異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

325. 自由のために

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 リビングのソファで眠っていたコテツが起き上がって、伸びをする。
 前脚、後ろ脚と順番にストレッチをすると、ようやく歩き出した。
 ナギの足元に座ると、上目遣いで尋ねてくる。

、帰ったのか、にゃ?』

 さっきの、とはおそらく来客のことだろう。
 さすが猫の妖精ケットシーというべきか、彼は人見知りもせずに、初めて会うミーシャの膝の上へとすぐに登っていたが、あれは確認も兼ねていたようだ。

「ミーシャさんなら、帰ったわよ。コテツくんのことを気にしながら」
「そういえば、珍しく気にしていたな」

 クールなエルフの麗人はナギと違い、あまり動物に興味を示さない。
 真剣な眼差しで、ふわふわの動物を見つめている時は、「かわいい」よりも「おいしそう」という意識が強いらしい。

(さすが、狩猟の民のエルフ)

 ナギは魔獣や魔物の類は張り切って狩るけれど、犬猫は普通にかわいいと思うタイプだ。毛並みがいい動物だと、なおいい。
 
「膝の上のコテツを撫でていたよな?」
「うん。それはもう、幸せそうな表情で」

 幸せというよりは、懐かしそう、が近いかもしれない。
 綺麗な翡翠色の瞳を細めて、うっすらと笑みを浮かべていたように思う。

「もしかして、どこかで会ったことがあるとか?」
「エルフと妖精だから、その可能性はあるな。覚えているか、コテツ?」

 長命のエルフであるミーシャ。
 そして、レベル200を余裕で越えているコテツなのだ。きっと彼も長生きをしている妖精なはず──
 だが、キジトラ柄のニャンコは「はて?」と首を傾げている。

『覚えていない、ニャッ』

 誤魔化しているわけでもないのは、真顔から伝わってくる。
 本当に覚えていないようだ。

『エルフとはいっぱい会ったから、覚えてにゃい……』
「そっか。いっぱい会ったことあるんだ」

 エルフは『森の人』と称されるように、基本的には森の奥で暮らす種族だ。
 魔法が得意な狩猟の民であり、人族や獣人族よりも寿命が長い。
 飛び抜けて美しい者が多いため、かつて他国では奴隷として狙われることがあったという。
 そのため、彼らは今でも人嫌いで、閉鎖的な里で暮らしている。

(でも、中には好奇心が旺盛なエルフがいて、冒険者や薬師として街で生計を立てているのだけど、圧倒的に少数派なのよね)

 そんな希少種族のエルフと『いっぱい会った』と言うコテツが謎すぎる。

(まぁ、ダンジョンで暮らしていた変わり者だものね。森の中のエルフと知り合いでもおかしくないか……)

 そのうち、ミーシャに聞いてみればいい。
 猫の妖精ケットシーのことは秘密にして、猫を飼っていたことがあるかどうかをさりげなく聞きだそう。

 ちょこん、と床に座るコテツが可愛らしくて、その場にしゃがむとそっと顔面をマッサージしてやる。
 両手で軽く揉んであげると、くるる…と喉を鳴らしながら、こてんと転がった。
 甘える体勢だ。許された、とも言う。
 柔らかなアゴの下のあたりを撫でてやろうとナギが手を伸ばしたところ、「ニャー!」とけたたましく鳴きながら、子猫たちが突進してきた。

「ニャッ⁉︎」

 慌てて起きあがろうとしたコテツの腹部に二匹がダイブする。
 来客中はこっそり隠れていたが、知らない人がいなくなった今、彼らは小さなモンスターと化した。
 ふくよかなお腹を揉みしだき、じゃれかかってくる子猫たちは大変愛らしいが、突撃される方は溜まったものではない。

『やめるにゃー!』

 もみくちゃにされているコテツには気の毒だが、わちゃわちゃしている猫団子の光景はとてもいいものだ。
 エドと二人で微笑ましげに見守った。


◆◇◆


 本日の夕食は、食材ダンジョンの最下層で手に入れたマグロを使った、ポキ丼だ。
 ハワイの郷土料理のひとつで、カットしたアボカドとマグロの刺身を甘辛いタレで絡めた海鮮丼である。
 アボカドも食材ダンジョンで入手したものだし、タレの材料であるみりん、ごま油もドロップアイテムだ。

シオの実醤油と西洋ワサビもダンジョンで採取したものだし、ご飯以外はダンジョンの恵みだね」
「だな。美味そうだ」

 子猫たちも欲しがったので、具材を細かく刻んで出してあげた。
 んまんまっ、と三匹にも大好評。

「んんー。ポキ丼美味しい……。フライドガーリックを散らして食べるのもありね」
「ん、いいな。山芋も追加したくなる」
「とろろ! 絶対に合いそう。もうそれだと、ポキ丼とはかけ離れちゃうけど」

 ナギはうっとりと味わいながら丼を堪能する。エドなんて、ぺろりと平らげて、二杯目を自分で盛り付けていた。
 これはきっと仔狼アキラも好物なはず。メガ盛りで確保しておかねば。
 
 食後のデザートはいちごのレアチーズケーキだ。
 食材ダンジョンで入手したチーズとヨーグルトを使っているため、味には自信がある。
 さっそく子猫たちが皿に群がってきた。
 顔中をクリームチーズまみれにしながらも、うまうまと幸せそうに食べてくれる姿を微笑ましく見守る。
 
