異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

289. 再会とピザパーティー 1

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 冒険者ギルドからの指名依頼をすべて終わらせて、その夜は二人ともぐっすり眠ることができた。
 早朝に起き出して、朝食の仕込みを手伝う必要もないため、ナギはのんびりと朝寝を楽しんだ。
 空間拡張を施した魔道テントの中は縦も横もゆったり広々としている。
 なので、ベッドは愛用のクイーンズサイズの物を使っていた。おかげで、野営とは思えぬほど快適に熟睡できたように思う。
 パーティションの向こう側をそっと覗いてみたが、エドのベッドはもぬけの殻だ。

「朝の鍛錬に向かったのかな? 相変わらず、エドは生真面目ね」

 夜は仔狼アキラを抱っこして眠るのが楽しみだったのだけれど、残念ながらテントでの野営中はエドに断られてしまった。
 何か不測の事態に陥った時に、仔狼の姿では対処が難しい。そう説明されてしまうと、ナギは頷くことしかできなかった。
 もふもふを抱き枕にしたいだけ、という自分の欲望のためだけに我儘は言えない。
 エドの姿がなく、突然どこからか現れた仔狼の説明もできる気がしなかった。
 ふわふわの素晴らしい毛並みに頬を引っ付けて眠る楽しみのない、寂しい三日間だったが。

「でも、今日からは好きなだけモフれるものね!」

 ぐっと拳を握り込んで、鼻息荒く宣言する。
 そう、指名依頼を無事に終わらせられたので、本日からは自由行動が認められているのだ。

「久しぶりの食材ダンジョン! 存分に楽しまなくちゃ!」

 鼻歌まじりに着替えをすませる。
 朝食を済ませたら、すぐにダンジョンに潜りたい。すっかり身体に馴染んでいる冒険者用の衣装に身を包むと、朝食を作るためにテントの外に出た。
 テント内でも調理は可能だが、どうしても匂いはこもってしまう。
 風魔法で空気を入れ替えても、浄化魔法クリーンを使っても、何となく気になってしまうので、野営時は外で調理をするようにしている。
 魔道テントは【無限収納EX】に片付けて、空いた場所に手際よくテーブルや調理器具を並べていった。
 魔道コンロとフライパンや鍋を取り出して、さて何を作ろうかなと悩んでいると、ふいに背後から声を掛けられた。

「久しぶりね、ナギ」
「キャスさん!」

 笑顔で手を振るのは、冒険者パーティ『黒銀くろがね』のメンバー、キャスだ。
 青みがかった銀髪を後ろでひとつに纏めた大人の女性で、弓と魔法を得意としている。
 そのすぐ後ろには、リーダーである槍使いのルトガーが立っていた。ナギと目が合うと、にっと太い笑みを浮かべて片手を上げてくれる。

「ルトガーさんも! お元気でしたか?」
「ああ。ナギこそ元気そうだな。食堂で忙しそうにしているのを遠目で見掛けてはいたんだが、落ち着いたら声を掛けようと思っていたんだ」

 どうやら、気を使ってくれていたようだ。
 開拓地食堂を手伝っていた二日半の間は確かに目が回るほどの忙しさだったので、その心遣いがありがたい。

「森の中でエドと会った」
「ん、それで今日からはダンジョンだって聞いたから会いに来た」

 ぬっと目の前に現れたのは黒クマ夫妻。
 黒髪黒目で規格外に大きな、迫力のある二人だ。こんなに立派な体格をしているのに、気配もなく側に寄ってくるので、なかなか心臓に悪い。
 夫婦の背後から、エドがそっと顔を出してきた。

「すまない、ナギ。朝の準備で忙しかったか」
「ううん。さっき起きたところだし、特に急いではいないから大丈夫。私も皆と会いたかったから嬉しい」

 せっかくなので、まだ何も食べていないという四人を朝食の席に招いた。
 途端、わっと歓声が上がって驚いた。
 大喜びしていたルトガーが我にかえって、苦笑まじりに頭を掻いている。

「いいのか? 正直、助かるが」
「嬉しい! ありがとう、ナギ。あんまり料理は得意じゃないけれど手伝うわ」

 キャスも嬉しそうだ。
 黒クマ夫婦など、いそいそとナギの側に寄ってきた。

「手伝う。力仕事なら任せてくれ」
「ん、あと切るのはそれなりに得意」

 力仕事は特にないので、デクスターには座って待っていてもらうことにした。
 張り切るゾフィの背には立派な大剣。……もしかして得意な「切る」とは、魔物や魔獣を「斬る」方なのではないだろうか。

「……えっと、じゃあ、あの、ナイフでお願いしますね?」
「ナギ、俺も手伝うから」

 エドの気遣いがありがたい。
 さて、では朝食を。と思うのだが、ぱっとメニューが思い浮かばない。
 ここしばらく開拓地食堂でいくつものレシピを教え、料理を作り通しだったので、あまり頭が回っていないようだ。
 なので、皆からのリクエストに応えることにした。

