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〈冒険者編〉
323. コーラとポテチはテッパンです
しおりを挟む「どうぞ。お口に合うといいんですけど……」
グラスに注いだクラフトコーラをミーシャは不思議そうに覗き込んだ。
タンサンの実を投入しているので、ぱちぱちと泡が弾けている。
色もコーラなので、かなり黒い。
見た目が微妙なため、さすがの彼女も困惑しているのだろうか。
ナギはグラスを手に取ると、金属製のストローでクラフトコーラを飲んだ。
ほどよい炭酸が心地いい。
冷えたコーラはまだビールが飲めないナギたちにとっては最高の贅沢品だ。
「ぷはっ! うん、美味しい。タンサンの実を入れたレモン風味のジュースなんですよ」
「タンサンの実……なるほど、それでパチパチと泡が弾けているのですね」
勢いよく飲み干したナギの説明を聞いて、ミーシャは表情を和らげた。
「食材ダンジョンで手に入れたハーブやスパイスを調合して、香りと味を付けてみたんです。さっぱりした風味で、お肉料理にも合うし、エドと私の好物なんですよ」
「二人が美味しいと言うなら、きっとそうなのでしょう。いただきます」
おそるおそるグラスを手に取り、ストローを咥えるミーシャ。
グラスに入れた氷が涼しげな音を立てる。
くわぁっ、とコテツがあくびをした。
子猫たちがいないと、広いお屋敷はとても静かだ。
ストローでコーラを一口味わったミーシャは瞳を細めて考え込んでいる。
「不思議な味わいです。香りも独特。肉料理に合うと言っていた理由がよく分かりました。爽やかな飲み心地がクセになりそうですね」
「でしょう? ふふふ、コーラはこのシナモンクッキーとも合うんですよ」
「高価なスパイスを菓子に使うなんて、相変わらずですね、ナギ」
「食材ダンジョンでドロップしたシナモンなので、実質無料です!」
ハイペリオンダンジョンでは集中して香辛料や調味料を狙ったので、半年分の在庫は余裕である。
その上、初攻略特典で転移の魔道具を入手した今、毎日通い放題なのだ。
(食材ダンジョンで手に入る食材では自重しないことを決めたから、好きに作って食べるつもり!)
せっかくの魔道具なのだ。使わないともったいない。
そして、心置きなく使うには、やはり信頼できる共犯者が欲しい。
ミーシャはすっかりクラフトコーラが気に入ったようで、シナモンクッキーを齧りながら、くぴくぴと楽しそうに飲んでいる。
「このクッキーも美味しいです。エルフの里でも薬草入りの焼き菓子を食べていたことを思い出しました」
「エルフの里の薬草クッキー……! それは身体に良さそうですね」
「……そう、ですね。身体には良かった、のだと思います」
歯切れが悪い。あまり思い出したくない記憶なのだろうか。渋い表情をしている。
「もしかして、味の方が……?」
「とても苦くて、えぐみの強い菓子でした」
「わぁ……それはお菓子というか……」
もしかして、薬が苦手な子供用に作られたものなのだろうか。
なんとなく、前世の青汁を思い出した。
ミーシャは眉間にシワを寄せて、嘆息する。
「苦さを誤魔化すために混ぜたハチミツとの相乗効果で、筆舌に尽くしがたい味になっていましたね」
「それは気の毒な……」
素直に薬を飲んだ方が、まだダメージが少なそうだ。
「その点、こちらのシナモンクッキーは美味しいです」
「良かったです。そうだ、コーラにはポテチも合うんですよ」
「……ぽてち?」
「ポテトチップスです。食べます?」
コーラを飲んだら、ポテチが食べたくなったナギは悪戯っぽく笑うと【無限収納EX】から菓子皿を取り出した。
木製の深皿には作り置きのポテトチップスを入れてある。味付けはシンプルに塩だけだ。
ただし、この塩はナギが海水から作った純度の高い塩なため、とても美味しい。
「ポテチとコーラを交互に口にすると、止まらなくなるんですよねー」
「なるほど……納得の美味しさです」
しばらくは二人して無心でポテチを摘み、コーラを飲んでしまった。
菓子皿が空になったところで、ようやく我にかえる。
「そう言えば、ミーシャさんはどうして我が家へ?」
