252 / 308
〈冒険者編〉
318. お祝いは美味しい
しおりを挟むランクアップ祝いのパーティのメイン料理はブラックブル肉のステーキだ。
「んん…ッ、もう何度食べても飽きることのない、間違いない味ね!」
「違いない。いくらでも食えそうだ」
ナイフを当てるだけで、すっと切れるほどにやわらかな赤身肉。
ほどよいサシが口の中に溢れる肉汁を生み出してくれている。
切り分けた肉をフライドガーリックと共に咀嚼しながら、ナギはうっとりと瞳を細めた。美味しすぎる。
「高級な牛肉といえば、ミノタウロスもだけど……。日常でのご馳走にするなら、やっぱりブラックブルね」
同じ牛系でも、魔獣であるブラックブルと魔物であるミノタウロスの肉は微妙に味わいが違う。
ミノタウロスの方がダンジョンの下層に棲息しており、ブラックブルよりも強い。
つまりは、ミノタウロス肉の方が高級で美味ではあるのだが、なにせサシが凄いのだ。
どの部位の肉も口に含むと、体温だけでとろりと脂が融けて消えていくほどに。
「一度味わえば、夢に見るくらいに美味しいのだけれど、脂が凄まじいのよね……」
ちなみにミノタウロスの肉はラヴィに差し入れとして貰ったものを食べた。
ドロップしたブロック肉を山分けしたものだったので、少量だった。
一人、四百グラム分ほどを焼いて食べたのだが、食後に胃がもたれたのだ。
現役冒険者で食べ盛り、燃費の悪い魔法使いであるナギでさえ、魔獣肉なら一キロはぺろりと平らげる。
黒狼族の獣人であるエドなんて、その倍量は平気で食べてしまうというのに、だ。
甘くて中毒性のあるミノタウロスの、脂がたっぷりとのったお肉のこってりさ加減を甘く見ていた。
ミーシャに愚痴ると、あれは少量を楽しむ嗜好品だと呆れられてしまった。
(でも、お肉自体は絶品だったから、赤身の部分でローストビーフを作りたいな)
そのためには、東の肉ダンジョンの下層に挑む必要がある。
銀級に昇格したことだし、本気で下層に潜るのも悪くないかもしれない。
命大事にをモットーにこれまでは活動していたため、これまでは楽に稼げる階層ばかりで魔獣を狩っていたが。
金級を本気で目指すなら、ダンジョンの深層攻略の実績は必須。
(また後で、エドと相談しなくちゃね)
狩猟好きな獣人のエドはきっと賛成してくれるとは思う。
普段から暴れ足りない黒狼もきっと乗り気になるだろう。
下層だと、挑む冒険者の数も減るし、フィールドは広大だと聞く。
そこなら、きっと黒狼姿で存分に駆け回ることができるので、行きたがるのは確実だ。
「下層に行くほど、美味しいお肉と遭遇できる確率も上がるから、楽しみではあるのよね」
食材ダンジョンの魔獣肉も素晴らしかったが、やはり肉ダンジョンの方が出没する魔獣は多彩なのだ。
『美味しいお肉?』
ぴくり、と耳を立てたのはコテツだ。
ブラックブル肉のステーキを食べやすいように小さくカットしたものを夢中で平らげていたのだが、美味しいお肉というフレーズを聞き逃せなかったらしい。
子猫二匹は無心でお皿に顔を突っ込んでいる。
山羊ミルクと離乳食から卒業したチビたちは、小さな牙であむあむと魔獣肉をワイルドに咀嚼していた。
『お肉、狩りに行くのにゃ?』
「そのつもり。もしかして、コテツくんも行きたい?」
ちら、と子猫二匹に視線をやって、しばし悩んだ様子だったが、こくりと頷いた。
『行きたいにゃ』
「そっか。じゃあ、行く?」
「いいのか、ナギ?」
エドが心配そうに口を挟んでくる。
また、コテツを従魔としてダンジョンに連れて行くと考えたのだろう。
ナギはにこりと微笑んだ。
「いいわよ。行くのは肉ダンジョンじゃなくて、食材ダンジョンだから」
「! ナギ、それは」
エドにはすぐに伝わったようだ。
「そう、せっかくだし、明日試してみましょうよ。転移の魔道具を」
自宅から食材ダンジョンに一瞬で転移ができるなら、長旅も必要ない。
それに食材ダンジョンなら、挑む冒険者がまだ少ないので、コテツも目立たずに活躍できるだろう。
『あのダンジョンに行けるの、にゃ?』
「ええ、貴方たちと出会ったハイペリオンダンジョンに転移できる魔道具を手に入れたから」
『行くにゃ! チビたちの肉を狩ってくるにゃー!』
子猫たちの保護者として張り切る姿が健気で可愛らしい。
ふんす、ふんすと鼻を鳴らしてやる気を見せるキジトラの頭をそっと撫でて宥めてやる。
と、ステーキを完食した子猫たちが皿から顔を上げて、ピャアと鳴いた。
足りない、もっと!
