223 / 308
〈冒険者編〉
289. 再会とピザパーティー 1
しおりを挟む冒険者ギルドからの指名依頼をすべて終わらせて、その夜は二人ともぐっすり眠ることができた。
早朝に起き出して、朝食の仕込みを手伝う必要もないため、ナギはのんびりと朝寝を楽しんだ。
空間拡張を施した魔道テントの中は縦も横もゆったり広々としている。
なので、ベッドは愛用のクイーンズサイズの物を使っていた。おかげで、野営とは思えぬほど快適に熟睡できたように思う。
パーティションの向こう側をそっと覗いてみたが、エドのベッドはもぬけの殻だ。
「朝の鍛錬に向かったのかな? 相変わらず、エドは生真面目ね」
夜は仔狼を抱っこして眠るのが楽しみだったのだけれど、残念ながらテントでの野営中はエドに断られてしまった。
何か不測の事態に陥った時に、仔狼の姿では対処が難しい。そう説明されてしまうと、ナギは頷くことしかできなかった。
もふもふを抱き枕にしたいだけ、という自分の欲望のためだけに我儘は言えない。
エドの姿がなく、突然どこからか現れた仔狼の説明もできる気がしなかった。
ふわふわの素晴らしい毛並みに頬を引っ付けて眠る楽しみのない、寂しい三日間だったが。
「でも、今日からは好きなだけモフれるものね!」
ぐっと拳を握り込んで、鼻息荒く宣言する。
そう、指名依頼を無事に終わらせられたので、本日からは自由行動が認められているのだ。
「久しぶりの食材ダンジョン! 存分に楽しまなくちゃ!」
鼻歌まじりに着替えをすませる。
朝食を済ませたら、すぐにダンジョンに潜りたい。すっかり身体に馴染んでいる冒険者用の衣装に身を包むと、朝食を作るためにテントの外に出た。
テント内でも調理は可能だが、どうしても匂いはこもってしまう。
風魔法で空気を入れ替えても、浄化魔法を使っても、何となく気になってしまうので、野営時は外で調理をするようにしている。
魔道テントは【無限収納EX】に片付けて、空いた場所に手際よくテーブルや調理器具を並べていった。
魔道コンロとフライパンや鍋を取り出して、さて何を作ろうかなと悩んでいると、ふいに背後から声を掛けられた。
「久しぶりね、ナギ」
「キャスさん!」
笑顔で手を振るのは、冒険者パーティ『黒銀』のメンバー、キャスだ。
青みがかった銀髪を後ろでひとつに纏めた大人の女性で、弓と魔法を得意としている。
そのすぐ後ろには、リーダーである槍使いのルトガーが立っていた。ナギと目が合うと、にっと太い笑みを浮かべて片手を上げてくれる。
「ルトガーさんも! お元気でしたか?」
「ああ。ナギこそ元気そうだな。食堂で忙しそうにしているのを遠目で見掛けてはいたんだが、落ち着いたら声を掛けようと思っていたんだ」
どうやら、気を使ってくれていたようだ。
開拓地食堂を手伝っていた二日半の間は確かに目が回るほどの忙しさだったので、その心遣いがありがたい。
「森の中でエドと会った」
「ん、それで今日からはダンジョンだって聞いたから会いに来た」
ぬっと目の前に現れたのは黒クマ夫妻。
黒髪黒目で規格外に大きな、迫力のある二人だ。こんなに立派な体格をしているのに、気配もなく側に寄ってくるので、なかなか心臓に悪い。
夫婦の背後から、エドがそっと顔を出してきた。
「すまない、ナギ。朝の準備で忙しかったか」
「ううん。さっき起きたところだし、特に急いではいないから大丈夫。私も皆と会いたかったから嬉しい」
せっかくなので、まだ何も食べていないという四人を朝食の席に招いた。
途端、わっと歓声が上がって驚いた。
大喜びしていたルトガーが我にかえって、苦笑まじりに頭を掻いている。
「いいのか? 正直、助かるが」
「嬉しい! ありがとう、ナギ。あんまり料理は得意じゃないけれど手伝うわ」
キャスも嬉しそうだ。
黒クマ夫婦など、いそいそとナギの側に寄ってきた。
「手伝う。力仕事なら任せてくれ」
「ん、あと切るのはそれなりに得意」
力仕事は特にないので、デクスターには座って待っていてもらうことにした。
張り切るゾフィの背には立派な大剣。……もしかして得意な「切る」とは、魔物や魔獣を「斬る」方なのではないだろうか。
「……えっと、じゃあ、あの、ナイフでお願いしますね?」
「ナギ、俺も手伝うから」
エドの気遣いがありがたい。
さて、では朝食を。と思うのだが、ぱっとメニューが思い浮かばない。
ここしばらく開拓地食堂でいくつものレシピを教え、料理を作り通しだったので、あまり頭が回っていないようだ。
なので、皆からのリクエストに応えることにした。
「皆さん、何が食べたいです? 材料さえあれば、リクエストを聞きますよ」
笑顔で丸投げしたところ、四人は真顔になった。何やらコソコソと相談し、代表としてルトガーが挙手をする。
「ならば、ピザをお願いしてもいいだろうか」
「ピザ? 朝から結構こってりしていますけど、ピザで良いんですか」