家に遊びに来るにしても、事前に約束をしていた律儀な彼女らしくない。
理由を尋ねると、はっと顔を上げた。
「そうでした。コーラとぽてちが美味しくて、私としたことがうっかりしていました」
こほん、と咳払いをするとミーシャはすっと背筋を伸ばした。
「東の冒険者ギルドのマスターからの預かり物を返却に来ました」
「ギルドマスターから?」
「はい、ベルクとフェローからです」
「二人から……」
トラの獣人であるベルクとサブマスターのフェロー。
その二人からの預かり物ということは……
「船の魔道具ですね?」
「その通りです。東西南北のギルドマスターが集い、船の魔道具の検証と性能確認が終わりましたので、その報告と返却です」
ミーシャが【アイテムボックス】から取り出した模型サイズの船をナギはしっかりと受け取った。
邪魔になるので、すぐに【無限収納EX】に収納する。
「素晴らしい性能とのことで、南のギルドマスターが絶賛しておりました。当初の予定通りに、高ランク冒険者への貸出しをお願いしたいとのことです」
手渡された書状にも同じようなことが書かれている。
一日あたりのレンタル料など、契約についての条件も記載されていたのでエドとまた相談して返事をすることにした。
「南だけでなく、北や西のギルドマスターも興味を示していましたよ」
「北や西も? そっちのダンジョンにも海のエリアがあるんですか」
西のダンジョンは制限があったので、ナギたちはまだ足を踏み入れたことがない。
北の「鉱山ダンジョン」は文字通り、洞窟や岩山中心のフィールドにしか挑んだことがないので、初耳だった。
「北には巨大な湖がありますからね。その中央に下層へ続く入り口のある島が浮いているので、攻略に船が欲しいのでしょう」
「湖と浮き島! ちょっと見てみたいですね」
想像するだけで、わくわくするような光景だ。ダンジョンはともかくとして、観光気分で眺めてみたいかもしれない。
「貴方たちなら挑めるのではないですか」
「うーん……でも、美味しいお肉や果実がないと、やる気が……」
「貴方たちらしいです」
呆れた風でもなく、くすりと微笑ましげに笑われてしまった。
「今日はギルドの職員代理としてお邪魔したので、ここに受け取りのサインをお願いします」
「はい! ……あの、わざわざミーシャさんが?」
「収納スキル持ちなのと、貴方たちと親しいため選ばれました。……あまり他人には家を知られたくないのでしょう?」
「ありがとうございます。すごく助かります」
絶対に秘密、とまではいかないが、なるべくは自宅を見られたくないので、ミーシャの気遣いがありがたい。
辺境伯邸から持ち出したお屋敷について、いちいち説明するのはとても面倒なのだ。
受け取りのサインをし終わったところで、エドが子猫たちを連れて帰宅した。
「おかえり、エド」
「おかえりなさい。お邪魔しています」
「ただいま。……お久しぶりです、ミーシャさん」
匂いで来客には気付いていたようだ。
エドは驚いた様子もなく、淡々とした口調で挨拶を返している。
子猫たちは人見知りして、リビングに入らず二階へ駆け上がっていた。
「船の魔道具を持ってきてくれたのよ」
「そうか。わざわざ、感謝する」
律儀に頭を下げるエドの袖をナギはそっと引いた。アイコンタクトで、何を言いたいか、すぐに察してくれたようだ。
「……いいのか?」
「うん、私はいいと思う。ラヴィさんにはまた今度説明するとして」
「なら、ナギに任せる」
「……何のことでしょう?」
首を傾げるミーシャに向き合って、ナギは神妙な口調で説明した。
ハイペリオンダンジョンの、もうひとつの初攻略特典の転移の魔道具について。
◆◆◆
3巻の発売日が近付いております。
現在公開しているネット連載も3巻の箇所は非公開になりますので、読み直したい方は今のうちに!
今回も大幅に加筆してありますので、勢いのある文章が読めるのは今だけです!笑
ネット書店でも予約開始しておりますので、3巻よろしくお願いします🙇
◆◆◆
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