異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

319. 転移の魔道具

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 銀級シルバーランクに昇格したお祝いを自宅でささやかに過ごした翌日。
 ナギとエドは猫の妖精ケットシーのコテツを連れて、転移の魔道具を試してみることにした。

 ハイペリオンダンジョンの初攻略特典、ダンジョン内に自由に転移ができる指輪型の魔道具だ。
 右手の薬指に嵌めた、青金石ラピスラズリの指輪はエドとお揃いなため、何となく気恥ずかしい。

「じゃあ、試してみようか」
「そうだな。まずは二人で。次はコテツを連れて行けるかを確認しよう」

 この転移の魔道具を使うのは、実はこれが初めてだ。
 【鑑定】スキルで確認した使用方法は、指輪を装着してハイペリオンダンジョン内で行きたい階層を念じるだけ。
 これが地味にありがたい。

「ダンジョンの入り口や一階層にいきなり飛ばされちゃったら、誰かに見られる可能性が高いものね」

 一般公開はまだされていないが、周辺を開拓するために大勢の人々が働いているのだ。
 開拓の作業員を護衛する冒険者グループも数組、滞在している。
 退屈で面倒な護衛任務を冒険者が受けるのは、ランクアップのための査定に響くのと、休日には先んじてハイペリオンダンジョンを探索する許可が降りているからだ。
 親しくなった冒険者パーティ『黒銀くろがね』もその恩恵を受けている。
 調査任務でナギたちと共に途中まで挑んだことのある彼らが、護衛任務中の冒険者グループの中ではいちばん深く潜っていた。
 休みに日帰りで挑むだけなので、まだそこまで下層には辿り着けていないだろうけれど、注意が必要だ。

「どこに転移する?」
「決まっている。三十二階層だ」
「そう言うと思った」

 つい、口元が綻んでしまう。
 三十二階層は自分たちにとっては、とても「美味しい」狩り場なのだ。
 大平原が広がるフィールドには、二人が求めてやまない魔獣がいる。
 そう、ブラックブルだ。

「まずは、きちんと狙った場所に転移ができるかを確かめないとね」
「だな。ついでに、十頭くらい狩ってこよう」

 こくこくと熱心に頷くエド。
 期待に揺れる尻尾をナギは見逃さない。

「ついでに狩る数ではないけど、せっかくだもの。ちょっとだけお肉を入手しておきたいわね」

 牛肉はいくらあってもいいものだ。
 ステーキにカツ、シチューやカレーでも食べたい。ローストビーフも大量に作り置きしておきたいし、久しぶりにすき焼きに舌鼓を打つのもいい。

「じゃあ、行ってきます!」
「すぐに戻ってくる」

 キリッとした表情で手を振る二人をキジトラ柄の猫は香箱を組んで見送った。


◆◇◆


 はぐれてしまわないように手を繋いで、転移の魔道具を発動する。

(ハイペリオンダンジョン、三十二階層!)

 光景だけでなく、心の中ではっきりと階層をつぶやく。
 脳内ではあらゆる牛肉料理がめくるめくっていたが、きちんと転移できたようだ。

「ナギ、着いたぞ」
「え、もう?」

 てっきり、ダンジョン内の転移扉の時のように脳が揺れる感覚があるのかと思ったが、戸惑うほどに何も感じなかった。
 目を閉じて、開いたら景色が変わっている。

「さっきまで、庭にいたのに……」
「平原フィールド。特徴的なこの匂い、ブラックブルだな」

 すん、と鼻を鳴らして頷く黒狼族の少年。エドが断言するなら、ここは確かに三十二階層なのだろう。
 
「む、こっちに来るみたいだ。ナギは下がっていてくれ」
「分かったわ。あまり傷を付けないでね?」
「当然だ」

 ナギの【気配察知】スキルにも反応がある。
 ちょうど、ブラックブルの群れのそばに転移したようだ。

(転移扉の近くに飛ばされるわけじゃないのね。ありがたいわ)

 どうやら、人や物、魔獣と遭遇しない場所へと転移してくれるようだ。
 
 エドが漆黒の巨体に飛び掛かっていくのが見える。勇敢だと感心しながら、ナギも背後から援護魔法を放つ。
 美味しいお肉をなるべく傷めたくないので、ここで使うのは水魔法だ。
 まずは巨大な水球をブラックブルにぶつけて地面に倒す。
 牛や馬は背中から倒れ込むと、自力で起き上がるのが困難な生き物だ。
 焦って足掻いている間に水球で頭部を覆って窒息させる。
 肉体に損傷なしに倒せる、簡単な方法だ。
 動かなくなったら、すぐに手で触れて【無限収納EX】に回収する。

