになっている。
店裏の工房でパンを仕込んでいる職人の姿を眺めることができるのだ。
そのため、パン職人にも制服は支給された。
真っ白のコックコートと首元にはブルーのスカーフネクタイ。ネクタイはガーゼに似た生地で、汗を吸収してくれる、ひんやり素材を使っている。
同じ色の生地を使ったハンチング風の帽子が、さりげなくお洒落だと思う。
そして、店舗で売り子をしている女性店員の制服がこれまた素晴らしいと評判になった。
ナギもお仕着せられた、あのメイド風のエプロンワンピースだ。
濃紺色のパフスリーブのワンピースにフリルが付いた白のエプロンドレス。
フリルとレースで装飾されたヘッドドレスも制服の一部だった。
ちゃんと動きやすいようにデザインされているので、ナギも断りきれなかったのだ。
このエプロンドレスの制服は、男性客だけでなく、なぜか女性客にも人気だったらしい。
(女の子は、可愛いから自分でも着てみたいって憧れからみたいだけど……)
現在、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気店へと登り詰めたエイダン商会のパン屋は、店員を募集するとあっという間に枠が埋まるらしい。
高給を提示されているのもあるが、パン職人は腕を上げると、自分の店を持たせてくれるらしく、それもあって大人気だとか。
女性店員は高給プラス可愛い制服を支給される上に、賄いのパンが食べ放題という夢のような条件なため、こちらも倍率が恐ろしいことになっているようだ。
「おかげで良い人材が選び放題ですの」
ほほほ、と上品に笑うリリアーヌ嬢。
仕掛けたのは、間違いなく彼女なのだと思われた。
「ええと、人気なようで良かったです」
「この街でも、パン屋の営業を始めていますのよ。毎日大行列です」
「それは嬉しいですね!」
時間があれば、買い物に行きたかったが、大行列と聞いて諦めた。
それに今のところはパンの在庫はたくさんある。エイダン商会から譲ってもらった物と、コテツにパン作りを教えるついでにエドが焼いてくれたパンだ。
食事用のテーブルパン以外にも、お惣菜パンや菓子パンも作ってある。
「名残り惜しいのですが、お仕事に戻らなくては。冒険者ギルドから依頼されていた物資の受け渡しを致しましょう」
背後に控えていた従業員らしき女性に何事か囁かれ、リリアーヌが心底残念そうに腰を上げた。
ちなみに、ここはエイダン商会ガースト支店の応接室だ。ナギとエドの二人が店を訪ねると、すぐにここに案内された。
香り豊かな紅茶と焼き菓子が出されて、ナギは遠慮なく堪能した。
「紅茶とお菓子、美味しかったです」
「うふふ。ナギさんが売ってくださったダンジョン産の蜂蜜を使ったレシピですのよ」
蜂蜜の他にも、ダンジョン産のコッコ鳥の卵も使っているようだ。
たっぷりとバターを使っており、とても美味しい。
(パウンドケーキに近い焼き菓子ね。シンプルだけど、素材が良いから、紅茶と合っているわ)
販売しているのなら、お土産用にいくつか買っておきたい。
ともあれ、まずはギルドのお仕事が優先だ。従業員に案内されるまま、裏口から外に出て倉庫に向かった。
◆◇◆
「こちらが依頼の品です」
「わぁー。結構、ありますね」
先程までリリアーヌの背後に控えていた秘書っぽい女性従業員が案内役になってくれた。
示された倉庫の中には、ぎっしりと荷が積み上げられている。
「こちらが食料。小麦粉に米、乾燥したトウモロコシなどの穀物類が詰められております。こちらは日持ちがする根菜類です」
大きな麻袋が三十袋ほど。これに穀物が入っているのだろう。十五個ある木箱に野菜が詰められているようだ。
その他にも調理器具に皿、カトラリーがそれぞれ二十人分ずつ用意されていた。
特に目立つ、大きな荷物はテントや工具類だ。寝袋にもなる毛布や衣服、布類も多い。
魔道具や日用品も梱包されている。
二頭立ての馬車の荷台、二つ分ほどはありそうな物量だ。
冒険者ギルドから預かった資材や各種道具類と合わせると、かなりの量を運ぶことになる。
従業員の女性は心配そうにナギを見やった。
「あの……大丈夫ですか?」
(うん、心配になるよね。この量は)
だが、そこはちゃんと準備をしてきている。ナギはにこりと笑うと「大丈夫です!」と胸を叩いて見せた。
「ハイペリオンダンジョンで手に入れたマジックバッグがあるので!」
じゃん、と取り出したのはダンジョンからドロップしたショルダータイプのマジックバッグ。
嘘はついていない。本物だ。
ただ、収納容量が控えめだったのを、ナギがちょちょっと手を加えてある。
空間を拡張させて、今ではこの30畳はありそうな広さの倉庫の中身が余裕で入る容量を誇っていた。
胸を張って収納容量の説明すると、絶句されてしまう。
「それは凄いですね……。そのクラスのマジックバッグがドロップするダンジョンなのですか」
「美味しい食材もたくさん手に入る、素晴らしいダンジョンですよ!」
「なるほど。商会長が資金提供する理由が分かりました」
たぶん、提供した資金はすぐに回収できると思う。
エドと二人きりだと、目視で【無限収納EX】に収納して終わりだが、今は従業員の女性がいるので、せっせとマジックバッグに詰め込んだ。
「でも、思ったよりは荷物が少ないんですね」
「そうだな。ダンジョン周辺の開発には時間が掛かりそうだが」
「初回の荷運びですからね。まずは職人や作業員、護衛の冒険者たちの拠点作り用の荷物だけなので」
第二弾、三弾と荷物は次々と運び込まれてくるようだ。まずはフットワークの軽いナギとエドが第一弾を運ぶ先行隊らしい。
「それと、嗜好品は商会が後ほど、現地入りして提供します」
有能そうな女性従業員がにこり、と微笑む。眼鏡の奥の瞳は笑っていない。ガチだ。
「さすが、商売人ですね……」
「当然ですわ。そのための資金提供です」
職人たちにはまとまった報酬の他、日給も出るらしい。
それを目当てに酒類などが販売されるようだ。抜け目がない。
「職人にはギルドとの契約で食事を提供致しますが、護衛の冒険者と作業員たちは有料での提供となります。食堂の他にも屋台などを出す予定ですので、よろしければお二人もご利用くださいね」
しっかり営業された。
いっそ潔くて、好感が持てる。
「楽しみにしていますね」
笑顔で手を振って、商会を後にした。
ガーストの街で宿泊するか迷ったが、どう考えてもコテージの方が快適そう。
物資もたっぷり収納してあるので、街中で買い物をすることなく、先を目指すことにした。
ゴーレム馬車で街道を駆け抜けて、野営は持参のコテージで。
お風呂で汗を落とし、疲労を洗い流して、ゆっくりと清潔で快適なベッドで眠りにつく。
もちろん、三食とオヤツはしっかり食べて英気を養いつつ、ハイペリオンダンジョンを目指した。
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