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〈冒険者編〉
288. 開拓地食堂 3
冒険者ギルドからの指名依頼は二点。
ギルドとエイダン商会から預かった物資の運搬と、商会が運営する開拓地食堂での調理指導だ。
物資の運搬はあっさりと終えることができたが、食堂での仕事は微妙に大変だった。
商会が雇った調理人が野営地での大人数の食事作りに慣れていない者ばかりだったのだ。
「クランに属する冒険者の方がよほど手慣れているな」
ぼそっとエドが小声で呟いた一言に、ナギもこっそり頷いたものだった。
商会ならば、荷運びの商隊の食事作りなどに慣れていそうなものなので、不思議に思ったナギが料理長に尋ねたところ「二十人くらいならともかく、一気に百人規模の調理なんてしたことありません!」と嘆かれてしまった。
「しかも、ダンジョン周辺を大規模に開拓するため、これからまだまだ人が集まってくるんです……。百人どころじゃないですよ。今の倍以上集まると思います」
「わぁ……」
調理人は後日増員されるそうだが、それでも足りない気がする。
「まぁ、とりあえず適度に手を抜きつつ慣れていくしかないと思います」
「ですよねぇぇ」
そんなわけで、ナギは「こんなこともあろうかと」と収納していた便利な調理器具を大放出した。
ドワーフ工房のミヤと共同開発したスライサーやピーラー、泡立て器に魔道ミキサー等々。便利な道具はどんどん使って楽をする派なため、食堂でも使うことにした。
もちろん、しっかりとエイダン商会で購入してもらってからの使用です。
ミンサーはもちろん、製麺機まである。これは少しばかり高価な品物だが、手作業でするより断然楽なので、食堂では大活躍だ。
便利な道具を用意して、次はマンパワーだ。商会の有能そうな従業員の女性に相談して、猫科獣人の集落の女性を数名、下働きに雇ってもらった。
野菜などの食材の下拵えを手伝ってもらえるだけで、かなり楽になる。
あとはメニューをどうするか、だ。
皆で相談して、朝食はスープとサンドイッチ。昼食は麺料理、夕食は丼飯と具沢山スープを提供することになった。
「麺の作り方は私が教えます。製麺機の使い方も」
他の国ではどうか知らないが、ダンジョン都市ではショートパスタくらいしか見かけたことがない。
ファルファッレは以前、ナギも商隊の護衛時に作ったことがあるが、レストランで見かけたのはペンネくらいだった。
あとはスープの具材として、すいとんのように小麦粉を丸めたものが投入されているのを見た程度で、ロングパスタはお目に掛かったことがない。
大量にある小麦粉を使った麺料理を、ここ開拓地食堂で流行らせるつもりだった。
「パンは食べ慣れているけど、生地を作って焼くのに時間が掛かりすぎるのよ。ご飯はパンよりはマシだけど、生麺を茹でるだけの方が短時間で提供が可能」
麺だけでも先に用意しておけば、作り置きのソースで対応ができるはず。
「さっそく、今日のランチから作るわよ。肉団子たっぷりのうどんを!」
「は、はいっ!」
食材ダンジョンでオークを狩ってきた冒険者から肉を買取り、さっそくミンサーでひき肉にしてもらう。
その間にナギは製麺機の使い方を料理人たちに教え込んだ。
本当はパスタを作りたいのだが、塩と水だけのうどん生地の方が簡単なので、そちらを選んだのだ。
スープ作りは調理人に任せてある。
コンソメベースのスープには、オーク肉のミートボールとたっぷりの野菜が入っていた。
「美味しいに決まっているわよね!」
朝食と昼食は銅貨1枚。各千円ほどの金額設定なので、一品から二品で提供する。
足りなければ、屋台を自腹で利用してもらう。
「今朝、屋台のあたりを歩いてみたけど、改善されていたのよね」
昨日の夕方から、商会から買い取った調味料を使った料理を提供している屋台があったが、今朝はほとんどの屋台が商会のソースを用いた肉料理を販売していた。
「味噌を使ったスープに、焼肉のタレやステーキソースに漬け込んで焼いた肉を売っていたな。まあまあ旨そうだった」
「ねー? 皆、逞しいね」
レシピを提供した調味料がたくさん売れるのは嬉しい。
屋台はもちろん、自炊をする冒険者たちにも売れているようだ。
「経済が回るのは良いことよね」
「そうだな。人気商品になれば、他のレシピも高く売れるだろうし」
「ふふふっ。エドも逞しいねー?」
「当然だ。不労所得は大事だとアキラも言っていた」
ともあれ、今はうどんのレシピを伝えなければ。強力粉と塩、水を用意してもらい、ナギは生地作りから指導した。
◆◇◆
「麺料理、大丈夫そうね?」
「ああ。最初は食い付きは悪かったが、食ってみたら美味いからな。すぐに完売したぞ」
コンソメスープのうどんは好評だったようなので、次はシオの実を使った、かけうどんの作り方を伝授しよう。
かけうどんをマスターすれば、肉をのせたり、揚げ物をトッピングしたりと、料理の幅が広がる。
全部を教えるのは面倒なので、レシピを渡すつもりだ。
トマソンは気は弱いが、料理長に選ばれるだけあって、調理のセンスは抜群だった。
「基本を教えてあげれば、あとは大丈夫ね」
うどんだけだと腹を空かせた連中が暴動を起こしかねないので、肉うどんをメインに考えている。あとは、卵や天ぷらを添えれば腹持ちも良くなるはず。
頭の中でメニューを考えていると、エドに遠慮がちに声を掛けられた。
「俺はパン焼きを手伝ってくれば良いか?」
「んー。いっそのこと、ピザのレシピを売ってみるのは?」
「……なるほど。良いかもしれん。パンだけでは物足りないが、ピザなら肉や野菜も同時に食える」
せっかく、土魔法使いが作ったという、巨大な窯があるのだ。
肉は森とダンジョンで狩り放題。贅沢なピザを焼くことができる。
「うん、売っちゃおう! 商会から預かっていた荷物にはチーズもたっぷり積み込まれていたから、美味しいピザが焼き放題よ!」
商会が付いているので、多少の贅沢も予算内なら可能なのだ。
麺料理でコストを抑えた分、豪華なピザを作ることができそうだった。
◆◇◆
二日半の怒涛の調理指導を終えた二人は、食堂の一角で心地良い疲労と共に美味しい料理を存分に味わっていた。
「んー……! エドが焼いた、このピザ。さいっこうに美味しい! 天才! いえ、窯焼きの貴公子?」
「やめてくれ」
二つ名は固辞されてしまったが、たっぷりの肉とチーズを散らした贅沢なピザは絶品だ。
未成年のためビールと共に味わえないのが残念なほど、ジャンクな味の逸品である。
肉はダンジョン産のワイルドビーフ。肉質は柔らかく、とろけるチーズとの相性が抜群だ。
水牛に似た魔獣のチーズを使ったマルゲリータも唸るほど美味しい。
エイダン商会の開拓地支店で見つけた、ハイオーク肉の熟成サラミを載せて焼かれたクリスピー生地のピザは、料理長のトマソンの頬を歓喜の涙で濡らしたほどの出来栄えで。
当然、食堂に食べに来た皆にも大好評だった。中には毎日これを食べたいという剛の者もいたが、これは却下された。
(地味に面倒だものね、ピザ作り)
なので、ピザメニューは週に一度のお楽しみとなった。
「ともあれ、これで私たちの指名依頼も無事に完了だね!」
「ん、明日からダンジョンに挑めるな」
ビールの代わりに果汁にタンサンの実を入れたジュースで乾杯した。
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