「皆さん、何が食べたいです? 材料さえあれば、リクエストを聞きますよ」

 笑顔で丸投げしたところ、四人は真顔になった。何やらコソコソと相談し、代表としてルトガーが挙手をする。

「ならば、ピザをお願いしてもいいだろうか」
「ピザ? 朝から結構こってりしていますけど、ピザで良いんですか」

 てっきりパンケーキかお肉たっぷりのサンドイッチあたりをリクエストされるかと思ったので、意外なチョイスだった。
 が、四人とも存外に真剣な表情でこくこくと頷いている。

 ピザといえば、開拓地食堂でもレシピを伝えて、メニューに加えられているが、地味に手間が掛かるので週に一度と決められている。
 肉とチーズに野菜、たっぷりの具材を使って焼き上げたピザは大好評で、あまりの人気ぶりにエイダン商会はピザ屋台を出店した。
 儲け話は思いついたら即実行。そんなポリシーの下、出店したピザ屋台は長蛇の列を作っている。
 皆、すっかりピザの虜になっていた。

「食った奴ら全員が美味い美味いと自慢してきてな……」
「屋台からすごーく良い匂いがしてくるし、食べたくなっちゃうじゃない? だけど、あの行列でしょ……」

 何時間も並んで食事をする余裕は、護衛役を指名依頼された冒険者たちにはなく。

「諦め掛けていたところに、救世主エドが!」

 がっ、と力強くルトガーに両肩を掴まれた少年が面倒そうに眉を寄せた。

「救世主じゃない。あと、暑苦しい」
「すまんすまん。だが、あのピザを考案したのはナギだろう? 冒険者の間で噂になっていたぞ」
「噂に? 初耳です」

 特に隠しているわけでもないし、ナギの差し入れを口にした冒険者も何人かいたので、すっかりバレていたらしい。
 ともあれ、せっかくのリクエストだし、何より黒クマ夫妻が哀しそうにピザの屋台を眺めていたので、朝食にピザを焼くことにした。

「本来なら、朝から面倒だと断るところなんですが。幸いピザ用の生地はたくさん仕込んでいたので、作りましょう!」
「おお……!」

 開拓地食堂で調理法を説明するために、大量のピザ生地を仕込んだのだ。エドが。
 具材をのせて焼くだけの状態で二十枚ほど【無限収納EX】に収納してある。

「肉はうちから提供しよう」
「ん、さっき大森林で狩ってきたところ」
「解体も済んでいる」

 マジックバッグから取り出した、ひと抱えほどある肉の塊をエドが代わりに受け取ってくれた。こそっと鑑定してみると、コッコ鳥ではなく、なんとコカトリスの肉だった。

「それだけでは足りないだろう。食材ダンジョンでドロップしたハイオーク肉も提供する」
「ルトガーさん太っ腹ですね」
「うむ。確実に美味いことが分かっているナギの飯が食えるんだ。このくらい安いものだ」
「ふふっ。では、お言葉に甘えて使わせてもらいますね」

 今から土魔法でピザ窯を作るのは大変そうなので、使うのは魔道オーブンにした。
 メニューはコカトリス肉を使った、照り焼きチキンピザとハイオーク肉のジンジャーポーク風ピザにしよう。

「ゾフィさんは肉を一口サイズに切ってください」
「ひとくち……」
「うん、一口が大きいですね、ゾフィさん⁉︎   その半分くらいの大きさでお願いします」
「ん、分かった。ナギの一口はちいさい……」

 解せぬ、といった表情で黙々と肉を切り分けてくれるゾフィ。大きな一口が微笑ましい。
 エドには添え物として、フライドポテトとフライドチキンの調理をお願いする。
 お手伝いを申し出てくれたキャスには生野菜をサラダ用にちぎってもらう。
 ピザ生地をテーブルいっぱいに並べて、さっと調理した照り焼きチキンとジンジャーポークをのせ、細かく刻んだチーズを散らす。
 照り焼きチキンにはマヨネーズも合うので、そこは好みでトッピングしてもらった。
 あとは予熱しておいたオーブンで焼くだけだ。
 火が通ってくると、何とも言えない、食欲を誘う匂いが周囲に漂ってくる。
 ハイオーク肉から滴る脂を目にすると、自然と喉が鳴った。

「第一弾、焼けました」
「おお! 美味そうだ!」

 魔道オーブンは二段になっており、それぞれ一枚ずつ焼けた。焼き具合も完璧だ。チーズもほどよく溶けている。

(端っこのちょっと焦げた生地が美味しいのよね。ふふ)

 焼けたピザを大皿に移動させ、具材を載せておいたピザを再びオーブンに放り込む。
 健啖家が六人いるのだ。ピザは多めに仕込んである。
 エドが黙々と揚げてくれたフライドチキンとフライドポテトも完成したので、さっそく食べることにした。
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