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〈掌編・番外編〉
26. ファーストフードショップ 1
「あ、ナギさんとエドさん宛の手紙を預かっていますよ!」
東の冒険者ギルドに顔を出すと、受付嬢のリアに声を掛けられた。
垂れ耳が愛らしい、犬型獣人のリアはただいま第二子を妊娠中だ。
ふっくらと目立ち始めたお腹を抱えながらも元気に仕事に励んでいる。
「ありがとうございます、リアさん」
ギルド経由で託された手紙を受け取った。エドが受領証にサインをしてくれている間に差出人を確認する。
見慣れた流麗な筆致にエイダン商会の封蝋。リリアーヌ嬢だ。
手紙は後で読むことにして、リアに持参した木箱を渡す。
「リアさん、良かったらこれを」
「まぁ、何かしら?」
「つわりで苦労しているって聞いたので……」
二年前にも第一子を授かったおり、リアがつわりに苦しんでいたことをナギはちゃんと覚えていたのだ。
あの時は「柑橘系の果実しか食べられないの」と涙目のリアのために大森林近くの里で手に入れたレモンを大量に差し入れしたのだが。
「まぁ、もしかして、あの時のレモン? ありがとう、助かるわ!」
ぱっと顔を輝かせて、木箱を受け取るリア。中身はレモンだけでなく、食材ダンジョンで採取してきた果実を詰め合わせてある。水蜜桃に新高梨、黄金林檎にいちご。
さっぱりとした果実なら、まだ食べやすいはずだ。
(あとは葉酸が妊婦さんには必要だって、前世の記憶にうっすらとあったから……)
果物を詰めた木箱とは別に、紙で包んだサンドイッチを手渡す。
「アボカドサンドイッチも作ってみたの。大丈夫そうなら、食べてください」
「サンドイッチ! 嬉しいわ、ありがとう。エイダンホテルのふわふわのパンが食べられるなんて、素敵!」
食パンはエドが焼いてくれたものだ。
食べやすいように、パンは薄く切って具材も小振りにしてある。
アボカドとモモ肉を使った、脂質控えめのハム、ピクルスを具材に、マヨネーズを薄く塗ったサンドイッチだ。
魔道冷蔵庫で冷やしておいたので、あまり匂いはキツくないはず。
ついでに炭酸入りのレモネードも差し入れしておいた。
リアは二人が見習い冒険者時代からお世話になった受付嬢で、いちばん仲がいい。
彼女も成人前のナギたちが気になるようで、姉のように気遣ってくれている。
(獣人は比較的安産な体質の人が多いと聞くきれど、やっぱり心配だもの)
この世界には産院は存在しない。
大きな病院もなく、怪我はポーションか薬草頼みの治療が基本だ。
病気に関しても似たようなもので、薬師が調合した薬を服用するか、上級ポーションでの治癒の二択らしい。
回復魔法を極めた魔法使いによる治療は高額なので、よほどの金持ちしか利用はしないようだ。
冒険者ギルドの近くには小さな診療所があり、ポーションが買えない新人冒険者はそこでお世話になっていた。
(産院がないから、産気付いたらご近所さんがお手伝いに来てくれるのよね)
出産経験のある年配のご婦人方を中心に互助会のようなものがあるらしい。
とても心強いが、何かあった時が怖い。
(回復魔法が使える私がいつでも駆けつけられるようにしておこう)
出産後のダメージは交通事故にもたとえられるほどなので、せめてそのくらいのお手伝いはしてあげたい。
「ふふ。嬉しいわぁ。ナギさんの作るものは何でも美味しいもの」
「腹の子のためにも、たくさん食べた方がいい」
「そうそう、エドの言う通り! またお裾分けしますね」
今日は【無限収納EX】内の整理も兼ねて、不要な素材を売りにきただけなので、買取り用のカウンターに寄って、ギルドを後にした。
◆◇◆
屋台街で昼食をとりながら手紙を開封する。時候の挨拶から始まる丁寧な文章を読み進めながら、ナギは串焼き肉を食べた。
「リリアーヌさん、ダンジョン都市に帰って来ているのね」
「すぐに来てほしいとあるぞ」
「相談に乗って欲しいって、何の相談かしら……?」
彼女のことだから、商売に関する相談なのだとは思うが。
「また別のパンのレシピが欲しいとか?」
「ありそうね。パン屋さん、大人気だから」