ニャアニャアと訴え掛けられて、ナギは慌てて次の料理を取り出した。
「はいはい。次はピザをどうぞ」
「俺がカットしよう」
焼き立てのピザを【無限収納EX】から取り出すと、エドが素早く切り分けてくれた。
子猫たちの分はさらに小さくカットして、小皿に盛り付けている。
『ピザ!』
「ぴゃあ!」
コテツの真似をしてか、茶トラ柄のトラが鳴く。もしかしなくても「ピザ」と鳴いたのだろうか。可愛すぎる。
ハチワレ柄のミウはさっそく、ピザに食いついた。
小さなお口で懸命に齧り付く姿が愛らしくて、ナギは口元を手で覆って身悶えする。
「んみゃっ!」
「んま、んまっ」
ピザは三匹のハートを鷲掴みにしたようだ。サラミソーセージ味のサラマンダーの尻尾肉とダンジョン産のチーズがよほど美味しかったのだろう。
すごい勢いで食べている。
あんまり美味しそうに食べる姿に釣られて、ナギとエドもピザをぱくり。
こちらは香辛料を多めに使ったピザのため、ぴりりと刺激があって美味しい。
「ビールがほしい!」
「クラフトコーラで我慢してくれ」
冷えたクラフトコーラを一息に飲み干す。ビールではないけれど、冷えた炭酸とピザの相性は最高だ。
エドも大きなピザを一枚まるっと平らげた。
「締めはラーメンよ!」
『ラーメン! 食べたいにゃー!』
オーク骨をたっぷりと煮込んだスープをベースにしたラーメンは我ながら絶品だった。
猫舌の三匹はすぐに食べたかったようで、風魔法で冷やしてから口にしていた。
最近、子猫たちは保護者であるコテツに鍛えられながら、魔法を覚えている最中らしい。
家の前の森の浅い場所で、よく魔法を練習しているとか。
「え、見たい」
『ダメにゃ。内緒なのにゃ』
「うう……コテツくんがケチすぎる。美味しいデザートあげるから、ちょっとだけ」
『うみゅ。練習はダメだけど、そのうちダンジョンに連れて行くから、そこを見ればいいにゃー』
はむはむ、と麺をたぐるキジトラ猫をナギは慌てて見下ろした。
「子猫ちゃんたちをダンジョンに連れて行くの?」
『生きていくためには、狩りを覚える必要があるにゃ』
猫だ。いや、猫の妖精か。
魔法と共に狩猟も教えるようだ。それにしても、ダンジョンを狩り場にするとは。
『魔獣肉の方が美味しい、にゃ』
「それはそうだけど」
魔法を使う者にとっては、魔素をたっぷりと身に纏った魔獣肉や魔物の肉はご馳走なのである。
子猫たちのダンジョンブートキャンプはさすがにまだ先の話らしく、まずはコテツだけで転移することになった。
『ラーメン、美味しいにゃー』
「美味しいよねー?」
スープはもちろん、もちもちの麺が絶品だ。ハイオーク肉を使ったチャーシューも口の中でほろりとほぐれていく。
ラーメンを完食したところで、ナギは満を持してデザートのいちごスイーツをテーブルに並べた。
いちごのタルトといちごパフェだ。
色鮮やかなスイーツに、猫たちが歓声を上げる。
特にパフェに使った、いちごアイスが気に入ったようで、アイスのおかわりを何度もおねだりされた。
『お祝いはおいしい。ふたりとも、またお祝いできるよう、がんばるにゃ!』
美味しいご馳走を食べたいだけの猫に金級への昇格を気楽に応援された二人は揃って苦笑を浮かべた。
◆◆◆
拍手ありがとうございます!
【宣伝】です↓
『ダンジョン付き古民家シェアハウス3』発売中です。よろしくお願いします!
連載中の『魔法のトランクと異世界暮らし』の書籍化進行中です。
こちらもあわせてよろしくお願いします✨
◆◆◆
3,759
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした
朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。
だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。
――私は静かに調べた。
夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。
嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。