てっきりパンケーキかお肉たっぷりのサンドイッチあたりをリクエストされるかと思ったので、意外なチョイスだった。
が、四人とも存外に真剣な表情でこくこくと頷いている。
ピザといえば、開拓地食堂でもレシピを伝えて、メニューに加えられているが、地味に手間が掛かるので週に一度と決められている。
肉とチーズに野菜、たっぷりの具材を使って焼き上げたピザは大好評で、あまりの人気ぶりにエイダン商会はピザ屋台を出店した。
儲け話は思いついたら即実行。そんなポリシーの下、出店したピザ屋台は長蛇の列を作っている。
皆、すっかりピザの虜になっていた。
「食った奴ら全員が美味い美味いと自慢してきてな……」
「屋台からすごーく良い匂いがしてくるし、食べたくなっちゃうじゃない? だけど、あの行列でしょ……」
何時間も並んで食事をする余裕は、護衛役を指名依頼された冒険者たちにはなく。
「諦め掛けていたところに、救世主が!」
がっ、と力強くルトガーに両肩を掴まれた少年が面倒そうに眉を寄せた。
「救世主じゃない。あと、暑苦しい」
「すまんすまん。だが、あのピザを考案したのはナギだろう? 冒険者の間で噂になっていたぞ」
「噂に? 初耳です」
特に隠しているわけでもないし、ナギの差し入れを口にした冒険者も何人かいたので、すっかりバレていたらしい。
ともあれ、せっかくのリクエストだし、何より黒クマ夫妻が哀しそうにピザの屋台を眺めていたので、朝食にピザを焼くことにした。
「本来なら、朝から面倒だと断るところなんですが。幸いピザ用の生地はたくさん仕込んでいたので、作りましょう!」
「おお……!」
開拓地食堂で調理法を説明するために、大量のピザ生地を仕込んだのだ。エドが。
具材をのせて焼くだけの状態で二十枚ほど【無限収納EX】に収納してある。
「肉はうちから提供しよう」
「ん、さっき大森林で狩ってきたところ」
「解体も済んでいる」
マジックバッグから取り出した、ひと抱えほどある肉の塊をエドが代わりに受け取ってくれた。こそっと鑑定してみると、コッコ鳥ではなく、なんとコカトリスの肉だった。
「それだけでは足りないだろう。食材ダンジョンでドロップしたハイオーク肉も提供する」
「ルトガーさん太っ腹ですね」
「うむ。確実に美味いことが分かっているナギの飯が食えるんだ。このくらい安いものだ」
「ふふっ。では、お言葉に甘えて使わせてもらいますね」
今から土魔法でピザ窯を作るのは大変そうなので、使うのは魔道オーブンにした。
メニューはコカトリス肉を使った、照り焼きチキンピザとハイオーク肉のジンジャーポーク風ピザにしよう。
「ゾフィさんは肉を一口サイズに切ってください」
「ひとくち……」
「うん、一口が大きいですね、ゾフィさん⁉︎ その半分くらいの大きさでお願いします」
「ん、分かった。ナギの一口はちいさい……」
解せぬ、といった表情で黙々と肉を切り分けてくれるゾフィ。大きな一口が微笑ましい。
エドには添え物として、フライドポテトとフライドチキンの調理をお願いする。
お手伝いを申し出てくれたキャスには生野菜をサラダ用にちぎってもらう。
ピザ生地をテーブルいっぱいに並べて、さっと調理した照り焼きチキンとジンジャーポークをのせ、細かく刻んだチーズを散らす。
照り焼きチキンにはマヨネーズも合うので、そこは好みでトッピングしてもらった。
あとは予熱しておいたオーブンで焼くだけだ。
火が通ってくると、何とも言えない、食欲を誘う匂いが周囲に漂ってくる。
ハイオーク肉から滴る脂を目にすると、自然と喉が鳴った。
「第一弾、焼けました」
「おお! 美味そうだ!」
魔道オーブンは二段になっており、それぞれ一枚ずつ焼けた。焼き具合も完璧だ。チーズもほどよく溶けている。
(端っこのちょっと焦げた生地が美味しいのよね。ふふ)
焼けたピザを大皿に移動させ、具材を載せておいたピザを再びオーブンに放り込む。
健啖家が六人いるのだ。ピザは多めに仕込んである。
エドが黙々と揚げてくれたフライドチキンとフライドポテトも完成したので、さっそく食べることにした。
4,315
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
その支払い、どこから出ていると思ってまして?
ばぅ
恋愛
「真実の愛を見つけた!婚約破棄だ!」と騒ぐ王太子。
でもその真実の愛の相手に贈ったドレスも宝石も、出所は全部うちの金なんですけど!?
国の財政の半分を支える公爵家の娘であるセレスティアに見限られた途端、
王家に課せられた融資は 即時全額返済へと切り替わる。
「愛で国は救えませんわ。
救えるのは――責任と実務能力です。」
金の力で国を支える公爵令嬢の、
爽快ザマァ逆転ストーリー!
⚫︎カクヨム、なろうにも投稿中
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。