先日、とうとうダンジョン都市内に四店舗目がオープンしたところだ。
東西南北の街にひとつずつ出店したことになる。破格の勢いだ。
「ガーストの街でもパン屋を始めたみたい」
「相変わらず、やり手だな、あのお嬢さんは」
「そうね。おかげで、作らなくても手に入るようになって私は嬉しいけど」
すっかり男性恐怖症を克服した彼女は精力的に働いており、ダンジョン都市に新しい風を呼び込んでくれていた。
彼女と一緒に仕事をするのはとても大変だが、やりがいも感じている。
楽しいし、何よりきちんと対価を払ってくれることが嬉しかった。
「では、行くか」
「そうね。行きましょう」
ランチも済ませたことだし、時間的にもちょうどいいだろう。
二人は通い慣れた道を歩いて、エイダン商会本店へ向かった。
◆◇◆
「レストランより気軽に入店できる、飲食店?」
リリアーヌ嬢は時間を無駄にすることなく、ストレートに目的を口にしてくれた。
きょとんとするナギに向かい、リリアーヌは熱心に頷いた。
「以前に、ナギさんがアイデアをくださったでしょう? パン屋にイートインスペースを作るって」
「ああ……そういえば、そんなことも言った気がします」
パン屋のオープン日に手伝いに行った際に、ふと前世の記憶を思い出して、口走ってしまった覚えがある。
リリアーヌはそのアイデアをしっかりと形にしたのだ。
「店舗の一角にテーブルと椅子を並べて、イートインコーナーを作ったところ、これが大人気に! なので、思い切ってパン屋の隣の建物で飲食をできるようにしたのですわ」
「それは思い切りましたね」
「これが大当たり!」
豪奢な縦ロールを揺らしながら、ほほほとリリアーヌが楽しそうに笑う。
「パンを買ってくださったお客さま限定で利用できるスペースにしました。ついでに、そこで飲み物を売れば、これまた大人気に!」
「ああ……それは売れそうですね。パンを食べるなら、飲み物は欲しくなるもの」
果実水だけでなく、紅茶やレモネードも販売しているらしい。
ジャムやバター、チーズにパテ。食材ダンジョンで入手できるメープルシロップも一緒に売り出したところ、相乗効果で売れに売れているようだ。
「新人冒険者や若い方がよく利用してくださるようです。最近はご年配の方も気軽に入れると喜んでらして……」
「食堂やレストランより安く、お腹いっぱい食べられるお店ですからね」
お金をあまり使えない若い人やお年寄りには嬉しい憩いの場だろう。
パンと飲み物だけなら、それほど懐は痛まない。
エドは不思議そうに首を傾げている。
「……それなら屋台の方が安いんじゃないか?」
「屋台だと、お年寄りは落ち着いて食べられないんだと思う」
南の街の海鮮市場に併設された屋台街にはフードコートのようにテーブルや椅子が置かれていたが、東の街にはない。
座って食べるには数少ないベンチの争奪戦を乗り越える必要があるのだ。
「エドさん、串焼き肉も最近は値上がりしているんですのよ?」
「……そういえば、いつもより高かったか?」
「エド、鈍いわよ。いつもの串焼き肉よりも美味しく食べたでしょうに」
そこまで言って、ようやく気付いたようだ。
「ああ、ナギがレシピを売ったタレを使っていたから、旨かったんだな」
「そして、それが価格が上がった理由にもなっているのですよ」
エイダン商会が売り出したソースやタレは画期的で、爆発的に売れた。
値段は割高だが、その分料理が美味しくなる。
タレを使っているだけで、屋台での売上げに差が出るようになり、結果的にほとんどの屋台が値上げしたのだ。
「そのしわ寄せが、若手のまだ稼げない冒険者にいってしまったのよ。申し訳ないと思うのと同時に、私これはチャンスだと思いましたの」
リリアーヌがきらりと瞳を輝かせた。
ここまでくれば、どんな内容の『お願い』なのか、ナギだけでなくエドにも予想がつく。
「なので、次はパン屋のイートインのような、低価格で気軽に入れるお店を出したいの。協力してくださいな、お二人とも」
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