「幸せな光景だね。うん、やっぱり私、美味しいご飯を作るのも食べるのも好きだけど、誰かに美味しく食べてもらうのも好きみたい」
「…………」

 あぐ、とレアチーズケーキを頬張っていたエドが真顔で口の中のものを咀嚼して飲み込んだ。

「知ってた」
「う……バレてた、よね?」
「バレたも何も、隠していたのを知らなかった」
「わぁ……お恥ずかしい」
「というか、ナギは俺を拾ってくれた時から、飯を食う姿をいつも幸せそうに見てきたから、そういうのが好きなのは知っていたぞ?」

 そんな前から、自分の趣味はあからさまだったのか。

「うう……そっかー……。いや、だって自分で作ったご飯を美味しい美味しいって食べてもらえるなんて最高に嬉しいじゃない?」
「何となく分かる。狩ってきた肉がナギの血肉になると思うと俺も嬉しい気分になる」
「それはちょ…っと違うかな? いや、獣人的には、同じ?」

 エドは狼獣人の血が濃いためか、たまに肉食獣な考え方をするところがあるのだ。

(肉食獣の中でも、群れのリーダーのような……アルファボスっぽいところがあるよね?)

 まぁ、そんなところも可愛くて格好いい相棒だとナギは密かに自慢に思っているのだが。

「ああ、俺が焼いたパンを褒められるのは、嬉しいと思うな」
「それ! そっちね! うん、おそろいだねエド」
「おそろいだな、ナギ」
「えへへ」

 よく分からない会話を交わしつつ、ナギは二個目のレアチーズケーキにフォークを入れた。いちごソースの甘さと酸味が絶妙で、いくらでも食べられそうだ。
 だけど、美味しいレアチーズケーキを食べていると、いつも別の欲望に飲み込まれそうになる。

「お酒が飲みたい……。レアチーズケーキに合うクラフトビール。ワインでもいい。絶対に合うのに……っ!」
「落ち着け、ナギ。あと二年の我慢だ」

 あと二年が、とても遠く感じる。
 二年我慢すれば、二人とも成人だ。
 美味しいお酒を飲めるようになるし、何より一人前として公的に認められるようになる。

(成人年齢になれば、もう実家に無理やり連れ戻されることもなくなるのよね)

 成人年齢に達すると、ちゃんと自分の意志で将来を選べるのだ。
 万一、王国関係者の追手に見つかったとしても、きちんとエランダル辺境伯家からの除籍願いを提出して、きっぱりと縁を切ることができるようになる。
 ただの『アリア』なら弱いが、金級ゴールドランクの冒険者なら、ギルドからの後ろ盾も期待ができるので、勝算は高くなるだろう。
 だから、今のところのナギの目的は。

「成人するまでに、めざせ金級ゴールドランク冒険者! それと、美味しいお酒を仕込んでおくこと、かな?」
「……前者はともかく後者は初耳だが?」
「この美味しいレアチーズケーキに合うお酒を用意しておいて、成人と同時に飲みたいの」
「はぁ……」

 呆れたようなため息を吐かれてしまった。

 マイホームに住み始めた頃から、果実酒はこつこつと仕込んでいる。
 五年ものなら、それなりに美味しく育ってくれているはず。

「せっかく食材ダンジョンでお酒が手に入るようになったことだし、今のうちにもっと仕込んでおきたいなって」
「……頭の中で、アキラがうるさい」

 前世の『渚』と同様に酒豪のアキラも「賛成!」とはしゃいでいるようだ。

「きっとエドも好きになると思うし……それに、成人のお祝いはエドと二人で乾杯したいなって。──ダメ、かな?」
「……っ!」

 そっとエドの袖を引いて、上目遣いで訴えると、怯まれてしまった。

「ずるいぞ、ナギ。そんなの、いいに決まっている……」
「ほんと? 嬉しい!」

 二年後の楽しみが決まったことで、ナギは歓声を上げた。
 
『お酒、作るニャ?』

 と、おとなしくレアチーズケーキを舐めていたコテツがそこで口を挟んできた。

「うん。二年後の成人に向けて、美味しいお酒を用意したいから」

 ふむ、と何やら思案したキジトラ猫がふっくらした肉球を見せつけるようにして挙手をした。

『なら、手伝ってやるニャ。精霊魔法とエルフから教えてもらった生活魔法があれば、おいしいお酒とやらが作れるニャ』
「えっ、いいの⁉︎」
『家とご飯のお礼ニャ』
「嬉しい、ありがとうー!」

 お酒作りを手伝ってくれるということは、まだしばらくはこの家で一緒に過ごしてくれるということなのだ。
 
「ふふ。じゃあ、あらためて二人ともよろしくね!」

 自分らしく生きていくために、楽しい目的がある方が断然いい。

 相棒であるエドとアキラ、そして居候の不思議な猫の妖精ケットシーたち。
 新しい仲間たちと共に、快適で美味しい生活を楽しみながら、自由のために頑張る日々はきっと何にも代え難い宝物になるはず。

 これからの日々を想像して、ナギは笑みを浮かべながらクラフトコーラのグラスを掲げた。

「自由な日々のために、乾杯!」



◆◇◆

冒険者編終了です!
お付き合いありがとうございました!

第五部は、二年後が舞台となります。
準備期間を挟んで、再開しますのでしばらくお待ちください。

◆◇◆
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