 エドは細身の剣で素早く首を落としていた。たまに剣ではなく、鋭い蹴りを顎にお見舞いしている。
 あれは脳が揺れるらしく、一発でノックアウトだ。倒れたブラックブルの喉元を剣で手早く切り裂いていく。

「もはや熟練の狩人の動きね」

 ドロップアイテムに変化する前に、大急ぎで収納する。
 この【無限収納EX】のおかげで、大きな牛の魔獣一頭分の素材がすべて手に入るのだ。
 通常ドロップする各部位の肉はもちろん、気持ち悪いと捨てられることの多い、内臓やタン、骨などもナギの手に掛かれば美味しい料理になる。

「オークのガラをよく使うようになったけど、たまには牛骨もいいわよね」

 トンコツよりもさっぱりとした風味の牛骨だが、優しい味わいがするらしい。
 食べたことはないけれど、牛の大腿骨を使ったラーメンがあるというのを、何かの記事で目にした記憶がある。
 オークとコッコ鳥のガラから取ったスープはどちらも甲乙つけがたい美味しさだったので、ブラックブルのスープもきっと絶品に違いない。

 牛タンにホルモンは焼肉や鍋、煮物にも使えるし、捨てるところは少なそうだ。

「十二頭、ぜんぶ倒したから、そろそろ戻ろう」
「おつかれ、エド。では、コテツくんを迎えに行きましょう!」

 エドと合流すると、当然のように手を繋がれた。もう慣れてしまってはいるが、少しは遠慮がないのだろうか。
 じっと横顔を見据えていると、気付いた少年が不思議そうに「ん?」と首を傾げている。

「なんでもないわ」
「では、家へ」

 先程と同じように、目を閉じて念じる。
 次の瞬間、ふわふわの毛玉に熱烈に出迎えられた。子猫たちだ。
 コテツは相変わらず香箱を組んだまま、欠伸をしている。
 茶トラ柄のトラはエドの背中にしがみついていた。
 ハチワレのミウもナギの足首のあたりにまとわりついては甘えた声音で鳴いている。

「ただいま、皆!」
「無事に転移できたぞ。次はコテツを連れて行けるかどうかの実験だ」

 ニャア、と間延びした声音で鳴くコテツ。
 はいはい、とでも言っていそうな響きに「猫らしい」とナギはこっそり笑ってしまった。
 ちょっとだけ、ぽっちゃりした体型のキジトラ猫はのしのしと歩いてくる姿がとても迫力がある。
 頼りになるボスの顔だ。
 ついてこようとする子猫たちを振り返ると、「フウッ!」と一喝する。
 それだけで子猫たちは尻尾を膨らませて脱兎のごとく逃げ出した。

「……チビちゃんたち、お留守番さみしくないかしら?」
『精霊たちに子守りを任せたから、大丈夫にゃ』

 しっかりお願いしてくれていたようだ。
 エドはコテツを片手ですくい上げるようにして抱えると、もう片方の手をナギに差し出す。
 手を繋ぎながら、エドに尋ねてみた。

「次はどこへ行きたい?」
「五十五階層。あそこなら、『黒銀くろがね』しか辿り着けていない」
「ワイバーンがいた階層よね。コテツくんは大丈夫……どころか、余裕で殲滅してくれそう」
『空飛ぶトカゲはよわい』
「ワイバーンをトカゲ扱い……。あれでも亜竜なのに」
『ドラゴンとぜんぜん違う、ニャッ!』

 猫に叱られてしまった。
 たしなめる口調の響きから、何となくドラゴンの知り合いがいるのかなと思う。

『でも、トカゲのからあげはウミャイ』
「ん、あれはいいものだ」
「ワイバーンの被膜の唐揚げ、格別よね」

 思い出して、二人と一匹はこくりと喉を鳴らす。
 あれはとても中毒性のある食べ物なので、あっという間に食べ尽くしてしまった。

「在庫を確保しないと」
「それは大事だな」
『根こそぎ狩るニャー!』

 心がひとつになったところで、いざ五十五階層へ。
 



◆◆◆

『異世界転生令嬢、出奔する』の3巻が12月下旬に発売予定です!

ナギとエドの二人がマイホームのために土地を探しつつ、海ダンジョンをエンジョイする一冊です。
よろしくお願いします…!

◆◆◆
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